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14.Strangelove フォアグラのポワレ

私どうしてもフォアグラのポワレが食べたいの。作ってくれる?.....
僕にとっては思い出深い料理だ。

ポワレとはフランス語で焼くという意味だ。焼くという調理用語は英語ではソテー、ロースト、グリルなどがあり、フランス語ではそれぞれソテ、ロティ、グリエになる。
ソテはさっと焼く、炒め焼きのような感覚だ。ロティはローストチキンのようにじっくりと時間をかけて焼く、あるいはオーブンなどで蒸し焼きにする感覚になる。グリエは直火焼きだ。網焼きというニュアンスもあるが、基本的には油脂を使わずに炎を直に当てて焼く感覚になる。

ポワレだけが近い英語のニュアンスがない。簡単に言うとソテとロティの中間だ。ロティほど長時間焼く訳ではないが、ソテのようにさっと焼き上げる訳でもないということだ。家庭料理で鮭を焼くような感覚に近いと思う。

フォアグラって不味いよね?
今まで何度言われたか判らない言葉だ。
フォアグラってめちゃくちゃ美味しいよね?
これも今まで何度言われたか判らない言葉だ。

フォアグラは作り手に完璧に左右される食材だ。知識やセンスのない料理人には触る資格すらない。フォアグラ料理が下手なフランス料理人なんて僕はいくらでも知っている。
相対的に彼等にいえることは、フォアグラなんて不味い食材なんだと思い込んでいること、ワインが嫌いなこと、フルーティな感性が致命的に欠如していること、塩が効いてないこと、焼き方の温度を間違えていること、ソースとガルニが合っていないことだ。
フォアグラのポワレは間違いなく難しい料理だ。とにかく美味しいと思わせるポイントがとても狭い。少しのズレや焼き時間で台無しになってしまう。ただそのポイントを捉えれると最高に簡単な料理で、世界最高峰の料理になる。

塩こしょうをして、小麦粉でコーティングし、高音に熱したフライパンでさっと焼き上げる。文章にすると簡単だが、これが1番大切なことだ。フォアグラはいわば脂の塊だ。高音で周りをカリッと焼くことでフォアグラの香りが引き立ち旨味がコーティングされる。中途半端な温度ではフォアグラの脂や旨味がすべて流れ出てしまうのだ。
そして焼き上げた後必ずフルールドセルなどの塩を振ることだ。フォアグラは特に甘酸っぱいソースと合わせることが多いので、仕上げの塩をふらないとソースとの調和が台無しになってしまう。オレンジ、ブルーベリー、りんご、アプリコット、苺、カシス....あらゆる果物と相性が良い。
個人的にはフォアグラを焼き上げた鍋にコンソメを入れてデグラッセし、ポルチーニ茸やジロール茸、パセリを加えてバターモンテしたソースが大好きだ。ソースが甘くないので、ガルニにイチジクやりんごなどをアクセントに加える。最高に美味しい。
フォアグラのポワレを目当てに来店されるお客様も多かった。

あなたのフォアグラのポワレが食べたい、あなたじゃなきゃ駄目なの....そう言ってくれる女性が僕には2人存在した。他にも沢山いたけど、2人が特別だったのは僕が恋に落ちた女性だったからだ。店の経営を考え、従業員を考え、集客方法に明け暮れ、お客様を考え、店の料理を考え、店の営業に追われ、高まってゆく料理のスキルとは逆に人として男としての僕は消えていった.....
家に帰るのは次第に億劫になり、運動不足になり、プライベートもなくなった。経営者としてあらゆる事柄を客観的に見るよう心がけていたら、自分の主観を見失った。僕には自分の意見ややりたい事もなくなり、何故オーナーシェフをしているのかさえ判らなくなっていた。
幸せではなかった、幸せになりたかった....
僕には恋に落ちるような資格なんてなかったんだと思う。仕事以外僕には何もなかったからだ。僕は歳をとってゆき、時代は変わり、立場も変わる。好きだった趣味やスタイルは流行ではなくなり、気晴らしをするには頭にも身体にも脂肪がつきすぎていた。休みたい、とにかく休みたい.....

オーナーシェフを辞めて念願のフランスのパリへ旅行に行ってきた。もちろん1人旅だ。僕は感動で涙が出てきた....パリの素晴らしさはもちろんだが、主にオーナーシェフ時代にどうして行かなかったのかの後悔にだ....悔しい時の涙の味はいつも苦い。恋をしていた2人の女性にもパリからメールしていた。やっと1人の男に戻れたような気がしていた。

パリのビストロ、それからジョエルロブション....フォアグラのポワレが出てきた。
ビストロはブリオッシュにカシスやグロゼイユのベリーソース、ロブションは青りんごとビーツとの組み合わせだった。どちらもとても美味しかった。

僕にとってフォアグラは恋の味だ。甘酸っぱくて、濃厚。そして塩が効いてないといけない。

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