黄金の絶海

暗雲。雷鳴。轟々と唸る風によって船体が波濤の山を強引に引きずられる。雨粒と跳ねる波しぶきも判別できない。体温も吸い取られ、さっきから皮膚感覚は麻痺している。必死で船体にしがみつく”G”の姿はかろうじて見えるが、水しぶきに視界を遮られるたびに、そのまま彼が波と一緒に消えてしまうのではと気が気でなかった。

インド洋南部、吠える40度と呼ぶのすら可愛らしいほど荒れていた海が、今では晴れの公園の池のように凪いでいる。一晩ほど耐え抜いた頃だったか、気づけば嵐はぴたりとやんでいた。どうやって今の状態になったのか曖昧で、頭の中が繋がっていない。どうにも時間感覚がおかしい。

そしてもう一つ不意に気づいたものがある。水平線を遮るように垂直に立つ三つの影だ。雲間からの光がその姿を照らし、影の中から巨像の姿が顕になった。

明らかに”人工物”だが、明らかに”人”が作ることのできるものではなかった。あまりに巨大すぎる。あまりに陸地から離れている。あまりに現実離れしている。まだかなりの距離があるにも関わらず、その威容に圧倒され目を離せないでいた。

「ミスター・スミス、あれだけでかけりゃGoogle Mapにだって映るはずだよな?なんだと思う?」

あっけにとられていた私はその言葉で船の上に引き戻された。

「我々は冒険に憧れてこんな馬鹿げた航海を始めたんだ。正体を確かめずには帰れないさ」

といって私は”G”の方に振り向く。かつてアデン湾で暴れていた元海賊の男は、真っ白な歯を見せて笑い、力強くうなずいた。

その刹那、船と私に何かが絡みつき、覚悟するまもなく海中へ引きずり込まれた。

引っ張られた衝撃で反射的に息を吸い込んでしまった。終わりだ。すぐに肺が水で満たされるだろう――。

しかし、ナイフを持ち必死の形相でこちらに向かって泳いでくる”G”の姿を冷静に眺めている自分に気づく。おかしい。今、私は呼吸をしているのか?

【続く】

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