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5.Venus as a boy オマール海老のテルミドール

かつて婚礼料理の定番だったオマール海老のテルミドール。
語源はともかく、要するにオマール海老のグラタンだ。オマール海老にホワイトソースとエメンタールチーズをかけて焼き上げ殻ごと提供する。知ってる人も多い料理だと思う。そしてそれがとりたてて美味しい料理だっただろうかと考える人も多いと思う。
もちろん残念なことだと思うし、同時に難しい料理だなとも思う。

オマール海老の魅力はまずは存在感の強いヴィジュアルにあると思う。真紅の殻、身体の大きさ、爪の形....これ程インパクトのある素材も中々ない。
私達料理人が心掛けねばならないのは、ヴィジュアルを凌駕する味の追求だ。
オマール海老の味はヴィジュアルを超えなければならない。
テルミドールで味にインパクトを作るのは簡単ではないのだ。

オマール海老には、これぞフランス料理の素材だと納得させる魅力がある。お客様の反応も桁違いだ。幸いフランス料理には、ブレゼ、パイ包み、グリエ、スフレ、マリネ...あらゆる調理法がオマール海老にはある。殻からは最高峰のソースであるソースアメリケーヌを作ることができる。
扱いが難しいのは身だ。酵素作用によって身溶けを始める50℃〜70℃をとにかく避ける。質の高い冷凍品も出てるが、やはり活きの物にこだわりたい。味や食感が全く違うのだ。

グラタンはもはや完全に日本語として通じるが、そもそもはフランス語だ。英語としても通じるが、フランス語のグラチネ(焼き色をつける   
Gratiner)された料理(Gratin)からきている。
要するに、ホワイトソースだろうが、卵黄だろうが、パン粉だろうが、チーズだろうが、焼き色をつけた料理をグラタンと呼ぶのだ。
身近とされていないフランス料理は実は完全に生活に溶け込んでいる。非日常だけがフランス料理ではないのだ。フランス料理はいつも理不尽に誤解されている。私達フランス料理人によって....

オマール海老の味はヴィジュアルを超えなければならない。
ありふれた味になっては困るのだ。サラダにするなら相性の良いアボカドやマンゴーなどの南国の食材と合わせてインパクトを作る。
煮込みならば、泳いでる姿に見立てたナージュ仕立て、濃厚なスープのビスク....
グラタンならば、古典的なベシャメルソースでは重いので、卵黄とヴィネガーと澄ましバターを使ったオランデーズソースを使い、身にはしっかりとアメリケーヌソースをまとわせて、トリュフやバニラや香草なりで鮮烈な香りを生み出し、優しい火入れにする。

中途半端な知識による情熱溢れる料理。すっかりと本質から乖離してゆき、店も自己も友人もお金も情熱も消えた。
ロッシーニ、テルミドール、ヴィシソワーズ、ピーチメルバ、ソールアルベール...総てオーナーシェフ時代に一切提供しなかったフランス料理を代表する古典料理だ。
本質を知らず、本質から逃げた。前衛だのインスタ映えだのを目的とした、とってつけたような表現だけの料理。
料理人は本質を見抜く目をもたなければならない。だから勉強する。本を読み、他店に行き、調理場で試行錯誤する。そして表現者としての自己を磨く。
奇も衒いもなくテルミドールを提供するお店.....
そんなお店って素敵だなぁ。

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