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【選書】「ミステリーって多すぎて自分に合うのを選べる気がしない」という友達に選書のコツを全力で話してみました〈第十夜〉ー大好きこのキャラ・このテーマー

~「読んでよかった」のために自分の好みを知ろう
分け合いたい! 底知れぬミステリーの魅力~
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〈第九夜〉謎解きも凄い「社会派」はこちらから ↓↓↓

【主な、ではなく2人しかいない登場人物】

エイミ・・・本、特に推理小説が好き。40代。友人ミキとの会話や子育てを通して「本1冊をスラスラ読めるのは本好きだけの常識」と気づき、ミキが楽しく読書できる「入口」を考えるように。目標は「脱・頑張って読んだのにイマイチ」 

友人ミキ・・・大人になり読書に興味を持つが、少し苦手意識あり。ミステリーを読んでみたいと自分で選書するものの「ピンとこない」と苦戦。「読書慣れしていない人が小説1冊を読み切る労力」をエイミに訴える

※以下、作家名は敬称略。本のデータは最後に記します

※あくまで私が読んだ本、好きなタイトルから話しています。ミステリーの選書に関してはすべて、ただの本好きの個人的な見解です

※おすすめの作品名も出しますが、あくまで選書のコツ・考え方がテーマです

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エイミ ではさっそく「大好きこのキャラ・このテーマ」ということで、特定のジャンルに特化したミステリーの話だね。

ミキ これまでのあらすじとして、あまり読書慣れしていない人はまず「どんな謎ならワクワクするか」という自分の好みを知る、さらに「気になる作家を見つけたら作風や作品リストを少しでも調べてみる」「現時点での読書スキルと好みに合った選書をする」という話だったね。

エイミ いままでは「本格」「社会派」「日常の謎」みたいな大枠ジャンルの話を中心にしてきたけど、今日はそれをベースにしながらもっとコアな選書について考えてみようと思って。

ミキ コアな選書?

エイミ 言い換えると「このキャラ好き」「このテーマ興味ある」みたいな、個人的な興味関心から入る本選びってことだね。好きな世界観にどっぷり浸りながら謎解きを楽しみたいって人もいるだろうし。

ミキ 好きなテーマと言えば、私なら「家族・親子関係」、あとは「多肉植物」かな・・・趣味なんで。あと登山。

エイミ 残念ながら多肉植物ミステリーはいまのところ私の脳内データにはないなぁ(笑)。山岳ミステリーは詳しくないけど調べればありそうだね。あと、社会派のなかで家族ものは多いから、それは改めて紹介します。で、今日はまず「将棋」から入りたいと思うんだ。

ミキ おぉ、将棋ミステリー? いきなり絞ったね。

この一局にどんなドラマがあったのか・・・

(1)詳しくなくても面白い、将棋ミステリー


エイミ
 私、将棋をテーマにした物語が好きなんだ。映画でも名作が多いんだよ。個人的に好きなのは『聖の青春』とか『泣き虫しょったんの奇跡』かな。ちなみにミキは将棋のルールわかる?

ミキ まぁ、駒の動かし方がわかる程度です。

エイミ 私も「動かす方向の矢印シール」が駒に貼ってあるやつなら対局できるよ!

ミキ 自信満々に言うね。

エイミ これから紹介する本は全部、将棋の基本的なルールがわかる程度でも楽しめるんだ。もちろん詳しいに越したことはないけど、小説として面白いから私は十分ワクワクできたよ。まずは芦沢央『神の悪手』

ミキ 格好いいタイトルだね。ちょっと怖い気もするけど・・・。

エイミ 将棋や囲碁の世界でよく「神の一手」っていう言葉が出てくるよね。ということは逆に、神にも悪手があるかもしれないよ・・・。これは短編集で、将棋に人生をかけた人間同士のドラマがベース。5話収録されているけど、私はやっぱり表題作でもある2話目『神の悪手』が好きだなぁ。

ミキ 後味は・・・?

