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現実という場で使われている言葉は、外的事象への対処法を要約した簡潔なマニュアルのような…

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現実という場で使われている言葉は、外的事象への対処法を要約した簡潔なマニュアルのようなものにすぎない。

記事一覧

スメルズライクティーンスピリット

レディオヘッドを聴き 村上春樹を読んでいた まだSNSなんてなかった 10代最後のあの頃 俺は幸せだった ニルヴァーナを聴き キルケゴールを読んでいた まだYouTubeなん…

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4年前
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名も無き無数の独唱

人は老いて死ぬ 変えられぬ事実 良い物を集めても 物は物 子は親のことなど知り得ない 何ひとつ継承などできない 仕事で成し遂げることなど 誰も覚えてはいない 生きた そ…

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4年前

ストレンジ・ゲート

 二〇代の輝かしいビジネス的成功を瞬く間に喪失して家も妻も失ったサイモン・ベネットは郊外の実家に戻り、初老になる父が店じまいをする予定だった地下鉄の駅近くにある…

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4年前
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ユージュアル・アスペクツ

 田中雄一が20年間欠かさず続けている週に一度の楽しみは、仕事帰りに行きつけのバーでウォッカを飲むことだった。  その日もいつもと変わらない仕事を終え、ちょうど…

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4年前
5

転職

 新卒から三年働いた仕事を辞め、家に引きこもってから半年が過ぎた。  転職サイトに登録して20社ほど面接や試験を受けてはみたものの、どこにも受からなかった。  途…

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5年前
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陰影

 一  河川敷沿いのアパートの一階で暮らしていた。朝六時に起き、徒歩五分の工場に向かい、夕方六時まで金属を加工して活字を作るのが仕事であった。社員は自分を含めて…

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5年前
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 彼は小さなアクリルケースの中に一匹の虫を飼っていた。何もないアクリルケースの中をあてどなく彷徨うその虫を見て、彼は自分がまるで一つの生命の運命を支配する全能の…

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5年前
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【短編小説】『ある島の不可能性』第2話

  八  詩的な謎かけではあったが、明らかなメッセージが一つ読み取れた。とにかく夜に森に行け、ということだ。島に到着したのが正午であったため、八時間ほど待たな…

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5年前

【短編小説】『ある島の不可能性』第1話

  一  私は仕事の海外出張である島に行くことになった。その島はニューギニア島の近くにある無名の島だということしか事前に情報は与えられていなかった。ネットで検…

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5年前

学級崩壊

   僕のクラスの人たちはみんな死んだ。毎日、学校に行く度に一人ずつ死んでいった。先生は毎日「今日は○○くんが亡くなりました」と説明してから授業を始めた。そうし…

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5年前
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金木犀

    一  出会いを求めていた。大川昇平二十七歳。大学時代からの友人たちが次から次へと結婚して子供の話ばかりする中で、彼はいまだに独身で、特定の彼女もいなか…

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5年前
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フランシス・ベーコンの絵画についての覚書

 フランシス・ベーコンの絵画は、描かれた肉のフォルムの強烈な主張がある。歪められた肖像がかえって対象の「そのもの性」を表現し、ベーコン自身の言葉で言えば、観る者…

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6年前
6

 一  島の半径は一キロメートルにも満たない。この島に漂着してから一ヶ月が過ぎ、どこに何があるのかはだいたいわかった。  一ヶ月前私はハワイ島から離島に向かう…

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6年前
4

呪文

 タカハシくんはノートの端にいつもなにやら見たこともないような文字を書いていた。それから数学の授業でも見たこともないなんらかの図形も。  放課後の帰り道で僕がタ…

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6年前
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スメルズライクティーンスピリット

スメルズライクティーンスピリット

レディオヘッドを聴き
村上春樹を読んでいた

まだSNSなんてなかった

10代最後のあの頃
俺は幸せだった

ニルヴァーナを聴き
キルケゴールを読んでいた

まだYouTubeなんてなかった

10代最後のあの頃
俺は幸せだった

名も無き無数の独唱

人は老いて死ぬ
変えられぬ事実
良い物を集めても
物は物
子は親のことなど知り得ない
何ひとつ継承などできない
仕事で成し遂げることなど
誰も覚えてはいない
生きた
そして去った
名も無き無数の独唱

ストレンジ・ゲート

 二〇代の輝かしいビジネス的成功を瞬く間に喪失して家も妻も失ったサイモン・ベネットは郊外の実家に戻り、初老になる父が店じまいをする予定だった地下鉄の駅近くにある小さなグロサリーの跡を継いだ。

 日々のつつましやかな生活をぎりぎり継続させる程度の稼ぎしかなかったが、サイモンはとくに商売を改善することもせず、客が来ない時間帯はカウンター下に置いてある酒を飲みながらテレビを見て過ごした。



