Ebi

今の所、逆噴射プラクティス用(小説冒頭部分のみ)。続くとは書いてますが各作品の続きは未…

Ebi

今の所、逆噴射プラクティス用(小説冒頭部分のみ)。続くとは書いてますが各作品の続きは未定です。

最近の記事

黄金の絶海

暗雲。雷鳴。轟々と唸る風によって船体が波濤の山を強引に引きずられる。雨粒と跳ねる波しぶきも判別できない。体温も吸い取られ、さっきから皮膚感覚は麻痺している。必死で船体にしがみつく”G”の姿はかろうじて見えるが、水しぶきに視界を遮られるたびに、そのまま彼が波と一緒に消えてしまうのではと気が気でなかった。 * インド洋南部、吠える40度と呼ぶのすら可愛らしいほど荒れていた海が、今では晴れの公園の池のように凪いでいる。一晩ほど耐え抜いた頃だったか、気づけば嵐はぴたりとやんでいた

    • アストロマジシャンズ・リベンジ・アンド・ザ・マスカレイド

      宇宙空間に漂う瓦礫の中で、4800億年ほどうごめき続けている者がいた。純白に輝く彼/彼女は、その顔にピタリと吸い付いている仮面にずっと苛まれていた。しかしついに開放される時が来たことをマガスは直感した。ようやくこの宇宙の生物も、アストロ魔術師たる彼/彼女の足元程度の技術を持ったことを。そして今ここで二つの派閥がくだらぬ諍いをしていることを。 彼らの次元兵器と私の魔力、そしてこの背中の亜神仙装置の力を使えば仮面を剥がせるはず。残骸とはいえ私の無謬宮に攻撃を向けさせるのは気が進

      • 虚時間跳弾

        汚れた手の、指紋が擦れて消えた人差し指がトリガーにかかる。指の筋肉に僅かずつ力が込められ、ついに臨界点を迎える。撃鉄が一瞬で自らの役目を果たし、火薬が弾け、銃弾が勢いよく押し出される。 床では、怯えた男が尻もちをついている。男は目を剥いて、相手の銃口に釘付けになる。 銃口は過たず、男のあばただらけの眉間に向いていた。 ここは古びたアパートメントの三階の角部屋。 隣の部屋では、洗面所で偏執的なほどに手を洗う女がいる。つい先程、隣部屋に住んでいる男に手を握られ、その手について

        • 立ち枯れの魔女

          ごうごうと風がとどろき、風で飛ばされた小石と砂とが、倒れて動かない者たちの上に少しずつ降り積もっていった。 「マロウン、さっさとしろ!てめえのためにこいつらを……!俺が、この手で!」 強風と出血とで立つこともできないクジェンは、仲間と自分の血にまみれた手で、必死に岩にしがみついていた。 マロウンは、この宇宙万物の中で、そしてこの時間軸の中で最も重要となった、ちっぽけな薄汚れた祭壇にうずくまって祈っていた。 後戻りもできない。しかし先にすすめる勇気も無い。もはや祈りはただ

        黄金の絶海

          銃・病原菌・オリハルコン

          ギリシャ、ピレウス港。雲ひとつ無い真っ青な空に、翼を広げたカモメが優雅に飛ぶ。朗らかな陽気の中、エーゲ海を望む広々とした港にひっきりなしにクルーズ船が訪れていた。 観光客で港のターミナルはごった返している。アメリカ人のステレオタイプをそのまま形にしたような白人、年齢を感じさせない伸びた背筋の洒落た老婆、皆で固まりきょろきょろとあたりを見るアジア人一家。 その喧騒から離れた岸壁に一人の黒人の女が佇んでいた。 黒檀のように深くなめらかな黒い肌と美しい肢体。肩と背中が大きく開いた

          銃・病原菌・オリハルコン

          デモン・フェラー 伐鬼の斧

          分厚い雲が晴れることはなく、陰も日向もない灰色の日々が続いていた。 昼とも思えぬ薄暗さの中、少年エモーは小さな体に襤褸をまとい、通りですりの獲物を物色した。 肋の浮いた牛が道に転がるゴミを難儀そうに避けながら牽かれている。向かいでは怒り顔の坊主が気の滅入る辻説法をしている。肌寒い乾いた風が、カラスの鳴き声と鼠の死骸の腐敗臭を運んでくる。 後ろの酒場では、腹を満たす以上の喜びは提供していない。ここのぶどう酒も気づけば随分と薄くなった。スープに犬猫の肉が入ることが珍しくなくなった

          デモン・フェラー 伐鬼の斧

          星切り迷い星

          昔々、太陽と月と星とが同じ空にいた頃の話です。 ある時、父の太陽と子供の星々が仲違いをしてしまいました。 母の月は、仲直りの為に太陽と星々とを説得しました。 しかしそれでも星々は北極星に連れられて出ていきました。 そしてこの世は昼と夜と二つに分かれたのです。 月は皆を愛しています。 そう、月は今でも皆を仲直りさせるため、 昼と夜とを行き交っているのです。 そして明けの明星と宵の明星だけは、 番人として昼と夜とに目を光らせているのです。 「――というように、昔の人々は明

          星切り迷い星

          餓老妖精奇譚

          妖精は今回の試練に興味津々だった。これまで来た者といえば、尊大な貴族や英雄気取りの騎士ばかり。 今回来たのは老人、しかも年齢にそぐわぬ引き締まった体。試練を失敗すればそれまでだが、きっとやりおおせるという予感があった。 これは暇を持て余した湖の妖精の気まぐれであった。 適当にでっち上げた試練を成し遂げれば、自分の愛以外であれば、金銀財宝でも死者蘇生でも願いを叶えるといって送り出す。忠告を与えたのにも関わらず愛を求めた男どもの、命を奪うのを楽しんでいた。 ついに老人が鬼の首

