アンシャンテ木苺

6年間フランス料理屋のオーナーシェフをしていました。 技術、知識、人間力、あらゆる面で…

アンシャンテ木苺

6年間フランス料理屋のオーナーシェフをしていました。 技術、知識、人間力、あらゆる面での未熟さを感じて閉店しました。 もう1度フランス料理屋を経営するまでのプロセスになればと願って綴ってゆきます。

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3.Downward spiral コンソメ

初めてコンソメが作られる過程を見た時、その神秘性に興奮が抑えられなかった。 香味野菜、トマトペースト、牛ミンチに卵白を加えて、結着させるように手でしっかりと攪拌する。そこにブランサンプルと呼ばれる、牛すじなり鶏ガラなりの何かしらの出汁を加えて火にかける。白く濁り脂の浮いたその液体は、これから最高峰の料理になるような片鱗など全く見せない。 よく混ぜながら火にかけ、68℃を超えて卵白が固まりだしたら放置し、ゆっくりと温度を上げる。やがて卵白が灰汁を吸い上げて固め、曇り空のよう

    • 14.Strangelove フォアグラのポワレ

      私どうしてもフォアグラのポワレが食べたいの。作ってくれる?..... 僕にとっては思い出深い料理だ。 ポワレとはフランス語で焼くという意味だ。焼くという調理用語は英語ではソテー、ロースト、グリルなどがあり、フランス語ではそれぞれソテ、ロティ、グリエになる。 ソテはさっと焼く、炒め焼きのような感覚だ。ロティはローストチキンのようにじっくりと時間をかけて焼く、あるいはオーブンなどで蒸し焼きにする感覚になる。グリエは直火焼きだ。網焼きというニュアンスもあるが、基本的には油脂を使わ

      • 13.New adventures in Hi-Fi サラダ・ニソワーズ

        地中海に面した南仏のコート・ダジュール地方にある都市ニース。隣には映画祭で有名なカンヌ、都市国家モナコ、ブイヤベースで有名なマルセイユなどがある。イタリアとの国境も近く、バジルで有名なジェノバ地方、イタリア北最大都市ミラノもすぐ近くだ。 にんにく、オリーブオイル、トマト、ハーブをたっぷりと使う南仏の料理はイタリア料理との共通点も非常に多い。 よく話題に上がるフレンチとイタリアンの違いとは何なのか?という議題だが、結局のところはフランスもイタリアも地方の郷土料理の集まりであり

        • 12.There is a light that never goes out テリーヌ

          小説には純文学と大衆文学とがある。 賞も純文学は芥川賞、大衆文学は直木賞とわざわざ違いがあり、きちんとした判別がある。作風の違いであり、対象の違いであり、目的の違いであり、どちらが優れているのかの比較など全く意味をもたない。 これは映画や音楽にもいえることだと思う。 トムクルーズ主演の映画にしたって、マグノリアやアイズワイドシャットや7月4日に生まれてを、ミッションインポッシブルやトップガンと比較してどちらが優れているのかなんて難しい問題だ。 羊たちの沈黙やロストイントランス

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        3.Downward spiral コンソメ

          11.Die in the summertime ムール貝のマリニエール

          貝には魔力がある。 人は貝が好きだ。もちろん俺も好きだ。そもそも俺は何だって好きになってしまう。嫌われることが嫌いだから好きだということにしておく。 勝負なんかしない。勝負なんかすると嫌われるだろ。だから勝負なんかしない。誰からも好かれないし、誰からも嫌われない。そうやって生きてきた。 時々そんな自分が嫌いになる....私は貝になりたい.... それは大変でしたね。だけど消費され飽きられてゆく、お馴染みの自己卑下話に価値などありませんよ。そもそもあなたはそんなに絶望してるよう

          11.Die in the summertime ムール貝のマリニエール

          10.Monkey gone to heaven フレンチトーストとパンペルデュ

          バケットという言葉は一体いつくらいから一般化されたのだろう? 田舎育ちだったこともあるが、昔はバケットのことを誰もが、いわゆる"フランスパン"と呼んでいた。硬くてバリバリと音を鳴らして食べていた。このパンの何が美味しいというんだと思っていた。30年くらい昔の話だ。 それから10年が経ち、調理師として活動する頃には、名称が変わりフランスパンはバケットとして呼ばれるようになっていた。 やっとフランスパンは細分化される権利を得たのだ。少年時代と違い、硬い訳でもバリバリと音が鳴る訳で

          10.Monkey gone to heaven フレンチトーストとパンペルデュ

          9.Once 仔牛のコルドンブルーとフォンドヴォー

          フランスは肉食文化の国だ。 日本では馴染みの薄い肉が鴨、兎、ほろほろ鳥、うずら、猪、鹿、羊、雉、鳩などずらりと揃っている。 加工品も生ハム、ベーコン、ソーセージ、パテ、テリーヌ、コンフィと多種に富んでいる。 日本でも一般化されてきたが、牛、豚、鶏の部位ごとの調理や内臓料理など、とにかく無駄のないようにすべてを食べ尽くす。生き物への感謝としか言いようがない。 そしてその中で私達フランス料理人が最も欠かせない肉がある。それが仔牛肉だ。 生後6か月未満ほどの牛を総称し、まだ牧草

