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11.Die in the summertime ムール貝のマリニエール

貝には魔力がある。
人は貝が好きだ。もちろん俺も好きだ。そもそも俺は何だって好きになってしまう。嫌われることが嫌いだから好きだということにしておく。
勝負なんかしない。勝負なんかすると嫌われるだろ。だから勝負なんかしない。誰からも好かれないし、誰からも嫌われない。そうやって生きてきた。
時々そんな自分が嫌いになる....私は貝になりたい....
それは大変でしたね。だけど消費され飽きられてゆく、お馴染みの自己卑下話に価値などありませんよ。そもそもあなたはそんなに絶望してるような人には見えません。さようなら。

魚屋に行ったら必ずチェックするのが貝類だ。日本には魅力的な貝がたくさんある。
考えてみれば美味しくない貝など存在しない。お客様の反応も格別に高い。
あさり、蛤、帆立、鮑、つぶ貝、サザエ、牡蠣、マテ貝、みる貝、赤貝、あおやぎ、ほっき貝、たいらぎ貝.....
貝の世界には脇役も主役もない。全員がスーパースターだ。高級寿司屋でも大活躍をする。魚屋に並んでいる貝を見ると、どう調理しようかとワクワクする。貝は料理人の心を刺激してくれるのだ。

フランス料理の定番の貝といえばやはり帆立になるのだと思う。それから生で食べる牡蠣もフランスを代表する貝だ。そしてもうひとつスーパースターがいる。ムール貝だ。

国産のムール貝も広く出回るようにはなったが、やはり一般的に和食料理屋で出てくるような貝ではない。日本語ではムラサキイガイと呼び外来生物になる。類似の貝にイガイ、ミドリイガイ(パーナ貝)、淡水にいるカラス貝などがいる。和食料理屋で馴染みがない理由は、やはり外来種であるということ、さらに魅力的な貝は他にもたくさんあるということなのだと思う。わざわざムール貝を使う必要などないのだ。

ただ僕はフランス料理人だ。ムール貝を使わない選択肢などあり得ない。使い方はあさりとほぼ同じだ。刺身として食べるにはえぐみがあるので必ず火を通す。あさりよりも控えめではあるが抜群のうま味を出してくれる。
パスタ、グラタン、トマト煮込み、クリーム煮込み、スープ、パイ包み、コロッケ、サラダ、アヒージョ、香草バター焼きなど幅広い調理が可能だ。
このムール貝のマリニエールという料理は、漁師風という意味で、白ワイン、エシャロット、オリーブ油、にんにく、レモンでさっと火を通した料理だ。要するに酒蒸しである。仕上げにパセリのみじん切りを振りかけて、付け合わせにはほぼ確実にフライドポテトが添えられる。これがフランス人のムール貝の楽しみ方だ。あまりの美味しさに手が止まらなくなる。

モン・サン・ミシェルのあるブルターニュ地方には最高級のムール貝が採れる。
このブルターニュ地方、とにかく名産品の宝庫だ。オマールブルーと呼ばれる最高級の青がかったオマール海老、最高級の塩であるゲランドの塩、カンカルの牡蠣、ガレットと呼ばれるそば粉のクレープ、有塩、無塩、海藻入り、発酵などの最高級のバター、りんごのお酒シードル、ブルターニュのブイヤベースと呼ばれるコトリヤード、ガレットブルトンヌやクイニーアマンやファーブルトンなどの焼き菓子.....とにかく魅力しかないような地方だ。

料理人の発想としてはこうなる。ムール貝のマリニエールを作り、ブルターニュのバターを加え、殻を剥いて、そば粉のクレープを巻いて食べる。付け合わせのフライドポテトはゲランドの塩で味付け。もちろんシードルを飲みながら。
僕はこれがフランス料理の楽しみ方なんだと思う。

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