つかっちゃん

何かを発信したい会社員。 昔は音楽活動で各地を回ったりしてました。🥁 悪性リンパ腫と闘…

つかっちゃん

何かを発信したい会社員。 昔は音楽活動で各地を回ったりしてました。🥁 悪性リンパ腫と闘った過去もあります。 そして今は人並な生活をさせてもらってます。 自身の体験談を出来るだけおかしく お伝え出来ればと思ってます。 少しでもほっこりしてもらったら嬉しいです。

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自己紹介-私という人間

初めまして。 初投稿で自己紹介から始めたいと思います。 ■元バンドマンの現サラリーマン(製造業/技術派遣)です。 ■年齢  31歳(1988年生) ■経歴  2011年:大学卒業、販売業に就業  2012年:友人のバンドマンが超有名になったことを知り再び音楽をしたくなる。  2013年:バンド活動開始、仕事を退職しアルバイトで生活し始める。  2016年:体調不良をきっかけにバンドをやめて人生の見直し  2018年:転職で現職就業  2020年:何か次のステージがないか

    • Broken carry Go train

      駆け出しバンドマンの必須アイテムをご存知だろうか。楽器?いやいや、当然楽器がないと演奏が出来ないのだがその楽器に匹敵するぐらい重要なアイテムがある。 それがキャリーだ、特にこまごました機材の多いドラマーには特に重要なアイテムではなかろうか。 それなのに、またこいつが厄介なのだ。耐荷重〇〇kgと書いてあるのに細かなアーム部分だったりちょっとした所がすぐにダメになる。よりによって、大事なタイミングで。。。 あれは夏頃のライブ終わりの帰り道のことだ。そこは地元近くではなく電車

      • 初めてのあだ名

        あだ名はその人の名前、好きな物、エピソード、趣味など、その人を形作っている要素で付けられることが大半だと思う。 にも関わらず間もない職場で、不用意に話してしまったエピソードのせいで、不本意なあだ名をつけられた時の話だ。 私が実家に住んでいた頃。父と私には専用のタッパーが冷蔵庫に常備されていた。 父が上機嫌でスーパーであるものを購入してきたのがきっかけだ。父が自分用に買ってきたものだが、食べるんやったら食べていいよってスタイルだった。しかし、私が異常にハマりすぎて非情にも

        • フクラハギ.ハルク

          今までの私(特に大学の頃)はファッションなど、あまり意識せずに過ごしていた。パーカーにストレートジーンズがあればいいだろうとか、そういうレベルである。しかし、大人になるうちに段々と着るものにも多少の気が回るようになっていった。 時にはいつも着ないようなものを着てみたり、挑戦してみたり。。。 ただ、それでも手が出なかった服がある。 それがスキニージーンズだった。 割とがっちりとした私にとってはまさにタイツにしか見えず、とてもオシャレとは思えない。そういった印象だ。 ネ

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        自己紹介-私という人間

          Door to hell...

          わかってる。これから先、厳しい生活が待ち構えていることも。それが長く続くことも。でも、俺の個性を、価値観を大切にした結果なのであれば、全て受け入れよう。未来への投資、自己投資。大丈夫、俺ならやれる。。。 I believe。。。 ポチッとな。 これが、人生初のローンである。 私は、音楽活動を続けながら密かに思い続けていた。あぁ、自分の機材が欲しいなぁ。どの会場に行っても100パーセントの力を出せるって、なんと素晴らしいだろう。 ライブをしていた方々はわかると思うが、ラ

          Train new world

          この日も、朝まで打ち上げがあった。 いつも通り電車に乗りウトウトしながら帰路につく。。。 ウトウト。 ウトウト。。 うt... ... はっ!!どうやら終点まで来てしまったようだ。 急いで折り返さないとバイトに間に合わない!! ふと視線を上げるとちょうどタイミングよく向かいに電車が止まっているではないか。 急げー!!!!! 何とか間に合ったのだがここから思いもよらぬ展開となっていくのだった・・・ この日の電車は何かがおかしい、 ざっと私を含め乗客は8人ほど

          ウチアゲニンジャ

          皆さんも、なにかしらのイベントが終わる度に打ち上げをしてきたのではないだろうか。 打ち上げとは今日1日無事に終わった事に感謝を述べながら、互いに労をねぎらうイベントであり、仲間たちとの絆を強める場所だ。 我々バンドマンにとっても、関係者と繋がりを持てる打ち上げは非常に重要である。 しかし、バンドマンの打ち上げは出演バンドの精算が終わってから行われため、どうしても始まりの時間が遅く、朝方まで行われるのが通常の流れだ。 そのため、非常に眠くなる。 我々のバンドでも生活リ