エイミ いいとは言えない(笑)。けど、すごいものを読んだという満足感がある。勝負の世界に身をおく人間の、ギリギリの魂の攻防がたまらないんだ。どっち、どっちだ! あぁ! そんな! みたいな。

ミキ 読んだことはないけど、日々闘う者の孤独はよくわかる・・・いまの私の相手は思春期の我が子だよ。それはそうと、今日はたくさん本を持ってきたんでしょ?

エイミ うん。続いては、とある連続殺人事件の謎を追う女刑事が主人公の、井上ねこ『盤上に死を描く』。なぜかすべての現場に将棋の駒が残されていて、被害者の共通点が不明という不穏な謎から始まるんだ。

ミキ 共通点ないとか怖いよね。けどもし私が被害者なら、できれば「歩」ではなく「飛車」や「角」をそっと置いてほしい。

エイミ いやどんな願望(笑)。この小説は詰将棋がテーマなんだけど、読んでるうちに詰将棋に挑む人達の熱い想いが伝わってくるんだ。完璧な詰将棋はつくる側にも解く側にも美しいものなんだろうなぁ。その点、本格ものの謎解きにも似てる気がするよ。クライマックスの、刑事vs真犯人の対決も緊迫感があって面白かった。

ミキ 美しい謎解きもいいけど、私は感動的な人間ドラマも読んでみたいな。

エイミ ミキ好みの作品も用意してるよ! 柚月裕子『盤上の向日葵』は、不遇にして天賦の才をもった棋士・上条桂介をめぐる人間ドラマ。文庫で上下巻あるけど「誰がどんな想いを抱き、どう行動したのか」の謎に惹かれるとあっという間に読めると思う。ちなみに解説は将棋の羽生善治棋士が書いていて、この文章がまた素敵なのさ。

ミキ へぇ、そうなんだ! こういう小説を読むと、ふだん将棋のニュースを観ても「おっ」と注目するようになるんだろうね。

エイミ この棋士にはどんなドラマがあるんだろうな、って考えたりすることはあるよ。ほかにも囲碁やチェス、麻雀みたいな頭脳ゲームをテーマにしたミステリーもあると思うから、興味があったら調べてみてね。


面白いミステリーが多すぎて

(2)毒が大好き名探偵『薬屋のひとりごと』


ミキ
 ちょっと私から質問いい? エイミが今日持ってきたなかに『薬屋のひとりごと』があるよね。私アニメ大好きだったんだ。

エイミ 私も観てたよ! 2023年秋から放送されてたね。内容的にはほぼ原作通りで、満足度高かったな。

ミキ でね、第八夜で選書の基本は「なんか好き」がベースでいいって言われながらも自分なりに考えてみたんだけど、やっぱり少しでも頭のなかで言語化やジャンル分けができたほうが今後につながるかなと思って。

エイミ えっどうしたの? 急に選書について真剣な姿勢を見せたりして・・・。

ミキ ミキも日々成長してるからね。さて、私はこの作品のどこが面白かったんだろう。これはジャンルで言うと何ミステリー?

エイミ ふむ、大きく分けると名探偵ものになるんじゃないかな。言い換えるとキャラクターミステリー

ミキ キャラクターミステリー?

エイミ クセ強で個性的なキャラが謎を解くミステリーのことだね。日向夏『薬屋のひとりごと』は、三度の飯より薬・・・いや毒が大好きな主人公・猫猫(マオマオ)が後宮で起こる事件をついつい解決しちゃう、一風変わった名探偵もの。猫猫自身は人に興味がないのに、なぜか周りの人に好かれちゃうっていう人間関係も面白いし。

ミキ そう、猫猫って魅力的。薬や毒の知識だけじゃなく洞察力も並外れてるし、結局優しいし。なんといっても美形キャラ・壬氏との関係が気になってしょうがない(笑)。

エイミ 私の友達には、既刊を全部読んでて「ほぼ猫猫と壬氏の関係だけを追ってる」っていう人もいるよ(笑)。私としては謎解きの完成度に注目してて、特に2巻中盤で猫猫が、起こった出来事を一つひとつ結び付けて「必然かも」と陰謀に気づく場面はドキドキしたなぁ。

