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6.Man in the box ステークアッシェ デミグラスソース

馴染み深い洋食の代表料理であるハンバーグ。
その語源はドイツの都市ハンブルクからきていて、アメリカ料理として定着している。
そして世間に浸透するような気配は一切ないが、フランスにもハンバーグのような料理がある。
ステークアッシェだ。
ハンバーグとして捉えると、残念ながら大失敗料理となってしまうのだろうが、フランス料理として捉えると高い可能性を秘めた料理だと思う。
ハンバーグとは全く異なる美味しさであり、またベクトルを少しだけ変えなければならない料理でもある。

牛と豚の合挽きミンチ 1kg
ソテーオニオン    100g
パン粉        100g
牛乳         100g
卵          3個
塩          12g
ナツメグ、こしょう  少々

この辺りのレシピがいわゆる柔らかくジューシーで、標準的なハンバーグになると思う。
ハンバーグのマーケットは巨大であり、あらゆる業界の方々により、あらゆる試行錯誤がなされ、1料理人として意見するのは、とてもではないが憚れる。
料理人として20年働き、やはりみんな各々の考え方がある。料理人は僕も含めいちいちみんなうるさいのだ。
よくこねて空気を含ませる....orさっくりと合わせた方が良い。
玉ねぎは甘くソテーしろ....or生のみじん切りで食感を出して薬味のような使い方が良い。
つなぎの量はどうする?パン粉が多いと柔らかくなるが、肉の旨味はやはり減る。そもそも牛乳はいるのか?卵は?
ミンチの引き加減は大きく?小さく?どこの部位を使う?
塩を入れるタイミングは?まず肉だけに塩を浸透させるべきでは?
加熱は?焼き色をつけたらオーブンではなく、電子レンジが1番!いやいや、サラマンドルだ....
身近なだけにとにかく議論になりやすい料理だ。

ハンバーグと違い、ステークアッシェは牛の肩肉やランプ肉を包丁で細かく刻んで、塩こしょうして成型して焼くだけだ。たったこれだけなのだ。
付け合わせには大体フライドポテトがつく。これでお終い。フランス料理にもシンプルなものは色々あるのだ。当然ただの牛肉の味だ。研究し尽くされた日本のハンバーグとは全くの別物になる。

だから私達フランス料理人はハンバーグではなく、ステークアッシェとしてこの料理を試行錯誤する。ハンバーグではないのだからルールさえ守れば発想は自由だ。
フランス料理は足し算の料理ともいえる。
フォアグラの旨味、トリュフやポルチーニ茸、ジロール茸の香り、豚背脂のコク、豚足の食感、エメンタールチーズのまろやかさ、ドライトマトの酸味、ケッパー、バジル、エストラゴン、にんにく、クミン、ジュニパーベリー....シンプルなステークアッシェに足せるアイテムは数多く、味の可能性は一気に広がる。
私達はハンバーグを作ってるのではない、ステークアッシェを作ってるのだ。

そしてフランス料理には最強の武器がひとつある。
デミグラスソースだ。

Sauce demi-glace.....完全にフランス語でありフランス料理だ。デミグラス?ドゥミグラス?
そんなことはどうでもいい。発音はドゥミグラスで、スペルを英語風に読むとデミグラスになるだけだ。フランスを代表する古典料理のソースだ。
だが、どうしてこいつはフランス料理から独立して、フランスと全く関係ないような顔をしてしまってるのだ?
しかもフランス料理とは全く関係のないハンバーグというドイツだかアメリカだかの料理に結びついてるのだ。サイコパスとソシオパスの政略結婚にしか思えない。
俺達はフランス料理を作ってるんだ。どうしてデミグラスだけ都合良く盗んでるんだ?フランス料理ってよく分からないよね、何があるんだよみたいな事を言われて俺達は何を言えばいいのか?
デミグラスソースと言ってはいけないのか?
あなたは友達としては最高だけど、男としては見れないの....そう言われた感覚だ....
要は論理的思考とは常々破綻するものなのだ。
世の中は論理的思考だけで成り立ってはおらず、もっと複雑なのだ。
男として見れないのなら、友達ではなくただ自分に都合のいい人なだけだ。だから最高なのだ。自由とは常に自分に都合のいいことなのだ。
だがそんな論理的思考を聞く人などいない。面白くないもんね。

俺達に言えることはデミグラスソースはフランス料理ですと言うことだ。正したところで何の意味もありはしないのは分かってる。へー...で終わりだ。ただ俺はもうフランス料理に対する誤解と敬意のなさに我慢がならない。

試行錯誤をこなしたステークアッシェにフライドポテトを添えて、俺達の、俺達による、俺達の為のデミグラスソースがかかる。美味しくない訳がない。

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