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8.Smells like teen spirit 苺のショートケーキとフレジェ

改めて言うまでもなく、フランスはスウィーツ大国だ。フランス菓子の浸透度も日本ではかなり高い。
マカロン、フィナンシェ、マドレーヌ、モンブラン、ガトーショコラ、カヌレ、クレームブリュレ、タルト、ミルフィーユ、クレープシュゼット、シャルロット.....
あらゆるフランス菓子が、そのままフランス語で日常生活に溶け込んでいる。フランス菓子屋....いわゆるパティスリーによる企業努力の賜物だと思う。

一方、僕達レストランで働いているフランス料理人によるお菓子作りはまた状況と事情が異なってくる。僕達がデザートを提供する場面の多くは、メインディッシュを食べ終わってお腹いっぱいになり、ワインを飲み、非日常を体感していただき、やっと緊張がほぐれ、お客様はやや疲労を感じているような状況だということだ。ここがいつも問題になる。

フランス料理に欠かせないのは、なにはともあれやはり味の力強さだと思っている。これがなければ料理人としての技量を疑わざるを得ない。味が濃厚でなければならないとも言えるが、あっさりさっぱりとした薄味の中でも、力強さというものは表現できるはずだ。食材や組み合わせ次第でいくらでも工夫できる。それが料理人の腕だ。

これは最後のお皿になるデザートでも同じだ。まず力強さがなければならない。メインディッシュまで力強く、最後のデザートで弱々しい印象を与える訳にはいかないのだ。だが同時にお客様のお腹は完落ち寸前だ。
さらに加えて多くの方が、誕生日、結婚記念日、就職、退職、入学、卒業....あらゆる祝い事をフランス料理屋に持ち込んで、俺達はここだ、さあもてなしてくれ(Here we are now,entertain us)と、デザートが来るのを限界のお腹で目を輝かして待っているのだ。

アシェットデセールという言葉はかなり浸透してはきているが、まだもう少し弱いと思う。
僕達レストランのフランス料理人が作るデザートはいわゆるアシェットデセールだ。直訳すると皿のデザートとなる。物販としてお持ち帰りするのではなく、皿の上で食べるデザートだ。
パティスリーで販売しているデザートとは少し感覚が異なり、また感覚を異らせなければならないものなのだ。
メインの料理があり、ガルニチュールがあり、飾りやソースがある....メインディッシュを作る感覚でデザートを作るのだ。やれやれ...俺達は本当に沢山の仕事をさせられてしまう....だけど仕方がない、お客様はいつもHere we are now,entertain usなのだ。そしてだからこそお客様なのだ。

フレジェと呼ばれるこのフランス菓子の代表作。簡単に言うといわゆる苺のショートケーキだ。
違いは甘いホイップクリームでコーティングするのではなく、カスタードとバタークリームを合わせたクレームムースリーヌと呼ばれるものでコーティングし、苺を敷き詰めて、ナパージュや苺のジュレを上に塗ったケーキだ。

もちろんこのままお客様に提供しても、お客様は満足してくれるだろう。だがやはり状況は把握しておくべきだ。お客様のお腹は完落ち寸前なのだ。ここに苺のショートケーキなんて、ちょっとフードファイトハラスメントじゃないか....食べきれない美味しい料理って日本語として間違ってないか...ケーキは別腹と言われても、俺は別の腹でケーキを食べてほしくはないのだ。メインディッシュを食べ終わったその腹で食べてほしいのだ。

だから考える。
お客様に負担のないようデザートを味わっていただく方法を。
単純にフレジェの量を少なくすれば良いだろう。それもひとつのまったくもってジーニアスな答えだ。1枚の皿の上にポツンと置かれた少量のフレジェ。頑張って作ったコース料理の最後がこれだ。なあジーニアスさん、そういう訳にもいかないだろ。
じゃあアイスクリームを添えよう。アイスクリームならお腹の負担は軽減されるはずだ。なのでコース料理の最後がアイスクリームというパターンは非常に多い。そしてミントを飾ろう、何かソースをつけて皿を華やかにしよう。

そして湧き上がる疑問。
そもそもこのケーキってケーキという形でないといけないのか?
苺とスポンジ生地とカスタードをどうして、いちいちまとめなきゃいけないだ?
そして考えが広がる。
苺を赤ワインと蜂蜜で軽くコンポートする。スポンジ生地を焼いてパウダー状に砕く。カスタードをマシーンにかけてアイスクリームにする。ミントをミキサーにかけてソースを作る。
苺のジュレをゼラチンの量を増やして固く作る。ホイップクリームはそのまま。

フレジェを構成するアイテムは全て揃った。
後は皿の上で構築すればいい。苺のコンポート、苺のジュレ、ホイップクリーム、砕いたスポンジ、ミントのソース、カスタードのアイスクリーム。
これらをセンス良く皿に盛る.....これがフレジェを表現したアシェットデセールであり、僕達レストランで働くフランス料理人のデザートだ。
力強い味と、フランス料理としての構築力、見栄え、さらにお客様への負担の軽減....すべて表現できてるはずだ。さらにケーキとしてのフレジェも準備し、最後にお客様にお持ち帰りしてもらえばいい。Here we are nowの方達の満足度はさらに上がるはずだ。

お客様をもてなすのは本当に難しい....

俺達はここだ、さあ楽しんでくれ。
だけどやはり毎日その気持ちを積み重ねてゆくしかない。

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