ミキ ある人を助けるために走るシーンでしょ! アニメでもクライマックス感があったよね。

エイミ ジャンルの話に戻るけど、毒や薬の知識を生かした謎解きは理系・・・というか化学ミステリーの味もあるかな。猫猫は大抵の場合、感情論じゃなく論理的に謎を解くし、「あれが関係してたのか」っていう刊をまたいだ伏線回収も見事だよ。

ミキ そっかぁ、こんなに魅力が詰まってるならたくさんの人が面白いって思うのも納得だね、もちろん私も。なんか腑に落ちたわ。

エイミ ちなみに名探偵ものってほぼほぼキャラクターミステリーかもしれないね。ホームズもポワロも金田一耕助も、あんな濃いキャラの人いないっていうか(笑)。

ミキ 私にもお気に入りの名探偵シリーズがひとつあれば、読むものに困らないのかもしれないな・・・。

エイミ なんなら「おしり探偵」もキャラクターミステリーだよね。探偵、というだけで子どもが成長した現在も観ている私。

ミキ いや私も観てたけど(笑)。そうだアニメの話の続きいい? 2024年の今年は『烏は主(あるじ)を選ばない』もお気に入りだったんだ。今日エイミが持ってきたなかに『烏に単(ひとえ)は似合わない』があるけど、同じシリーズでしょ?

『薬屋のひとりごと』の猫猫はこういう薬草が大好き

(3)異世界感と謎解きの妙!ファンタジーミステリー


エイミ
 原作の小説は現在12巻まで出ている阿部智里の『八咫烏(やたがらす)シリーズ』だね。1巻『烏に単は似合わない』、2巻『烏は主を選ばない』、この2冊を合わせて再構築したものがアニメの前半で、後半は3巻『黄金の烏』の内容が中心だったと思う。私は原作はまだ2巻までしか読めてないんだけど。

ミキ 最初はあの和風ファンタジーな世界観に惹かれて観てたんだ。でもある時期から急に謎解きみたいなのが始まって、「嘘でしょ!」っていう超驚きの展開になったよ・・・。

エイミ 「やられた」と思うよね(笑)。これ謎解きあったの? みたいな。ジャンルで言うとファンタジーミステリーになるのかな。ミキが言う場面は小説で言うと1巻のラストだと思うけど、ある人物のある言動がすべてある目的のために意図して行われていたものだった、ということが暴かれる。

ミキ いわゆる貴族が主人公だし、お家争いだし、わりとありがちなドラマかなと思って観ていたら、頭ガーンって殴られました。

エイミ ファンタジーミステリーの魅力は、入念に創り込まれた異世界感にどっぷり漬かりながら、張り巡らされた伏線によって最後にあっと驚かされる、というところかな。ちなみにハリー・ポッターもファンタジーミステリーだよ。

ミキ あっそうか! 映画しか知らないけど、確かにハリポタって伏線回収すごいよね。

エイミ 謎解きよりファンタジー部分に惹かれて観たり読んだりする人も多いだろうけど、それでもミステリー要素がある分、話の筋がしっかりしていて没入しやすいんじゃないかな。優れた作品ほど、肝心なところは「異世界だから」でフワっと終わらせないというか、ちゃんと物語上の理屈や理論があると思う。

ミキ だから『烏は主を選ばない』は回が進むにつれてどんどん夢中になった!あとは登場人物がやっぱり魅力的だよね。異世界であっても人間はリアルで、「こういう人いるよね」「幸せになってほしい」ってつい気持ちが入っちゃう。

エイミ ところで、ちょっと話題を変えてファンタジーというより妖怪ミステリーの話をしてもいいかな。『姑獲鳥の夏』から始まる京極夏彦の百鬼夜行シリーズは知ってる? 憑き物を落とす陰陽師にして古本屋の店主「京極堂」を中心に展開するミステリー。妖怪奇譚かと思いきや、謎解きは論理的で、本格の醍醐味もたっぷり味わえるんだ。熱烈なファンも多いよ。

