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7.Come as you are エスカルゴの香草バター焼き

エスカルゴ....いわゆるカタツムリである。
昔からフランス料理を代表する食材として、メディアに取り上げられる機会が多い為か、一般の方への浸透度はとても高い。
そのせいか、フランス料理屋でも意外と人気が高い。スタメンではないかもしれないが、確実にベンチには入る。

個性の強い食材なので、トマト煮込み、アヒージョ、パイ包み焼き、クロケット、パスタ、フリカッセなど、濃厚で力強さのある調理法が基本になる。エスカルゴをさっぱり食べようなんてちょっと難易度が高いぜ。

中でも傑作であり、最も有名な調理法が香草バター焼きだろう。エスカルゴのブルゴーニュ風と呼ばれるこの料理に使われる香草バター....名前をずばりそのままエスカルゴバター(フランス語でbeurre d'escargot)と呼ぶ。つまりエスカルゴの為にあるような合わせバターなのだ。
これがとてつもなく美味しい。身も蓋もない言い方をすると、エスカルゴバターを食べる為にエスカルゴが存在しているとさえ思っている。

バター        1ポンド(450g)
パセリ        50g
にんにく       20g
エシャロットアッシェ 30g
塩          7g
こしょう、レモン汁  少々

この辺りが標準的なレシピになると思う。材料をロボクープで合わせるだけだが、パセリをすり潰すようにして、しっかりと鮮烈な緑色を出すのがポイントだと思う。
その名称から中にエスカルゴの身が入っていると思われがちだが、実は入らない。エスカルゴバターでグツグツ煮えたエスカルゴによって、バターがエスカルゴらしい香りを出すということでエスカルゴバターが完成される。エスカルゴエスカルゴ......なんだかエスカルゴがゲシュタルト崩壊してくる。

デミグラス、アメリケーヌ、ボルドレーズ、タルタル、ペリグー、ブールブラン.....これらのソースと並ぶ間違いなくフランス料理を代表するソースだと思う。

エスカルゴバターはエスカルゴだけでなく、ムール貝や海老や白身魚などのあらゆる魚介類と相性が良く、鶏や豚、兎などの淡白な肉類にも抜群の効果を発揮する。

もう1度身も蓋もない言い方をすると、エスカルゴはエスカルゴバターを食べる為に存在する。
エスカルゴ自体美味しくないことはないとは思う。独特の味と香りがあり、土臭さのある魚介類といった感覚だが、どうしてもカタツムリかぁといった気持ちになってしまいがちだ。
それならばエスカルゴである必要性はない。海老や帆立やイカなんかの方が一般受けして、エスカルゴバターを楽しみやすくなるんじゃないの?
ある意味ではその通りだと思うが、やはり単純にそうとも言い切れない。
それは僕がフランス料理人であるということだ。料理人ではなく、フランス料理人なのだ。

レストランで働いてて大好きな光景がある。アラカルトのメニューブックを眺めながら、お客様が今日は何にしようかと悩んでくれている姿だ。
あれも食べたい、これも食べたい、これは何だろうね?前菜を魚介にして、メインは肉、いや魚介のメインも食べたい、デザートはどうしよう?
そんな姿を見てると料理人として幸せな気持ちでいっぱいになる。
この人達の期待に応えれるように、全力で素晴らしい料理を提供しよう....そう強く思う。

せっかくのフレンチなんだから、普段馴染みのない食材に挑戦してみよう...そんな考えのお客様もたくさんいらっしゃる。エスカルゴ、カエル、ジビエ、エイ、牡蠣、フォアグラ、珍しい香辛料、フランス産チーズ、フランス産野菜、肉や魚の内蔵料理......
どれもお客様にリスクを強いる可能性があるが、お客様に合わせることばかり考えて挑戦を辞めた料理人はゆっくりと料理人でなくなっていくのだ.....
次第にメニューが書けなくなってゆき、過去からのメニューの抜粋が増え、新しい発想や食材が理解できなくなる。それも時代の流れさと、自分ではなく環境のせいにする。新しい挑戦をしない人はいつも自己評価が高く、そして怠惰だ。
何故メニューを書けなくなったのかすら気が付かずに、気付けば周りから同情され、揶揄される。
挑戦を辞めた先に待っているのは虹のように輝く既製品食材だ。低価格で作業性抜群の効率の良い世界がいらっしゃいと出迎えてくれる。毎日毎日、魔法のように業者が完成された商品を配達してくれる。
そして気付けば簡単な料理も作れなくなっていく....本当に見事に作れなくなっていくのだ....そんな人をたくさん見てきた.....

大切なのは、常にお客様のご要望と己の信念とのバランスを取ることだと思う。それも常にだ。
自分の信念を貫くだけならばリスクを背負う覚悟はしないといけない。だからといって信念なき料理人には緩やかな死が待っている。僕は天才じゃない、だけど死にたくもないからバランスを取るよ。

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