          9.Once 仔牛のコルドンブルーとフォンドヴォー

          8.Smells like teen spirit 苺のショートケーキとフレジェ

          改めて言うまでもなく、フランスはスウィーツ大国だ。フランス菓子の浸透度も日本ではかなり高い。 マカロン、フィナンシェ、マドレーヌ、モンブラン、ガトーショコラ、カヌレ、クレームブリュレ、タルト、ミルフィーユ、クレープシュゼット、シャルロット..... あらゆるフランス菓子が、そのままフランス語で日常生活に溶け込んでいる。フランス菓子屋....いわゆるパティスリーによる企業努力の賜物だと思う。 一方、僕達レストランで働いているフランス料理人によるお菓子作りはまた状況と事情が異な

          8.Smells like teen spirit 苺のショートケーキとフレジェ

          7.Come as you are エスカルゴの香草バター焼き

          エスカルゴ....いわゆるカタツムリである。 昔からフランス料理を代表する食材として、メディアに取り上げられる機会が多い為か、一般の方への浸透度はとても高い。 そのせいか、フランス料理屋でも意外と人気が高い。スタメンではないかもしれないが、確実にベンチには入る。 個性の強い食材なので、トマト煮込み、アヒージョ、パイ包み焼き、クロケット、パスタ、フリカッセなど、濃厚で力強さのある調理法が基本になる。エスカルゴをさっぱり食べようなんてちょっと難易度が高いぜ。 中でも傑作であり

          7.Come as you are エスカルゴの香草バター焼き

          6.Man in the box ステークアッシェ デミグラスソース

          馴染み深い洋食の代表料理であるハンバーグ。 その語源はドイツの都市ハンブルクからきていて、アメリカ料理として定着している。 そして世間に浸透するような気配は一切ないが、フランスにもハンバーグのような料理がある。 ステークアッシェだ。 ハンバーグとして捉えると、残念ながら大失敗料理となってしまうのだろうが、フランス料理として捉えると高い可能性を秘めた料理だと思う。 ハンバーグとは全く異なる美味しさであり、またベクトルを少しだけ変えなければならない料理でもある。 牛と豚の合挽き

          6.Man in the box ステークアッシェ デミグラスソース

          5.Venus as a boy オマール海老のテルミドール

          かつて婚礼料理の定番だったオマール海老のテルミドール。 語源はともかく、要するにオマール海老のグラタンだ。オマール海老にホワイトソースとエメンタールチーズをかけて焼き上げ殻ごと提供する。知ってる人も多い料理だと思う。そしてそれがとりたてて美味しい料理だっただろうかと考える人も多いと思う。 もちろん残念なことだと思うし、同時に難しい料理だなとも思う。 オマール海老の魅力はまずは存在感の強いヴィジュアルにあると思う。真紅の殻、身体の大きさ、爪の形....これ程インパクトのある素

          5.Venus as a boy オマール海老のテルミドール

          4.Selling the drama ヴィシソワーズ

          私は以前、小さなフランス料理店を経営していました。 郊外立地で、接待や会合で使われるようなものではなく、家族の集まりや主婦の方のランチ、夫婦での記念日のお祝いで使ってくださるような素朴でカジュアルなフランス料理店でした。 フランス料理界ではとても貴重な、誰もが知ってる料理のひとつであるじゃがいもの冷製ポタージュ....つまりヴィシソワーズをメニューにいれたことは1度もありませんでした。 フランスのじゃがいも料理はガレット、グラタンドフィノワーズ、ポムフリット、クレープ、ソテ

          4.Selling the drama ヴィシソワーズ

          2.Enjoy the silence 鴨のスモーク

          フランス料理の1皿の攻撃力は本当に破壊的だ。それは時に人の価値観や常識を破壊することがあると思う。僕にとっての鴨のスモークがそういった料理だ。 質の良い鴨の胸肉に塩こしょうをして焼き、スモークチップで軽く燻す、ただそれだけだ。 もちろんフランス料理として昇華させる為に、ドライアプリコット、ゴルゴンゾーラ、無花果、カシスのソース、フランス産きのこ、紫キャベツのピクルス、オレンジ、大根、とうもろこし....あらゆる食材と合わせて塩加減、甘酸っぱさ、飾りを調整してゆく。完成するの

          2.Enjoy the silence 鴨のスモーク

          1.Tonight,tonight キッシュ

          フランス料理と聞いて具体的で確固たる何かを連想できる人は一体どれくらいいるのだろう? 作り笑顔の反吐がでる社交場、評論家じみた汚い髪と肌の女、感情のない男の感情のないお金、お人好しの美辞麗句、料理の粗探しに余念がない中途半端な生活レベルの中途半端な粗探し、あなたが作ってるのはフランス料理ではないと主張する男、情熱という言葉を信じ騙され裏切られ、果てに自分の未熟さに気付き涙が出る.... ナイフとフォークを使わなきゃいけないオシャレな料理ではなく、僕が思い浮かぶのはそんな風景

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