ミキ この表紙見たことはあるんだけど・・・。妖怪というと、ゲゲゲの鬼太郎しかわかんないかも、ごめん。

エイミ 日本で妖怪に関わるほぼすべての道は水木しげるに通じると言っても過言じゃないから、そのイメージは間違ってないと思う。ただ『姑獲鳥の夏』は妖怪が人間を襲ったりはしなくて、どちらかと言うと、脳と心の独特なはたらきによって人間が生み出してしまう不気味な事件を京極堂が論理的に解きほぐす話。小説1冊とは思えないような膨大な情報量と、あっと驚く解決編。開始数ページで不思議な世界に没入しちゃうから、好きな人は読み始めるともう止まらない。

ミキ 私は文章量が多いと圧倒されるから、まだもう少しライトなものがいいかな・・・。

エイミ ミキに読めとは言わないけど、「ひと口にミステリーって言っても本当にいろいろある」ことだけは、改めて念押ししとこうと思って。

ミキ うん。異世界的に没入しながら謎解きを楽しみたいならファンタジーミステリーや妖怪ミステリー。クセ強名探偵の活躍を楽しみたいならキャラクターミステリー。自分に合う選書ができるように再度、頭に入れておくとします。

エイミ メディアミックスで話題、という点ではまだ紹介したい作品があるよ。続いて『謎解きはディナーの後で』。これはミキも読みやすいはず!

ミキ おぅ、ドラマ観てました。

カラスが山へ帰ったあと、何が起こっているのでしょう・・・


(4)笑い&本格&クセ強探偵『謎解きはディナーの後で』


エイミ
 ドラマと映画は2011年から2013年なんだけど、小説のほうでは2021年に新シリーズが始動したらしく、書店で東川篤哉『新 謎解きはディナーの後で』を見かけてびっくり! 2も出てた・・・。異動になった風祭警部が国立署に戻ってきたらしい(笑)。まだ読んでないから旧シリーズの知識で話すけどいいかな? 急いで読まなきゃ!

ミキ 私もドラマの情報しか頭にないから大丈夫。

エイミ ドラマが好きだったなら、わりとすんなり小説も読めると思うよ。毒舌執事・影山と麗子お嬢様の会話なんて原作のイメージにかなり寄せてたから。

ミキ じゃあ定番の質問になったけど、これは何ミステリー?

エイミ ベースは会話で読ませるユーモアミステリーだね。そして、密室やアリバイなんかの不可思議な謎を論理的に解明する本格ミステリーでもある。基本的に短編だから、前半で麗子と風祭警部が捜査で得る情報ほぼすべてが伏線で、後半で影山が怒涛の伏線回収をみせる、全編読みどころな構成(笑)。本格好きにもたまらない名編ぞろいだよ。

ミキ ドラマはひたすら笑って観てたけど、そう言われたらいろんな要素が詰まってるよね。風祭警部が新シリーズでも健在なら読んでみようかな。

エイミ それと、執事の影山はたまに現場に居合わせることもあるけど、基本的には安楽椅子探偵とも言えるよね。

ミキ あんらくいす探偵・・・って何だっけ?

エイミ 自分では捜査せず、事件の客観的な情報だけを聞いて真相を言い当てる天才型の探偵だね。海外でも昔からある名探偵のスタイルで、短編集が多いから、探してみるとミキ好みの作品がほかにもあるかもしれないよ。

ミキ いろいろ聞いて思ったけど、絶大な人気を誇る作品ってやっぱり支持される理由がちゃんとあるんだね。

エイミ 映像作品でも「こういうの好き!」と思ったら試しに原作を読んでみたり、同じテーマの未読の小説を探してみるのも自分に合った選書につながると思う。たとえば「ユーモアミステリー/短編」「安楽椅子探偵/読みやすい」みたいなキーワードで検索してみるとかね。

ミキ 自分の「読書の入口」はたくさんあったほうがいいってことだね。

エイミ どんなキッカケ、取っ掛かりでもいいから、本を読んでみてほしい・・・いつもそう願ってます。そして、安楽椅子探偵でもうひとつ紹介したいものがある。三上延『ビブリア古書堂の事件手帖』って聞いたことあるかな?

