銃・病原菌・オリハルコン

ギリシャ、ピレウス港。雲ひとつ無い真っ青な空に、翼を広げたカモメが優雅に飛ぶ。朗らかな陽気の中、エーゲ海を望む広々とした港にひっきりなしにクルーズ船が訪れていた。
観光客で港のターミナルはごった返している。アメリカ人のステレオタイプをそのまま形にしたような白人、年齢を感じさせない伸びた背筋の洒落た老婆、皆で固まりきょろきょろとあたりを見るアジア人一家。

その喧騒から離れた岸壁に一人の黒人の女が佇んでいた。
黒檀のように深くなめらかな黒い肌と美しい肢体。肩と背中が大きく開いたタイトな黒のワンピース。同じく黒のガルボハットからはショートヘアが覗き、顔にはサングラス。襟元や手首には、金とラピスラズリで彩られたアクセサリが輝いている。
そしてその手には明らかに観光用でない物々しいアタッシェケースが提げられていた。

女は、ここからは見えるはずもないクレタ島、そして海を隔ててはるか先、アレクサンドリアのことを思い浮かべていた。あるいは更にその先エチオピア――。
これまでの旅を思えば僅かな距離ではあるが、感傷に浸る暇はない。
踵を返しタクシー乗り場へと向かった。


「コンテナヤードまで」

運転手は生返事をしながら、ミラー越しに彼女の姿をちらちらと見ている。
勝手に想像を膨らませておくがいい。市井の者が夢想だにしない目的なのだから。

タクシーは市街地を抜けて走っていく。ヨーロッパ屈指の貨物港としての顔も持つピレウス。ここからスエズ運河を抜けてアジアに向かう貨物船も多い。
いや、今はアジアのことはいい。向こうは彼女に任せておく。

しかし、港と聞いて来てみればコンテナヤードとは!
ジョシュアは港湾労働者にでもなりたいのか?


ジョシュアはコンテナの陰で血を流して喘いでいた。

こいつでどうにかするしか無いな、と覚悟して銃を握りしめた。
白く輝く銃身にエングレービングの施されたオートマチックを。

【続く】

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