女性の性は誰のもの? バービーとは違う、アート好きのフェミ映画「哀れなるものたち」
英語タイトルは、「Poor Things」 邦題が「哀れなるものたち」
ヨルゴス・ランティモス監督作品のシュールなブラックコメディ作品で、2023年のボックスオフィスではトップ10内の大ヒット。
ベニス映画際では金獅子賞、ゴールデングローブ賞の作品賞と主演女優賞を受賞、英国アカデミー賞では主演女優賞、衣裳賞、メイクアップ&ヘア賞、スペシャルビジュアルエフェクト賞、プロダクションデザイン賞の5部門を獲得。
そして96回アカデミー賞では、11 部門でノミネートという話題作です。
女性のエンパワメントを扱う奇想天外な映画
ヨルゴス・ランティモス監督は、エマ・ストーンとは『女王陛下のお気に入り』で組んで、2回目のタッグ。
ひとことでいえば、強烈な映画です。
途中から「えええーッ」という展開になるのですが、あまりにぶっとんでいるため、笑って最後は爽快になるという、ふしぎな映画です。
テーマとしては、大ヒット作「バービー」と同じく女性のエンパワメントを扱っているのですが、アプローチが違う。
アート好きさんのための「バービー」ともいえるでしょうか。
冒頭では、ロンドンの橋から身を投げる若い女性の姿(エマ・ストーン) が映しだされます。
それがフランケンシュタインみたいなルックスのマッドサイエンティスト、ゴッドウィン・バクスター博士(ウィリアム・デフォー)によって蘇生されることがわかります。
ここまでは予告編から想像できる内容でしょう。
そして博士によって再生させられたベラは、中身は赤ちゃん。
体は成人女性であっても、イチから世界を経験していきます。
中身は幼児の演技をするエマ・ストーンがすばらしく、タルトをほおばるときの仕草とか、そうそうそう、幼児ってこうやるよね、みたいな幼児模写、というか幼児なりきりの動き方がうまいし、引きつけられます。
世界観とセットの美しさが圧倒的!
とにかく圧巻なのは、世界観。
ヴィクトリア調のロンドンをベースとしていながら、ミョーに進んだテクノロジーもあるというスチームパンクな設定です。
そのセットデザインが美しすぎる!
空には飛行船が飛び、ロープウェイで移動をしたりする。蒸気船が上げるスチームはカラフルで、もうこの世界じたいに、スチームパンク好きのわたしとしては激しく心を掴まれました。
ベラは船に乗って旅をして、リスボンや アレキサンドリアやパリに行くのですが、出てくる人物たちも奇怪で良い!
ことにパリのシーンは、いや、よくこういう怪優がいるよね、というくらい俳優たちが濃くて良いです。
この世界観を作り上げたのは、ジェームズ・プライス(James Price)と、ショナ・ヒース(Shona Heath)
アカデミー賞にノミネートされています。
ジェームズ・プライスは『アイアンクロー』(2023年)や、ジュディ・ガーランドの生涯を描いた『ジュディ』(2019年)『パディントン2』(2017年)を手がけています。
ショナ・ヒースの方は、映画のセットデザインを手がけるのは初めてだったそう。彼女はファッションフォトグラファーとして名高いティム・ウォーカーのセットデザインを作ってきている人物です。
というと、「なるほどね」と頭のなかで結びつくのでは。
ティム・ウォーカーの写真が好きなわたしとしては、あー! なるほど! たしかに異世界に持って行かれるよね、と膝ポンでした。
袖を強調したファッションもステキ
そしてベラがまとうドレスの数々が美しくて、うっとり。
デザインしたホリー・ワディントンはアカデミー賞にノミネート。彼女は『レディ・マクベス』(2016年、フローレンス・ピュー主演)も手がけています。
ベラがまとうのは、ビクトリア調の大きな袖である「レッグ・オブ・マトン・スリーブ」です。
このレッグ・オブ・マトンとは文字どおり、羊の脚肉の形をした袖ということですが、このたっぷりとした袖が、19世紀なかばに流行ったんですね。