          餓老妖精奇譚

          クリスティ~魔女と秘密の英雄~

          何者なのだ、この男。 闇の歩き手、千年を生きる古き者、女の中の女にしてこの国の魔女を統べるエマ様の館なのだぞ。何故これだけの魔力の罠と攻撃の中を平然と歩ける。 もはや、側仕えであり近衛である我々の全力を出すしか無い。この魅了術(チャーム)で奴が完全な下僕になっても構うものか。目でソフィアに合図し、同時に術を放った。しかし男は小さく会釈しただけだった。 「術が効かないなんて――」 男が微笑んだ。 「そんなことはない。年をくって嗜むことを覚えたからだよ。君達もその味を覚え

          クリスティ~魔女と秘密の英雄~

          世界の剣

          寝物語にパバンの日記を聞かせてもらってから、“冒険”に心ひかれてきた。独学で文字を覚え、写本まで読みさえした。 世界の果てにたどり着いた男。 東の砂漠の果て、全てが砂と風に呑まれる“終わり”をその目で見た男。 僕は彼にずっと憧れていた。 今日も家の仕事を早めに切り上げ、海岸に来ていた。 先日の嵐で露わになった巨大な空洞。明かりもある。今日こそ中を確かめるんだ。 危険は理解していたし、期待もしていない。彼への憧れが起こした小さな冒険のつもりだった。 意気揚々と中に進んでいく

          世界の剣

          美食家なんぞブタにでも食わせてろ!

          私の権力を使えばあらゆるものを手にできるとお思いではないか。 概ね正しいが違う。 “ほぼ”あらゆるもの、だ。 ある時気づいた。あらゆる食を楽しむのに人生は短すぎると。せいぜい一日に四食から五食。それに寿命までの日数をかけてみたまえ。たったのそれだけしか食事できぬのだ。美味いからと何度も同じものを食べれば、それだけ一生のうちの食事の種類が減ってしまう。 そこに気づいてからは、毎食違うものを食べた。金を使い人脈を使い、世界中の美味・珍味を食べた。しかし、何を使ってもどうにも手

          美食家なんぞブタにでも食わせてろ!

          魔術師フランスールの目覚め

          「おじさま、本当に王と謁見されるのですか」 娘はそわそわと落ち着かない。これがあやつに連なる一族とはどうにも信じがたい。しかしその整った顔立ちと鮮やかな金の髪は、確かに面影があった。 「この私が戻ってきたのだ。当然であろう」 階段を上がり正門へたどり着く。 魔法が消えて久しいというのは事実らしい。正門は開かずの門と化し、みな勝手口から出入りしている。 この衛兵たちも王の権威を誇示する飾りに過ぎぬのか。 私は、喋ろうとした衛兵の言葉を遮った。「案内は結構。よく承知してい

          魔術師フランスールの目覚め

          新王伝

          <神世の昔> ひどく乾いた風が、荒れ地にしがみつくように生える草木から、僅かな精気すら奪い去っていく。疥癬に冒されたように、薄汚い地肌が斑に露出している。 決して晴れぬ曇り空からは、冷たさだけの雨が思い出したようにまばらに降る。その水を舐めたところで、絶望の味しかしない。 風は運ばず、奪うのみ。水は濁り腐る。 世界のすべてが衰えていた。 「もはや私の手には負えない。すまない」 ああ、そんな。大いなる英雄よ!残された最後の可能性はあなただけだと言うのに。 どうか、どうか戻

          新王伝

          陽はまた昇る、昇らせる

          まだ太陽は昇らないのか。今日の夜の軍勢は全て退けたはず。 朝焼けの騎士は戸惑っていた。遥かな昔の太陽王と夜の后の戦いの末、緩衝という役割を承って幾星霜、このような事は初めてだった。 夜の后が取決めを破ったというのか。ならばなぜ次の敵が来ない。 もはや待てなくなった頃、夜の中を一人歩いてくる者が見えた。おお、あれはまさか。こんな事が起こって良いはずが無い。 「お主の仕業か、夕暮れの狩人よ!」 朝焼けと夕暮れが同時に訪れた。 「人間の時以来なのに何言いやがる。相変わらず融

          陽はまた昇る、昇らせる

          ジャックとグレイプと妖精の国

          「取り替え子をこんな大きな子と間違えるなんて、あんたの目はミミズ以下よ」 アップルの怒りが痛い。良いところを見せたかったのに。今までも失敗ばかりだったが、それでもこんなヘマはしなかった! どう見ても赤ん坊じゃないじゃないか。6歳てところか。森の木々の手招き、岩の間のざわめく視線、池のしじまの音ならざる音。そんな異界から手が切れる時期。 それを連れてきちまった。どうして間違えたんだ。 俺のことなんて気にもせず、小僧はキョロキョロキョロキョロ! 「ここが妖精の国?」 「だ

          ジャックとグレイプと妖精の国

          風雲 生屠会義侠伝

          奇妙であった。青空の中の小さな雲。雲から滴る雨は、僅か半径1mだけを濡らしていた。 雨のベールの中にはどす黒い傘を差した男。目深にかぶったシルクハットで目元は見えないが、眼前の巨大な穴を見ているのは明らかだった。 「またあの五月蠅なす糞虫共がままごとを始めるのか」 《雨男》の口元から、思い通りにゆかぬことへの歓喜が漏れ出していた。 「待ちぼうけ、待ちぼうけ。フフフ……」 「古の生徒会役員が蘇った」 先日、北大路先輩――生徒大評議会副会長が発した言葉に私は絶望した。

          風雲 生屠会義侠伝