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4.Selling the drama ヴィシソワーズ

私は以前、小さなフランス料理店を経営していました。
郊外立地で、接待や会合で使われるようなものではなく、家族の集まりや主婦の方のランチ、夫婦での記念日のお祝いで使ってくださるような素朴でカジュアルなフランス料理店でした。

フランス料理界ではとても貴重な、誰もが知ってる料理のひとつであるじゃがいもの冷製ポタージュ....つまりヴィシソワーズをメニューにいれたことは1度もありませんでした。
フランスのじゃがいも料理はガレット、グラタンドフィノワーズ、ポムフリット、クレープ、ソテー、ヴルーテなど数多く存在します。じゃがいもにはポタージュとして存在するよりも、付け合わせとして活躍してもらいたいという気持ちでした。
その代わりとしてポタージュには、白菜、コールラビ、ビーツ、茄子、牛蒡、桜島大根、菊芋などおおよそ田舎のフランス料理店では、珍しいポタージュを提供していました。お客様の反応も上々でしたね。

今振り返って考えると、お客様が知らないような料理を出そうという気概は確かにありましたが、王道料理が怖かったという気持ちも本音ではありました。
未熟な私を想像しにくい料理で、何処か違った世界線で捉えてもらい、評価を下しにくいベクトルに行きたかったのです。イメージがつきにくい料理は勝負しやすいのです。いつからか、フランス料理とはお客様が理解できないものを提供する世界になっていきました。悪いことではないのですが、それもフランス料理のたったひとつの側面でしかないと思います。

そして、そのことがフランス料理を一般的に難しくしてしまってるのかもしれません。

店を閉めて5年....
提供されなかったヴィシソワーズ....
誰もが知ってるフランス料理ですが、果たしてこれを家庭で作って食べるでしょうか?そんなにいらっしゃらないはずです。そしてなによりも、お客様の満足するとびっきりの美味しいヴィシソワーズを作れば良いのです。

質の高いじゃがいもを使うのもひとつの方法です。ですがこれは商売です。当然これだけでは利益が出しにくくなります。売価の高い料理も低い料理も料理人は知るべきです。
ポタージュを美味しく作る過程に、エチュベという技法があります。ちょっとややこしいですが窒息という意味のエトフェに近い感覚です。

白葱と玉葱、じゃがいもに塩をふり、バターをいれて、鍋に蓋をして火にかけます。鍋の中を蒸気で充満させて野菜の水分で汗をかかせます。この水分は野菜から出たものであり、味と香りがあります。蒸気で窒息させることによって火が入った野菜は驚くほどの甘味とうま味を出します。火加減は蒸気を発生させるためにやや強火。もちろん焦げる可能性が高いので、窒息を優しくするために、少しだけ水を入れて火にかけます。これがいわゆるエチュベです。

8割火が入ったらミキサーにかけやすくするために、少量のブイヨンを入れて炊き、火が通ったらミキサーにかけてこして冷やします。
牛乳と生クリームでのばして、塩こしょうして完成です。

感動的な美味しさです。そしてヴィシソワーズは汎用性の高い料理で、浮き身は自由自在です。鮭のリエット、シュー生地、魚介のタルタル、鴨の生ハム、フォアグラ、キャビア、カマンベールチーズ、コンソメジュレ....何でも合います。

中でもコンソメジュレをのせたヴィシソワーズをそのヴィジュアルから、パリソワール...パリの夕暮れと呼びます。白いスープに優しく淡い茶色が覗いている様から連想されたそうです。とてもロマンチックですよね。とってもロマンチックなのです。こんな素晴らしいスープをなぜ提供しなかったのでしょうか?
時に恐れは本質を歪ませてしまうのでしょう。

スペシャリテ決定です。


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