余分な布地を使う袖のデザインは、贅沢や華美の象徴だったわけです。
映画では、そのロマンティックな袖のトップスと、ボトムスはショートスカートやショートパンツを組会わせています。
これはヒロインのベラが通常の女性とは違って、「なにが社会的に恥ずかしいことなのか、わからない」という設定であるため、脚を隠すのが良識とされた19世紀の女性たちとは異なり、ミニスカやショートパンツで出歩いても平気というキャラ設定なのです。
今だったら、下着のパンツ一丁で、出かけている感じでしょうか。まあ、もはやそれも今やボトムレスファッションとしてフツーになっていますが(苦笑)
このファッションはマネしたい女子がいっぱいいるのではないでしょうか。
性に目覚めて自立していくヒロインは
体は一人前の女性だけれど、中身は幼女で、大人としては常識はずれの行動をするけれど、無垢であり、自由なベラ。
しかも慎みとか、羞じらいといった教育に染まっていないから、純粋にセックス好き。
そんなのは男の理想だろって感じで、オンナたらしの弁護士、ダンカン(マーク・ラファロが夢中になってしまうわけですね。
そして彼女の創造主であり、父である「ゴッド」=ゴッドウィン・バクスター博士のもとを離れて、ダンカンと一緒に、船旅に出て、世界を見ることに。
さらにベラはどんどん本を読み、知識をたくわえ、貧富の差に気づいて胸を痛め、成長していくわけです。
そして自分の意志で行動しだす。
これがダンカンには耐えられない。
自分だけの性的所有物だったベラが、他の男とセックスすることに激怒して、おのれのものに留めようとする。
このダンカン、マーク・ラファロがよくこんな男を演じるなあというくらいのクソ男なんですが(苦笑)、たしかに役者冥利につきるでしょうね。
理想の女性を作るピグマリオンの系譜
学習することで、自意識を持つようになり、自由を求めるベラ。
自我を持つというのは、フランケンシュタイン系の映画でよく観る設定ですね。
人形として作られた「バービー」が、自意識をもって「おのれは誰か」と模索していく過程と同じです。
原型はギリシア神話のピグマリオンでしょう。理想の女性を彫刻したピグマリオンが、その像に恋するという神話で、バーナードショーの戯曲『ピグマリオン』も有名です。
そのモチーフを踏襲したのが、『マイフェア・レディ』
貧しいロンドンの花売り娘イライザが、音声学者のヘンリー・ヒギンズ教授から話し方を学び、レディに仕立て上げられる。
やがてヒギンズ教授はイライザと恋に落ちるけれども、イライザは彼の元を去る。悔やんだ教授のもとにイライザが戻ってきてハッピーエンド。
今だったら、二人の歳の差に「キモい」とか「マンスプレーニング」といった声があがって、イライザがロンドンの下町で自分らしく生きるエンディングになっているのでは。
「エクスマキナ」(2014年)も、同じパターンで、AIロボットが自我を獲得して、そのあと自由を獲得していく ストーリー展開。
またHBOドラマの「ウェストワールド」も、人間によって作られたAIのロボットたちが、やがて自意識を持って反乱する話です。それもどれが人間で、どれがロボットなのか、だんだんわからなくなっていく。
つまりどういう形にせよ、人間にとって作り出された「完璧な人形」は、やがて自我を得て、作り手の意図を超えて、庇護を拒否して、自由を求める。
これが人間の本質であって、まあ、ほとんどの親子関係はそうですよね。
子どもは決して親の期待どおりにはいかない。
でもそれが人類のデフォルトでもあるとも思います。
聖書であっても、神さまがアダムとイブに楽しいエデンの園を与えるのに、ヘビの勧めたリンゴを食べて、アダムとイブは自意識を持ってしまうんですね。全能の神さまであっても、これ(汗)
つまり人間は自意識があるために、人間であるともいえます。
女性の体と性は誰に所属しているのだろう?
