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たったひとりで800人の観客を集める。ある俳優の勝算の見えない挑戦を追いかけようと決めた理由

「駅前劇場でひとり芝居を打つことになった」

彼ーー俳優・小沢道成からその話を聞いたのは、梅雨入りして間もないある夜のことだった。下北沢の雑居ビルの3階に構えたカフェバーで、小沢道成は面白い遊びを思いついた子どもみたいな顔でそう切り出した。

駅前劇場とは、小劇場の聖地・下北沢を代表する劇場のひとつだ。客席数は、優に100を超える。新進気鋭の若手劇団の憧れの地として長く親しまれ、この駅前劇場での公演をロイター板にして、夢の本多劇場へとジャンプアップしていった劇団も多い。

だから、これまで小劇場を中心に活動してきた彼が、次なるステージに駅前劇場を選んだこと自体は、ごく自然な流れだと思った。にもかかわらず、思わず二の句が継げなくなってしまったのは、彼の次の演目がひとり芝居だったから。

小劇場の世界では俳優の人気がチケットの売り上げを左右する。そのため、大きい劇場になるほど、たくさん人を呼べるように出演者を増やし、集客力のある俳優をキャスティングするのが定石だ。

そんな鉄則を無視して、彼は駅前劇場でひとりで芝居をするという。来年1月9日(木)から13日(月・祝)までの5日間で総動員数は800人を予定。つまり、たったひとりで800人の観客を集める計算になる。それは、僕から見ると無謀としか思えかった。彼自身、それだけの人数を集客できたことはないという。

小沢道成は自分で決めたことにもかかわらず「どうしよう」と心底困り果てたような声をあげた。それはそうだ。劇場のサイズが大きくなれば、当然使用料だって跳ね上がる。満足に集客できなければ、一気に赤字を背負い込むことになる。誰が聞いたってギャンブルな企みだ。

でもその目は、不安げな口ぶりとは裏腹に、爛々と輝いていた。まるでリードを外された子犬みたいだ。今にも尻尾を振って、野っ原に駆け出しそうな顔をしている。一か八かの大勝負を前に、小沢道成のエンターテイナーとしての本能が反応しているように見えた。


■小沢道成について、少し話をしようと思う

僕ーー横川良明は、ライターとして日々演劇やドラマなど様々なエンターテイメントを取材して記事を書いている。

小沢道成と出逢ったのは、今から4年ほど前のこと。ふらっと立ち寄った小さな劇場でその日やっていたあるお芝居に、小沢道成は俳優として出ていた。薄暗い小劇場には不似合いなくらい艶やかな空気。人間の弱さや狡さを滑稽に演じて笑わせたかと思えば、誰の心にも棲みつく狂気や闇を哀感たっぷりに表現する。それは、ほとんど一目惚れに近い感覚だった。以来、僕は舞台に立つ彼の姿が見たくて、小沢道成の出る舞台にこまめに足を運ぶようになった。

彼は俳優として非常に魅力的だなだけでなく、つくり手としても卓越した才能を持っていた。その表現の拠点となるのが、彼が自ら立ち上げた演劇プロジェクト・EPOCH MANだ。EPOCH MANでは、彼は俳優として舞台に立ちながら、作・演出も務める。僕は今まで彼のつくるEPOCH MANの芝居を観て、何度も泣いたり笑ったりしてきた。

だが、決して特別に親しいという間柄ではない。僕は取材者という立場上、取材対象になる人たちとは適度な距離感を保つことを心がけていたし、実際、じっくりと話をしたのは18年に取材をした一度きり。あくまで僕は観客のひとりのつもりだったし、彼にとっても僕なんてたくさんいる「取材をしてくれたライターのひとり」だと決め込んでいた。

だから、小沢道成から連絡をもらったときは、少し意外だった。来年の1月に、EPOCH MANとして公演を打つ。場所は、駅前劇場。演目は、ひとり芝居。ここから本番までの時間をより多くの人に楽しんでもらうために、僕と何かをしたい。たとえば、映画のメイキングのように、公演までの道のりを僕の文章を通じて記録し、それを多くの人にシェアしていくようなーーそう彼は企画の趣意を熱心に説明した。

客観的に見て、面倒極まりないお願いだった。公演までは半年近くある。どれくらい創作の現場に関わるかはわからないけれど、少なくともそれなりに時間とコストを投資しなければならない。じゃあ、それに見合うリターンがあるかと言えば、そんなもの期待できないことぐらい、ある程度、小劇場に関わっている身としてはすぐに想像できた。

断る理由は、いくらでもある。

だけど、不思議なことに、自分でも驚くぐらい不思議なことに、僕は彼からの申し出を二つ返事で引き受けた。いいね。やってみよう。下北沢の小さなカフェバーで、小沢道成と僕はビールを片手にこれからのプランを練って盛り上がった。

お酒の勢いでは断じてない。ましてや押しに弱い性格が災いして、ということでもない。じゃあ、どうして大したメリットもないであろう彼の企画に乗っかってみようと思ったのかと言ったら、答えはシンプルーー面白そうだったからだ。


