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宮沢賢治をめぐる読書-『銀河鉄道の父』、『夢見る帝国図書館』など

ここしばらく気になっていた本を数冊読んだら、なんだか宮沢賢治に包囲されたような気持ち。
梯久美子『サガレン 樺太/サハリン 境界を旅する』(角川書店)については既に感想を書いたが、何人かの文人のサハリン訪問の足跡を作者自らたどる中、一番比重が置かれていたのが、妹トシを亡くした直後の宮沢賢治の樺太旅行(当時勤めていた農学校の生徒の就職を斡旋してもらうための旅だったが、その過程でトシを追悼する詩を書き続けていた)だった。

それから中島京子『夢見る帝国図書館』(文藝春秋)を読んだ。これは、作者自身をモデルとした駆け出しの作家が、上野公園で友達になった老女喜和子さんと、帝国図書館(現在の国際子ども図書館)について語り、いつか、喜和子さんが自分で書きたくて書けなかった「夢見る帝国図書館」という、図書館自体が意思を持って一人称で語る、自分自身の歴史を、少しずつ書き進めていくことになる。そして、歴史と共に進む帝国図書館のエピソードと変わりばんこに、喜和子さん自身の歴史についても辿っていく、不思議な物語だった。戦後の混乱期に、親とはぐれ上野公園で一時暮らしていた喜和子さん、宮崎出身なのに、身内でもない人と上野に住み、その後親元に戻り、ある年齢まで宮崎で暮らしていたのに、いつしかまた谷根千の小さな家で、樋口一葉全集を大切に抱えて生きている。喜和子さんをめぐる人々が少しずつ現れ、それぞれが知っている喜和子さんの一面を寄せ集め、喜和子さんが探していた絵本を手掛かりに、喜和子さんが上野にいた頃兄のように慕っていた男の人たちの正体を探っていく。
西洋文明に追いつき追い越すための手段として設立が決まった帝国図書館。図書館を図書館たらしめるために尽力した人々、お上の都合による遅滞、一人称の図書館が愛した樋口一葉。「夢見る帝国図書館」の中では、永井荷風の父に始まり、幸田露伴、樋口一葉、菊池寛、芥川龍之介、様々な人物が現れる。その中でも印象的だったのが宮沢賢治。妹トシの看病のため上京した賢治は、看病の合間に帝国図書館に通う、そして、盛岡高等農林学校時代に親しく付き合った保阪嘉内との再会の舞台ともなった帝国図書館。あ、保阪嘉内については『サガレン』の中でも触れられていた。ほぼ同性愛的な愛情を注いだ相手、『銀河鉄道の夜』のカンパネルラのモデルとも言われる保阪嘉内との一瞬の邂逅、そして永遠の別れ。
その後も山本有三の『女の一生』のエピソードなど興味深い物語があり、戦時下、南洋の国々を占領した日本軍が、香港などから略奪してきた書籍の保管場所ともなった帝国図書館。上野動物園の動物たちの語り。飢え死にさせられる象。蔵書の疎開、そして敗戦。戦後、図書館にやってくる宮本百合子。そして、日本国憲法起草にあたって、図書館の本を参照するベアテ・シロタ。国の図書館としての機能は国立国会図書館に移る。小説だけれど、国の図書館の歴史について学び、並行して喜和子さんの人生が少しずつ見えてくる。
国立国会図書館本館の目録ホールに刻まれている「真理がわれらを自由にする」という言葉と共に、物語は終わる。図書館がわたしたちに真理への扉を開いて見せてくれる。

そして、門井慶喜『銀河鉄道の父』(講談社)を読んだ。直木賞受賞作。この前にノミネートされた『東京帝大叡古教授』(小学館)も『家康、江戸を建てる』(祥伝社)も完成度の高い面白い物語だったが、満を持しての直木賞受賞となった『銀河鉄道の父』で、宮沢賢治の父政次郎が、父としての思いを溢れさせる様が最初から最後まで物語を引っ張り、ページを繰る手が止まらない。
大昔、井上ひさし『イーハトーボの劇列車』を読んだときのおぼろな記憶では、政次郎と賢治は、仏教信仰の在り方で対立し(政次郎が浄土真宗を信奉していたのに対し、賢治は法華宗に心酔していく)、分かり合えない親子、という印象があったのだが、『銀河鉄道の父』の中の政次郎は、賢治が生まれ落ちた瞬間から亡くなるまで、ずっと父としての深い愛情を抑えることが出来ない様子で描かれている。政次郎の父喜助の時代から、古着商、そして質屋として堅実にお金を貯めてきた政次郎が、自分の跡継ぎになってほしい長男賢治に進学の機会を与え、家を継ぐ意志がないことをきっぱり示しモラトリアム状態を続ける賢治への援助を止めることが出来ない。基本、賢治の伝記をなぞりながら、これは小説なのだろうな、ということが随所に見える。ここまで父は見返りなく息子を愛せるのか、と読んでいて驚かせられる物語構築。Wikipediaの宮沢賢治の項目を読むと、『銀河鉄道の父』をあまりにも忠実になぞっていて、小説に引きずられているのではないかしらん、と思ってしまうが、小説家の無頼を支える人がいるからこそ芸術は後世に残るのか、とも思ったりする。
盛岡中学校に進学するまで神童だったのがただの人になって花巻に戻ってきた賢治に対し、女学校でも主席を続け、日本女子大に進学した妹トシ、門井慶喜の本では、賢治とトシの疑似恋愛的な関係をクローズアップし、病床のトシを慰めることが、賢治の童話や詩作の原点となっているような書き方になっており、保阪嘉内などと同人誌を作っていたことについては言及はない。また、上京時に帝国図書館に通っていたことは書かれているが、『夢見る帝国図書館』にある、帝国図書館での保阪嘉内との邂逅については触れられていない(実際に図書館で会ったかどうかも不明であるが、この頃より後、二人は決裂している)。トシの臨終の場での父との相克はドラマティックだが、これも小説だろうな、と思う。そして、『サガレン』で丹念に賢治の詩作をフォローしている、青森、北海道を経由しての樺太への旅については、『銀河鉄道の父』の中では全く言及がない。
タイトル通り、これは賢治の父の物語であり、父に反発しつつも思慕する、息子の物語なのである。臨終の床で政次郎が賢治に「えらいやつだ、お前は」と言う。賢治は弟清六に「清六、おらもとうとう、お父さんに、ほめられたもな」と言う。それを聞いた政次郎は、そんなことはない、自分はいつも息子を褒め続けていた、と思う。生涯反発し合いながら、一番愛し合っていた父子。
親の圧倒的な受容、がこの物語のテーマだ。

こうして、色々な側面から宮沢賢治の人生に触れた後、本人の作品も幾つか拾い読みしてみる。子どもの頃から好きだった、わたしにとって、日本文学の入り口だった宮沢賢治。上に縷々書いてきた賢治の伝記、生涯は、作品の前では実はどうでもいい。声に出して読む。賢治のうつくしい日本語を、目で触れ、口に出して読み、味わう。生涯の文学ヒーローだ。作品だけで、宮沢賢治だ。でも、その背後に家族の深い愛情があることも、やはり読んで嬉しいことであった。


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読書、ヴァイオリン、オーケストラ、ビーズ、マラソン、ウルトラマラソン、観劇、美術館、ガレット・デ・ロワ、顔ハメ、ちょっとだけ乗り鉄。
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