豪華なディナー後に謎解きが待ってるとか・・・幸せすぎ

(5)本好き&日常の謎好きに『ビブリア古書堂の事件手帖』


ミキ
 あれ? これもなんかドラマで観たような・・・。

エイミ 2013年にドラマ化、2018年に映画化されてるね。今日は小説ベースで話すけど、これは古本屋の店主で主人公の栞子が、膨大な知識量と本への情熱で古書の謎を解き明かしていくミステリーなんだ。ドラマでは栞子が第1話から店番をしていたけど、原作では入院中で1巻のほとんどは病室から謎解きしてる。

ミキ あぁまさに安楽椅子探偵・・・っていうかベッド?

エイミ とにかくこの1巻の第1話がすごい、ものすごい。傑作。ミキ、これだけでもまず読むんだ。短編で読みやすいし、ひとつの愛の物語でもあるから・・・ミキ好きだと思う。好きだよね⁉ 愛の話。

ミキ 急に近いね(笑)。じゃあ借りていくよ。ちなみに第1話はどんな内容?

エイミ 夏目漱石の全集『第八巻 それから』の見返し部分に「夏目漱石 田中嘉雄様へ」という書き込みがあって、漱石が書いた本物かどうか鑑定してほしいっていう依頼だったの。栞子はそのサインが「残念ながら偽物」とすぐにわかっただけでなく、本の状態や当時の値札を見て、持ち込んだ青年にいくつか質問をするうちに、書き込みをした人物とその切なる理由、ついには本人も知らなかった青年自身の秘密まで解き明かしてしまう・・・という話。

ミキ ベッドのうえで? 本見ただけで?

エイミ うんそう。私、初めて読んだとき感動して泣いちゃった。『ビブリア古書堂の事件手帖』は、本好きはもちろん「古書」「本1冊」に特別思い入れがない人にも、「本って素敵だよね」って伝えてくれる稀有な物語だと思う。あと、第七夜で話した「日常の謎」ジャンルでもあるから、殺人とか暗い話が苦手な人にもおすすめしやすい。後味もいいよ。

ミキ あ、「日常の謎」ね。子どもとか中高生にもおすすめの。

エイミ 少し難しい古書の回もあるけど、中学生なら大丈夫じゃないかな。まぁ、人によるか。

ミキ ちなみに、これもけっこう長いシリーズもの?  ほら私、長いシリーズに威圧感を感じちゃうところあるから・・・。

エイミ 『ビブリア古書堂の事件手帖』は2024年現在、第2シリーズを含めて11巻まで出てるみたい。けど、どんな長いシリーズものでもまずは「1巻を気軽に10ページくらいペラペラめくってみよう」くらいの気持ちでいいと思うよ。気に入れば読んでいけばいいんだから。

ミキ うん、よし、そうしよう。

エイミ 次におすすめするのもシリーズものだけど、まずは1巻から気軽にね。青柳碧人『浜村渚の計算ノート』は知ってる?