 「

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ユージュアル・アスペクツ

 田中雄一が20年間欠かさず続けている週に一度の楽しみは、仕事帰りに行きつけのバーでウォッカを飲むことだった。

 その日もいつもと変わらない仕事を終え、ちょうどよく疲れた身体を夜風に揺られながらバーに入り、いつも座る店の奥の端っこの席に座り、雄一はいつもの台詞を言った。

 「マスター、いつもの」

 この一言を言うことこそが雄一の唯一の楽しみだったとさえ我々は指摘することができる。

 なぜな

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転職

 新卒から三年働いた仕事を辞め、家に引きこもってから半年が過ぎた。
 転職サイトに登録して20社ほど面接や試験を受けてはみたものの、どこにも受からなかった。
 途中から自分が何のために転職活動をしているのかわからなくなり、それから何のために生きているのかさえわからなくなった。
 そして家から一歩も外に出られなくなった。

 *

 家から徒歩5分のコンビニへ食べ物を買いに行くことだけが外の世界と

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陰影

 一

 河川敷沿いのアパートの一階で暮らしていた。朝六時に起き、徒歩五分の工場に向かい、夕方六時まで金属を加工して活字を作るのが仕事であった。社員は自分を含めて五人、みな気の良い五十歳前後の男たちだった。一日の仕事を終えると彼らが晩酌をするために工場の二つ隣にある居酒屋に吸い込まれて行くのを後にして、一人真っ直ぐ家に帰るのであった。時には河川敷に腰を下ろし、淀んだ河の流れの上空で鈍い夕陽が軒並み

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 彼は小さなアクリルケースの中に一匹の虫を飼っていた。何もないアクリルケースの中をあてどなく彷徨うその虫を見て、彼は自分がまるで一つの生命の運命を支配する全能の神になったかのように感じるのであった。ある時、彼はその虫を人差し指で潰して殺してしまおうと思った。一つの生命を殺すことができるというのは、なんという全能の力だろう。はたして彼がその虫を潰すと、彼自身もまたぺしゃんこに潰れて死んでしまった。

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【短編小説】『ある島の不可能性』第2話

  八

 詩的な謎かけではあったが、明らかなメッセージが一つ読み取れた。とにかく夜に森に行け、ということだ。島に到着したのが正午であったため、八時間ほど待たなければならない。赤ちゃんはすやすやと眠っている。私はとりあえず椅子に座り一息つくことにした。喉が渇いていたので、リュックに入れて持って来た水筒の水を飲み、少しだけ仮眠をとることにした。

  九

 窓から差し込む夕陽に目を覚ました時

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【短編小説】『ある島の不可能性』第1話

  一

 私は仕事の海外出張である島に行くことになった。その島はニューギニア島の近くにある無名の島だということしか事前に情報は与えられていなかった。ネットで検索しても何も情報は得られなかった。もちろん私はその業務命令に内心納得してはいなかったが、仕事だから仕方ない。私のような妻も子もない独身男がとやかく理由をつけて人生における新しい試みを受け入れない手などないのだ。

  二

 フライト

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学級崩壊

 
 僕のクラスの人たちはみんな死んだ。毎日、学校に行く度に一人ずつ死んでいった。先生は毎日「今日は○○くんが亡くなりました」と説明してから授業を始めた。そうしていまでは僕のクラスには僕しか残ってない。僕だけが先生の授業を受けられるのだ。

 *

 先生は大学を卒業するまで他人とまともな会話をしたことがないと言った。他人というものは自らの信念を妨害する悪だと断言した。「いいか、みんなも他人には

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金木犀

    一

 出会いを求めていた。大川昇平二十七歳。大学時代からの友人たちが次から次へと結婚して子供の話ばかりする中で、彼はいまだに独身で、特定の彼女もいなかった。
 たまに合コンで知り合った女の子と寝ることはあっても、続かない。出会い系サイトでメッセージをやりとりした女の子とデートしてみても、それきり二度と会うこともなかった。
 二〇一八年、夏。彼は新卒で入社した港区の印刷会社を辞めて、恵比

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フランシス・ベーコンの絵画についての覚書

 フランシス・ベーコンの絵画は、描かれた肉のフォルムの強烈な主張がある。歪められた肖像がかえって対象の「そのもの性」を表現し、ベーコン自身の言葉で言えば、観る者の神経に直接訴えかけてくる。
 それはそれでいいし、ベーコンの絵画は好き(画集や評論本を何冊も買って読んでいるくらいには好きだ)なのだが、ひとつひっかかるのは、ベーコンのそういう絵画には、余白や奥行きがないように思えるという点だ。主張や狙い

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 一

 島の半径は一キロメートルにも満たない。この島に漂着してから一ヶ月が過ぎ、どこに何があるのかはだいたいわかった。
 一ヶ月前私はハワイ島から離島に向かうツアーに参加した。甲板で透き通る美しい海を眺めていると、突然天候が変わり、激しい嵐に呑まれ船は転覆した。

 気がついた時、私はこの島の浜辺に打ち上げられていた。暖かい太陽の日差しに包まれて、私は眠りから覚めた。
 はじめは途方に暮れた

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呪文

 タカハシくんはノートの端にいつもなにやら見たこともないような文字を書いていた。それから数学の授業でも見たこともないなんらかの図形も。
 放課後の帰り道で僕がタカハシくんにいつもタカハシくんはなにを書いているのと聞くとタカハシくんは言った。
 「あー、あれは呪文だよ、呪文」
 「じゅもん、ってなに?」
 「呪文は呪文だよ。あれが完成したら悪魔が出てきてなんでも叶えてくれるんだ。今日書いてたのは、死

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