■キャリアも積んだ。スキルも得た。そんな自分に今必要なのは、「やったことのないことをやること」だった

たったひとりの俳優で、800人を集客する。まずそれがまったく勝算がなさすぎて、どんな着地を迎えるのか興味がわいた。ひとつの公演が出来上がるまでをゼロに近いところから追っていけるのも、いち取材者として好奇心を掻き立てられた。

何より今までやったことのないことにチャレンジできることにワクワクした。

キャリアを重ねていくと、自分の想定通りに仕事をコントロールするスキルがおのずと磨かれていく。おかげで新人の頃のような大失敗をすることはなくなったし、何となくリスキーだなと感じたら瞬時にアラートが鳴って軌道修正できるぐらいの危機回避能力も身についた。公衆の面前で怒鳴られることもなければ、大火傷を負うようなミスも随分とご無沙汰だ。それは、ストレスという面で見れば、とても快適なことだった。

でも一方で、何をするにしても始める前からある程度の着地が見えているようなつまらなさも感じていた。ノウハウ通りにやれば、ちゃんと及第点のクオリティに仕上がる。それは、プロとしては重要なスキルだ。でも、心のどこかで習得済の魔法を連発して敵を打ち倒しているようなルーティン感があった。新しい呪文を身につけることもなければ、レベルアップのファンファーレも長らく聞いていないような停滞を感じていた。

ずっとこのままでいいんだろうか。そんな漠然とした不安や退屈さを持て余していた僕の目に、勝算やメリットなんて一切考えず、無茶な冒険に繰り出そうとしている小沢道成は、心底眩しく見えた。

聞けば、本来なら駅前劇場よりひとまわり下のOFF・OFFシアターでの公演を予定していたという。OFF・OFFシアターの客席数は約80席。ここなら以前もひとり芝居を打った実績があり、十分成功の目処が立つ。迷う必要のない選択だ。

なのに、小沢道成は成功の見えるルートを捨て、あえて失敗の確率が高い獣道を選んだ。なぜなら、そっちの方がやったことがなくて面白そうだから。

やったことのないことをやる。たったそれだけのフレーズが、何だか僕にはピカピカと光る金色の果実みたいに見えて、ついうっかりと手を伸ばしてしまった。

自分でも馬鹿げた選択だと思う。そんなことに時間を使うぐらいなら、もっと他に金銭的に旨みのある仕事とか、楽な仕事はいっぱいあるはずだ。でも、メリットとか効率とか、そういうことじゃなくて、もっと合理的に説明できない何かに、結末の見えない何かに自分の力を使ってみたい。そう本能が感じてしまったのだ。

なぜなら今の自分に必要なのは、丁寧に標識の立てられた大通りを歩くことではなく、どこに辿り着くかもわからないジャングルで、思い切り失敗したり恥をかいたりしながら、自分の文章を見つめ直す時間だと思ったから。

はたして公演ができるまでの舞台裏をレポートしたところで、それがどれぐらい集客に寄与するかはわからない。成功するかもしれないし、梨の礫で終わるかもしれない。まったくもって予測不能だ。そりゃそうだろう。やったことがないんだから。経験則が通用しないというのはなんて恐ろしくて、刺激的なんだろう。

今はただそんな未知への恐怖に、胸を躍らせている。


ということで、今日から来年1月のひとり芝居が終わるまでしばらくの間、不定期ではあるけれど、小沢道成の創作の現場に密着し、僕の目から見た光景を文章に綴っていこうと思う。

彼と決めたルールはひとつだけ。原稿の掲載前チェックは一切しないこと。僕が何を書こうと、彼に校閲する権利はない。僕は僕の目で見た小沢道成を、僕の言葉で記録する。彼に忖度することもないし、もっとこんなふうに書いてほしいとリクエストを出されることもない。それは、書き手としてはとても贅沢で心地良く、そして能力と責任の問われるルールだった。

ひとり芝居で800人を動員するというこの無謀な目標が未達成に終われば、その原因のいくつかは僕にもあることになる。泥をかぶりたくなければ、ここからの約5ヶ月間、小沢道成という人間とその挑戦を、いかにたくさんの人に興味を持ってもらえるか、知恵を絞って書くしかない。

その実験のひとつとして、これから何日かに分けて、8月7日(水)から始まるEPOCH MAN 新作ふたり芝居『夢ぞろぞろ』について書いていこうと思う。EPOCH MAN としては1年3ヶ月ぶりのこの公演は、ふたり芝居。来年1月のひとり芝居の成否を占う上でも大事な試金石となる公演だ。小沢道成が、俳優として、演劇人として、いかに特異か。小沢道成をよく知る人にも、そうでない人にも、僕の言葉で届けていきたい。

そして、この33歳・小劇場俳優の挑戦が、見る人たちの心を何かワクワクと掻き立てるものであれば、と願う。

器用におさめることばかり上手になっていく僕たちに今いちばん必要なのは、勝算が薄くても、失敗してもいいから、やったことのないことをやることなんだ。

小沢道成 Twitter:@MichinariOzawa
EPOCH MAN ホームページ:http://epochman.com/index.html/

<文責>
横川良明(@fudge_2002

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俳優・小沢道成が、自ら主宰するEPOCH MAN 新春ひとり芝居「鶴かもしれない2020」を成功させるまでの166日間を、ライター・横川良明の視点で綴った演劇ドキュメンタリー。
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