1冊でいいから、まず手にとってみて


(6)『浜村渚の計算ノート』が浸透させた数学ミステリ


ミキ
 浜村渚・・・知らなかった。けど察するに数学とか数字がテーマのミステリーなんだろうね。

エイミ 主人公は「数学大得意少女」の中学生・浜村渚ちゃん。とろんとした二重まぶたで小柄の可愛い女の子。とある数学者が起こしたテロ活動に対抗するために警視庁が協力を依頼したのが渚だね。

ミキ うちの子も中学生だけど、いまのところ親近感は湧かないな(笑)。

エイミ これも短編集だし、会話中心で読みやすいよ。毎回、渚が目を輝かせて話す数学の理論やテーマが事件解決にどう関わるのか、っていうのがミステリーとしての読みどころ。あと、渚以外の登場人物は数学が得意じゃないから、ごく普通に「わからん」「どういうこと?」みたいに聞いてくれるのもありがたい。私はもちろんこっちのほうです(笑)。

ミキ じゃあ数学が苦手な人でも楽しく読めるってことかな。

エイミ もちろん! この小説の魅力は「数学は好きだけど読書はそこまでじゃない」という人には読書の入口に、「読書は好きだけど数学はあまり」という人には数学の面白さの入口になってるところだよね。どちらの人にも間口を広げてる・・・あぁ、なんて素晴らしいの。

ミキ 欲をかくようでお恥ずかしいのですが、ワンチャンこれ読んで子どもの数学の成績が上がる可能性はないでしょうか?

エイミ 私も一応、長女に1巻を読ませて「これ読んだら数学の成績上がりそう? どうどう」って聞いてみたけど、「このなかの数学は興味深いけどテストの点数に直接的な影響はないと思う。でも話は面白い。2巻くれ」という返答でしたね。

ミキ 聞いたんだ・・・。

エイミ さて、数学ミステリーの話が出たところで、関連して理系ミステリーの話をさせて。科学や化学、工学・・・つまりサイエンス全般をテーマに、より論理的思考に特化したミステリーのことを言うんだけど、このジャンルにも熱烈なファンが多いんだ。ミキの好みかどうかはともかく、ここをミステリーの入口にしてる人も多いから。

大学近くの書店に勤める友人によると「浜村渚シリーズ」は学生に大人気だそう


(7)理系&医療ミステリーの金字塔に触れてみよう


エイミ
 日本で理系ミステリーの代表格といえば、『すべてがFになる』から始まる森博嗣の「S&Mシリーズ」。興味があれば絶対的にまずこの第1作を読んでほしい。真賀田四季という天才がいる研究所で起こる不可思議な殺人事件・・・この理論、完璧なトリック、サスペンスフルで残酷で哲学的な展開。いま読んでも1996年の作品とは思えないくらいすごい

ミキ 紹介するエイミから、なんかすごい気迫を感じるわ・・・。

エイミ 初読の衝撃が忘れられないんだ。20年以上経ってるのにね。私、プログラミングの知識とか当時もいまも皆無だけど、メイントリックはそんな私でも理解できるくらい、基本的にはシンプルで意表をついたものだった。

ミキ 何十年も忘れられないような読書体験って、私もしてみたいな。

エイミ 私の友達で、「森博嗣しか読まない、森博嗣なら全部読む」というツワモノもいるくらい(笑)。ただこの『すべてがFになる』は、家族や親子愛を大事にしてるミキにはショッキングな内容だろうから、その点は頭に入れといてね。あくまで小説、という割り切りが前提なんで。

ミキ ああそれ系・・・。やっぱり愛してた、的なハ-トフルな展開が好きな私です。

エイミ そうそう、理系ミステリーと言えば第五夜で話した東野圭吾のガリレオシリーズも忘れちゃいけなかった。「こっちが好き」「どっちも好き」は人それぞれだけど、バリバリの理系謎解きに加えて「人間ドラマ成分」を強めに味わいたい時は東野圭吾を、理系的に突き抜けたいときは森博嗣を・・・私は読むかな。参考までに。

その友達が入院した際、同室に「もりひろし」さんがいて緊張したそう(別人)


エイミ
 理系つながりでもうひとつ、医療ミステリーも面白いよ。個人的にこの20年くらいで最もインパクトがあった医療ミステリーは海堂尊『チーム・バチスタの栄光』かな。