そして浮かびあがってくるのは、女性の体と性は誰に所属しているのか、という問題です。
もちろん当人に属しているはずなのですが、かつて多くの文化で許容されていたのが、経済的な実権を握っていて、権力がある男性は、複数の愛人を持っていいという社会常識。
けれども妻となった女性は、その性は夫に所属するものとなる。
女性の自慰というのは、そもそも映画のなかではあまり描かれないですが、かつての文化的な縛りでは、「良家の子女」は無垢のままでいて、男性から快楽を与えられる存在である、という幻想があったわけです。
ところがベラはまったくそうではない。社会的な刷り込みをされないで育ったので、先入観がなくて、がんがん行くのですね。
そして貧しさから売春婦になった女性は蔑まれる身分でありながら、なぜか買う立場の男性は、なにをやろうが社会的地位には影響しなかった。
これは現代でも続いている文化の刷り込みであって、売春にあっては、女性であろうが、男性だろうが、なぜか売る方が蔑まれて、いっぽう買う方の社会的信用が抹殺されるわけではない。
女性は(あるいは男性は)社会から刷りこまれた役割分担を生きる存在であるのか。
そもそもひとに個人という、完璧な自由はあるのか。
オチに待っているのは、まったく社会正義になっていない、女性の解放でもない、とんでもない結末なんですが(苦笑)ブラックユーモアのファンタジーという締めでした。
先にこの映画を見た友だちが「すさまじい映画」といっていましたが、言い得て妙。
すさまじくて、美しくて、ファンタジックで、笑って終わる映画でした。
とにかくエマ・ストーンがすごい
今作品では、幼児から、自我を持った人格まで、ベラを演じたエマには、惜しみない拍手を贈ります。
いわば「アルジャーノンに花束を」的な演技で、すばらしかった!
ことに秀逸だったのが、ダンスのシーン。
ぎくしゃくと、ぎこちないような、でも体の奥から突き動かされるように踊るようなダンスは、すばらしい演技。
『バードマン』の時の娘役でもそうでしたが、彼女はこうエキセントリックな役が似合う女優ですよね。
今回のオスカー主演女優賞にノミネートされるのも当然!
ちなみにオスカーを予想すると、おそらく「キラーズ・オブ・フラワームーン」のリリー・グラッドストーンが獲るのではないでしょうか。
先住民だから受賞することをマイノリティにゲタを履かせると考えるひともいるでしょうが、そもそも先住民族の映画が作られることが極端に少ないのだから、これは社会的配慮として必要でしょう。
エマ・ストーンは、この演技力であれば、まだ先があるので大丈夫。
今作では何よりも今作では、プロダクションデザインに、やられたわたし。
オスカー候補作のなかでは、圧倒的にいちばん好きな世界観でした。最高!
これが好きなあなたは、わたしとめちゃくちゃ気が合うと思います!語りたい!
オスカーでは、4部門制覇の大勝利!
さて、3月11日追記です。
上記の予想が外れて、アカデミー賞の主演女優賞はエマ・ストーンが受賞。
おめでとうございます〜〜〜〜!
リリーさんは次回のチャンスがないだろうから、ちょっと気の毒でしたが、まあ、本当にこの演技なら納得。エピックでしたね。
そして「メイクアップ&ヘア」賞、「コスチュームデザイン」賞、「プロダクションデザイン」賞も、獲得!
これも納得です!
オスカー4部門を制覇した「哀れなるものたち」
こういうクセの強い映画が受賞するのは、わりとめずらしいのではないかと思いますが、大好きな作品なだけに良かった!
まだご覧になっていない方は、ぜひ映画館の大画面で楽しんでください。
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