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SNSをやめてどのSNSに行くか

「ささやかれるSNSの終焉」
というタイトルを考えましたが、アクティブじゃないからやめました。

「終焉」まわりを検索すると、いろいろなリスクが出てきますね。
SNSをポジティブに活用しようと言葉を選ぶと、そのようなリスクには気がつきませんが、

SNSはもしかしてダメなのかも?

と思うと、さまざまな問題意識に気がつくでしょうし、AIチャットに尋ねれば、すでに答えが出ているのかもしれません。

ブログから拾い読みして、趣旨を僕なりに解釈してみると、

  1. SNSでの希薄な関わりに慣れてしまった

  2. 動機は承認欲求ではなかった

  3. 目的別に分化していく

などいくつかの見解を目にします。

Facebook が抱える矛盾

自分の身をもって感じることは、Facebook は終わっているということです。

  1. ビジネスなのにビジネスライクじゃない

  2. 親しいのに関わりたくない

という矛盾を、どうしようもできない感じですね。

1. ビジネスなのにビジネスライクじゃない

ビジネスをやりたかった人は多かったと思いますが、訪問販売が NG な世の中で、友達的なつながりのなかでビジネスが展開できるとは到底思えない感じはしました。

2. 親しいのに関わりたくない

Facebook のような友達関係は、お互いに密であれば活性化しますが、関係が近くなり頻度が上がることを好まない人が多いと思います。
気持ち的に、激しく関わりたいと思ったとしても、それはメッセージレベルでしかあり得ないわけで、SNSという社会での限界があると思います。

このような傾向は、他のSNSにも存在するでしょうね。

Facebook の衰退は若者のせいでも年寄りのせいでもない

「若者がいなくなったから」「年寄りが集まってしまったから」という言われ方がありますが、それは原因ではなくて現象なんだと思います。
つまりSNSのシステムデザインに、何らかの問題があったからそうなってしまったというべきでしょう。

どこに行くか?

Twitterの問題で、Twitterをやめて他のSNSに移りたいという人が増えたという現象は顕著ですが、単にイーロンマスクの問題だけではないと思います。
根っこに Twitter に対する潜在的な不満があって、イーロンマスクがきっかけとなって噴出したということではないでしょうか。

アルゴリズム

どのSNSに関しても、やはりアルゴリズムの問題は大きいと思います。
アルゴリズムは具体的に言うと、

  1. 投稿をどのような形で見られるか

  2. どのような形で情報にたどり着けるか

  3. どのような情報を流すか

ということを決めるデザインですね。

アルゴリズムを作っているのは、SNSのサービスを展開している事業者ですし、基本的には彼らが儲かるように作るのがアルゴリズムなのです。
だから必ずしもユーザーの希望ではないのですね。

以前は、アルゴリズムは弱く、投稿を素直に時系列で表示していた時代がありました。
その頃は、ユーザーにも分かりやすくて自身がコントロールできる感覚がありましたが、今は違いますね。今はなぜその投稿がタイムラインに流れてくるのか、分からないことが多いのです。
だから不安だし、嫌なのです。

結局どこにも行けない

SNSを事業者が運営している以上、そして事業者がアルゴリズムにこだわるほど、SNSはつまらないものになるし、そんなSNSである限り、どこかに移りたいという欲求を満たしてくれるものはないでしょう。

note は SNS でありがながら、他の SNS の問題を解決している部分はあると思います。
ブログとSNSのいいとこ取りをしている note であるため、かなりいいセンは行っているのではないかと思うのですね。
今後の希望としては「アルゴリズムを凝らないでほしい」と思うだけです。

べつに SNS のサービスは進化しなくていいと思うのです。
使い勝手は良くなる方がいいけど。
それより、人間自身がうまくコミュニティを作れるようにならないと、社会に対する本質的な人間の欲求は、満たされないのではないでしょうか。

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