ミキ それ、映画かドラマを観てた気がする。手術の失敗を調査するクセ強なお役人みたいな人を、阿部寛か仲村トオルが演じてたような・・・。

エイミ ミキさん、それはどっちも観てますね(笑)。作者の海堂尊は現役の医師時代にこの作品を執筆していて、医療現場の裏側がリアルなんだよ。心臓のバチスタ手術に関して技術的には2006年当時の話だろうけど、フィクションとはいえ、かなり興味深い。

ミキ 医療はさ・・・直球で自分に関係あるじゃない? そこに謎解きが加われば、ハマって読んじゃうだろうなと思うね。

エイミ 医療ミステリーはたくさんあるから調べてみてね。ちなみに『チーム・バチスタの栄光』は医療現場のリアルさに加えて、探偵役をつとめる厚生労働省の変人役人・白鳥のキャラクターの強烈さが最高なの。超人的に慇懃無礼で、相棒をつとめる田口医師との会話だけでも笑える。

ミキ それって、さっき話したキャラクターミステリーっぽいよね?

エイミ 確かに一種のキャラクターミステリーとも言えそう。やっぱり歴史に名を残す名作は何度読んでも発見があるなぁ。それと、本物の医師が書くという点では、子ども向けの『放課後ミステリクラブ』も好調の人気作家・知念実希人も医師が主人公のミステリーをたくさん発表してるよ。知念実希人に関しては特別に紹介したい作品があるから、詳しくは次回にまわすけど。

ミキ 医療ミステリーも興味あるけど・・・エイミなんか忘れてない?

エイミ えっ何? お茶のおかわり?

ミキ 違います。間取りだよ。前回の予告で言ってたから、ずっと楽しみにしてたんだけど・・・。

エイミ ああ、ああ、間取りね!

窓・・・あるわよね⁉

(8)不動産ミステリー『変な家』の面白さ


ミキ 『変な家』
は本の情報に敏感じゃない私でもさすがに知ってる。怖いの苦手だからまだ読んでも観てもいないけど、周りにも好きな人多いし、これだけ人気がある理由を教えてほしいのよ。

エイミ あくまで個人的な解釈として、小説ベースで話すね。雨穴の『変な家』はオカルト的なムードに気を取られがちだけど、とてもよくできたミステリーだよ。とくに後半は、間取りからの見事な謎解きに「えぇ!」「ひょぇぇ!」連発。私はいろんな意味で古典的かつ斬新な印象を受けました。

ミキ 古典的かつ斬新?

エイミ 特徴的な建物で起こる殺人事件って海外でも昔からあるし、推理小説に館内図や間取り図があるのって本格好きの読者にとってはお馴染みさんなんだよね。さらに特に後半では「古い因習に縛られる一族」の話になって、これはまさに『犬神家の一族』『八つ墓村』なんかで知られる金田一耕助・・・つまり横溝正史の世界観を感じちゃう。

ミキ じゃあ、けっこうな数の読み手にとって「こういうの好き!」っていう受け入れやすさがあったってこと?

エイミ ミキさん、特徴的な建物で起こる殺人事件と聞いて何か思い出さないかい? ほら、第一夜で話した、私達の会話の発端となった・・・。

ミキ はっ『十角館の殺人』・・・館シリーズ!

エイミ そう、ほかにもたくさんあるけどね。ただ、『変な家』はごく一般的な住宅の謎から始まるのが不気味で新しいと思う。まさに多くの読者にとって身近で、ふだんよく見る間取り図が「・・・何かおかしくないですか? わかりません?」っていうのは恐怖でしょ。

ミキ こわっ(笑)。うちの子ども部屋、窓あるよなぁ。帰ったら確認しよう。

エイミ あと、これどうしても言いたかったんだけど、探偵役となる設計士の栗原さんは、手元の間取り図と関係者への聞き取りから「あの時ここで何があったか」をほぼ解明してしまう、間取り図専門の安楽椅子探偵だと思うんだ。

ミキ はっ、ここにも安楽椅子探偵が!

