見出し画像

#8 ただの事務職員がコロナ陽性者の調査をして感じたこと

例の肺炎の件で保健所の様子が報道されるとき、陽性者の調査に追われる保健師が紹介されることがある。

しかし実際は、保健師だけは人手が足りず、事務職員が調査を行う場合もある。



管轄エリアの陽性者が急増したとき。
ある日、事務職員である自分にも、「陽性者の調査をするように」との指令があった。

「ついにここまで来てしまったか」というのが正直な感想。

上の記事等で何度も書いてきたが、自分には医療知識はない。

これまでも陽性者の健康観察や、病院への送迎など、知識がないなりになんとかやってきた。

だが陽性者の調査だけは、保健師にしかできないものだと思い込んでいた。

ただの事務職の自分にも調査なんて務まるのか?




保健所が初めて陽性者に連絡を取るまで


まず、保健所が陽性の方に初めて連絡を取るまでの流れを説明したい。


病院が実施した検査で陽性が判明したら、病院から保健所に「発生届」という書類が送られる。
発生届には、患者の名前や住所、連絡先、受診したときの症状などが記載されている。

2020年当時、発生届は主にFAXで提出されていたが、HER-SYS(ハーシス)という国が開発したシステムから送信されることもある。

保健所はそれにもとづき、患者に電話で連絡を取っていく。


初めて患者に連絡をするときの作業は、大きく分けて

①患者の基本情報や体調の調査
②接触者調査


の2つである。

②の接触者調査をやるか否かは意見が分かれるところだ。
だが①の調査、特に体調の確認はしなければならないと確実に言える。
早く連絡して入院が必要がどうかを見極めなければならない。



上司から調査用のマニュアルを渡された。
まずは同じグループの職員の対応をそばで聞き、勉強させてもらった。
マニュアルと比べながら、聞き取るべきことを把握した。


しばらくして、この方に連絡を取ってほしいと、発生届が配られた。
つい先ほど陽性が判明したばかりの男性患者の情報が記されている。
PCR検査をしたときの体温は38度弱だが、今は大丈夫だろうか。

私は恐る恐る彼の携帯に電話をかけた。

基本情報や体調の調査


陽性になった患者に初めて連絡するとき、次の事柄を確認する。


・現在の体調
入院の優先度に関わるため、必ず確認。

患者の基本情報
名前、住所が合っているか。
発生届に書かれた住所と実際の患者の住所が違う場合もあるので、よく確認する。
実際に住んでいる場所が管轄エリア外であれば、管轄の保健所に引き継ぎをする。

ちなみにこの名前の確認作業、自分はすごく苦手だった


持病など
これも入院の優先度に関わるため要確認。
持病と聞くと、〇〇病といった病名が付いたものを連想しがちだが、高血圧や肥満などもそれに含まれる。
とはいえ、あなたは肥満ですか?とダイレクトに尋ねるわけにもいかないため、身長・体重を聞き取りBMI指数を計算して判断する。


家族の有無
家族がいる場合、家族にPCR検査を案内する。また、ホテル療養をするべきかどうかの判断材料にもなる。
2020年秋頃までは、私の勤務していた地域はホテルに比較的空きがあった。
一人暮らしであれば、何かあったときにスタッフがすぐ対応できるからと、ホテルへの入所を勧めた。
また家族全員が陰性で、かつ部屋を分けることが困難な場合も、家族にうつさないようホテルに入ってもらうケースもあった。
(翌年のデルタシーズンは、ホテルにも簡単には入れなくなったが……)


最初に症状が出始めた日(発症日)
発症日は療養期間を決める重要な手がかりとなる。


職場や学校の連絡先
職場等の担当者に連絡し、接触者調査をすることがある。


行動歴の確認
ここで接触者調査を行う。詳しくは後述。

接触者調査

積極的疫学調査とも。
患者さんに、(当時)発症日から2日前〜現在の行動を思い出していただき、誰かにうつしている可能性がないかを確認する。
誰かと長時間一緒にいたり、会食をしたりしていないか。

接触者のうち、いわゆる濃厚接触者にあたる方がいれば、その方の連絡先を教えてもらう。


話は逸れるが、この仕事をしていたとき
「友達とお茶しただけでお酒は飲んでないんだけど、それなら大丈夫だよね?」
と聞かれたことがある。


飲む物が酒だろうとお茶だろうと、マスク外してお喋りした時点で結果は同じである。
酒じゃなければセーフなんてならない。

こういう誤解を見聞きするたびに、なんで対策が酒にクローズアップされちゃったんだろうな……と思う。

そして、聞き取った事柄をメモに記入し、保健師に渡す。
保健師はメモの内容から入院の調整をするべきか、自宅療養で大丈夫かを見極める。
同時に、家族以外の濃厚接触者が誰になるかも保健師に判断してもらう。


私が電話をした相手は、幸いにも熱は下がっており、すぐに入院する必要はなさそうと判断された。

彼に再度連絡をしてそれを伝えるとともに、療養の注意点も説明した。


調査して思ったこと


陽性者が電話に出てから、上の事柄をすべて調査するまで、30分程かかった。

そして思った。

なげーよ!

これだけの量を発熱している患者に喋らせるとか鬼かよ!!



しかしながらこちらも早く状況を確認し、他に検査や行動の自粛をするべき人がいたら早く案内する必要がある。
私は毎回、「具合が悪かったら調査を中断するので教えてください」と相手に伝えていた。
だが実際は、大多数の方がその場で全部話してくださった。

先程の彼のように、全ての項目を一度に調査すると、一人あたり数十分かかる。
これだけの量を体調が悪い中喋ってもらうのは、いくら相手が了承しているとはいえ、やはり心苦しい。


必要事項をメールフォームで入力、送信とかできたらいいのにと思っていた。
熱があったらそれすら辛いかもしれないが、軽症や無症状の人はその方が楽なんじゃないか。

そういう入力フォームを開発してくださいよぉ、県の本部のみなさんよぉ。
「自分でやれ!」との声が上がるかもしれないが、現場はそんな余裕ないんだよ……



調べたところ2022年現在は、患者調査用の専用フォームを用意している自治体もあるようだ。
自分が勤務していた当時よりかなり進歩したと思う。だが、ここまで感染が爆発しないと進歩しなかったんだなと考えると、少々複雑である。



半年ちょっとの間、多くの患者さんの調査をした。
苛立ちをぶつけられることもあったし、行動歴を質問してもはぐらかす人もいた。

しかし、大半の方が協力的であったことには救われた。
正直に話してくださった結果、多くの接触者に検査や自粛の案内ができた例もあった。
保健師でも何でもないペーペーの自分にも、きちんと応対してくださった方々には感謝している。