          ウチアゲニンジャ

          シガレットクライシス

          私は、タバコをやめるまでは、なかなかの愛煙家だったと自負している。 なぜなら、吸い心地にこだわり、色んな銘柄を試したり、時にはブレンドをしたりと自分に合った吸い方を研究していたからだ。 一般のタバコを想像するとタバコの葉っぱのブレンドと言われてもピンとこないと思うのだが、私が吸っていたのは手巻きタバコというものだ。 手巻きタバコとは、ペーパーの上に葉っぱとフィルターを乗せて、ペーパーの端のノリをぺろっと舐め、最後にくるっと巻いて作るタバコの事で、このタバコは市販のタバコよ

          シガレットクライシス

          スモーク

          皆さんもライブを見て、感動したり、気分が高揚したり、華やかに見えたりといった体験をした方も多いと思うが、そのステージの裏側には必ず音響、照明、スモークなどを司るスタッフさん達の努力がある。 とあるライブハウスでの話、 我々はリハーサル前に当日の曲順と演出の要望をスタッフさんに提出し、イメージを伝える。そこでのお決まりフレーズが 『スモーク多めで。』 である。 野菜背脂マシマシで! ハイボール濃いめで!! キャベツとご飯のおかわりで!!! と言わんばかりの勢いでガツ

          戦いのその先に

          音楽活動では運転をする機会が多くあったが、よくもまあこんなにも過酷な状況での運転を行ってきたものだと感心する。 それは、バンドの移動の時間帯が基本的に深夜であるからだ。 退屈と眠気との戦い! 音楽戦士に休息は不要! 金欠のバンドマンはしっかり昼間に働いてからそのまま移動スタイル!! しかし、なぜそこまでしてがんばれるかというと、2つ大きな要因がある。 1つ目は、もちろんライブができるということである。これは言うまでもないが、これこそが存在意義といってもいいぐらいだ。 では

          戦いのその先に

          決意の行く先

          仕事をやめ、バンド活動に専念すると決めた私は、何を血迷ったか、真っ先に有り金すべてはたいて超高級スネアドラムを購入するのである。 しかし、そこには大きな意図があった。今後音楽で生きていくための決意をここで形にしてやろうというものだ。 もちろん... 今思い返すとそこではない。 重要なのはそこではない。。。 (大事なことなので2回言わせてもらう。) まずは自分が活躍できる環境を整えるため、メンバー探しなり自分を売り込むなりそういったことに投資をしていくべきであった。

          決意の行く先

          人生波よせて

          私は、目の前のワクワクに対して我慢ができないとう厄介な性格をしているようだ。 というのも23歳で新卒入社で働きだしてから約1年5カ月ほどたったある日、学生の頃に音楽を通じて知り合った友人が有名になっている姿を見て、悔しい気持ち、ワクワクする気持ち、ゾクゾクする気持ち、そういった様々な感情が波のようにザブンと押し寄せてきてサーっと引いていった。 そうしたらなんと、気づいたらそこに私の姿はなくなっているではないか。。。 そう、その1週間後には退職日が決まっていたのである。

          人生波よせて

          私の体験談#3~大学編 何故意見が言えなかったのだろう。。。

          前書きさて、初めて外バンを経験しましたが、1年でやめてしまった私。なかなかバンドを組む機会はなく、2回生となります。そしてそんなある日ふたたび外バンのお話が来るのでした。今度は大学内の他団体の友人からのお誘いです。そこではサポート(バンドのお助けマンみたいなもの)という形で演奏を行うことになりましたが、こちらもいろいろと考えさせられることとなります。 今回は友人からのお誘いで加入した、『バンドH』について書いていきます。 バンドHとは編  成:3ピースバンド ジャンル:オ

          私の体験談#3~大学編 何故意見が言えなかったのだろう。。。

          私の体験談#2~大学編『バンドS』~

          まえがき高校生活で音を奏でる喜びを知った私は晴れて大学に入学し、軽音楽部に所属することになるのでした。そこでは、コピーバンド(既存のアーティストの曲を覚えて演奏するバンド、以下コピバン)で年に何回かライブをすることが主な活動内容でしたが、一方で、外バン(大学の外で活動するオリジナルバンド)というものも存在しており、私の憧れていたバンド活動は外バンの方でした。大学在学中に複数外バンを組んでいたのですが、今回はライブの楽しさを教えてくれた初めての外バンについて書いていきたいと思い

          私の体験談#2~大学編『バンドS』~

          私の体験談#1~ドラムとの出会い~

          今回は、私がバンドを始めるきっかけになった出来事である、『ドラムとの出会い』について書きたいと思います。 1.私の家族 私のがどんな家庭で育ったのかという所から話していくことにします。両親も昔はバンド活動をしており、同じバンドメンバーどうしで結婚し、誕生したのが私なんです。そのため、家族はみな音楽経験があり、小学校低学年の時にはピアノを習わしてもらったりと音楽に触れる機会は多い方だったかなぁと思います。 ちなみにその影響か、私の小学校の時の好きなアーティストはDeepPu

          私の体験談#1~ドラムとの出会い~