エイミ 怖いだけじゃなく、魅力的な探偵や論理的な謎解きがミステリーでは大事だからさ。そういうのを含めて私は『変な家』を夢中で読んだよ。この作品を機に「特徴的な建物で起こるミステリー面白いわぁ」と思った人はそういうのを、「オカルト風のミステリーゾクゾクするわぁ」と思った人はそういうのを調べて、次の選書につなげるといいと思うな。

ミキ これでようやく腑に落ちました。ちなみに私の気になる後味は?

エイミ いやそれ求めないで・・・(笑)。ちなみに『変な家2』と『変な絵』は、不気味さと謎の精度がパワーアップしてたよ。

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エイミ そんなわけで今日はいろんなテーマのミステリーを紹介したけど、ミキの入口になりそうなヒントはあったかな。

ミキ いろいろ気になったけど・・・感動の「家族・親子ミステリー」はどうなった?

エイミ ごめんそれ次回で! この「選書のコツ」も次回で終わるから、ウワッとまとめてお伝えします。

ミキ わかったよ。実は私、もう辻村深月の『傲慢と善良』を読み終わって、宮部みゆきの『火車』に入ってるんだよね。休職中の刑事・本間さんが失踪した女性を探し始めたところだよ。

エイミ えっ!

ミキ 帰って続き読もうっと。

エイミ え~~っ!

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【読書スキルと好みに合わない選書をしないための・・・今日のポイント】

・囲碁将棋などの頭脳ゲーム、スポーツ、数学や科学、医療、アートや音楽、安楽椅子探偵、ユーモア、オカルトやホラー、建物、特定の街・・・などなど、「こういうのなら読めそう」という自分なりのテーマをさがしてみよう

名探偵の多くはクセ強キャラクター。特に人気のシリーズものから「この人好き!」と思えるキャラクター(名探偵)に出会えると、長く読書が楽しめるかも

・どんな長いシリーズものも「まずは1巻の10ページくらいをめくってみる」くらいの気持ちから

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【第11夜・終 予告】
どうしてミステリーを読むんだろう
~びっくりして、感動する~

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【今夜の本リスト】

『神の悪手』(著者 芦沢央/新潮社/税別1600円)
『盤上に死を描く』(著者 井上ねこ/宝島社文庫/税別660円)
『盤上の向日葵』(上下巻)(著者 柚月裕子/中公文庫/上巻税別700円、下巻税別680円)

『薬屋のひとりごと』(著者 日向夏/ヒーロー文庫/税別580円)
『烏に単は似合わない』(著者 阿部智里/文春文庫/税別670円)
『烏は主を選ばない』(著者 阿部智里/文春文庫/税別740円)
『姑獲鳥の夏』(著者 京極夏彦/講談社文庫/税別800円)

『謎解きはディナーの後で』(著者 東川篤哉/小学館/税別1500円)
『ビブリア古書堂の事件手帖 ~栞子さんと奇妙な客人たち~』(著者 三上延/メディアワークス文庫/税別590円)
『浜村渚の計算ノート』(著者 青柳碧人/講談社文庫/税別640円)

『すべてがFになる THE PERFECT INSIDER』(著者 森博嗣/講談社文庫/税別790円)
『チーム・バチスタの栄光』(著者 海堂尊/宝島社文庫/税別780円)
『変な家』(著者 雨穴/飛鳥新社/税別1273円)

最後まで読んでくださってありがとうございます!


すべての始まり・・・〈第一夜〉はこちらから↓↓↓


どんな謎ならワクワクしますか?〈第二夜〉はこちらから↓↓↓


人気作家・宮部みゆきの選書について〈第三夜〉で話しています↓↓↓


〈第四夜〉では「イヤミス」と「作風」について話しています↓↓↓


〈第五夜〉では東野圭吾のガリレオ&加賀恭一郎シリーズについて話しています↓↓↓


〈第六夜〉では人気作家は選書力upの強い味方…という話しをしています↓↓↓


〈第七夜〉では「日常の謎」について話しています↓↓↓


〈第八夜〉では「心震える社会派ミステリー」について話しています↓↓↓


自己紹介です↓↓↓


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