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読書記録:春夏秋冬代行者 暁の射手 (電撃文庫) 著 暁佳奈

【その矢で朝と夜の天蓋を切り裂き、愛する者の絆を守ろう】


【あらすじ】

「彼の者の名を『花矢』と言う」

季節は、どのようにして齎されるのか?
その問いに人の子らはこう答える。

「四季の代行者」が神々より賜りし権能で、春夏秋冬を大地に巡らせるからだと。

では朝と夜は? 同じく人は告げる。

「巫の射手」が空に矢を放ち、その矢が朝と夜の天蓋を切り裂くのだと。

黎明二十年、島国『大和』の北端に位置する大地エニシに一人の少女がいた。
姓に神職を冠す巫覡の一族の末裔、代行者と同じく神の御業を担う者。
大和に朝を齎す「暁の射手」その人だ。

少女花矢は今日も民に紛れ学舎に通う。

傍に美貌の青年を従える彼女が、大和にただ一人の『朝』だとは誰も知らない。
花矢と弓弦。
少女神と青年従者の物語は、いま此処から始まる。

あらすじ要約


暁の射手である巫覡花矢とその守り人である巫覡弓弦が、その責務で世界に当たり前を齎す物語。


朝と夜が平常通りに訪れる世界。
疲れた時に眺める空はいつ見ても美しいし、その彩りに励まされる。
そんな当たり前を継続させる為に、少女でありながら、その大役を任命された花矢と父の意志を引き継いで従者となる弓弦。
責務に不満を持つが学舎に通い、運命に抗う花矢を見守る弓弦。
大切な人の別離を巡り、数多の現人神と協力してその難を乗り越えていく。

前途ある弓弦を自分の下に縛り付ける罪悪感を抱く花矢と、花矢の突き放した言葉が嫌いな弓弦。
人が朝と夜を司る以上、イレギュラーな事も当然にあり得る。
神秘を扱うのがあくまでも、人間だからこそ、感情も欲求も当然に存在する。

しかし、世界に滞りない朝を齎す事が『暁の射手』の役目。
まだ年若い女子高生にやらせるには酷なお務めと、それを一生果たし続ける責任の重さ。
神の悪戯が生んだ歪な孤独。
神である前に、人としての叶えたい欲求もある。
役目を全うさせる事だけを求められるのは、多感な時期である花矢にはかなりしんどい。
だが、花矢はそこに負い目があった。
訳も分からないままに射手として選ばれた過去。
唯一、支えてくれた守り人であった弓弦の父親を引退で失って。
代わりの支えとして弓弦を求めて。
それ故に、自分の我儘で彼の人生を奪ってしまったという罪悪感を抱えるからこそ、彼女はいつでも彼に選択肢を与える。

誰も好き好んでやりたがる仕事ではない。
この役目を果たすのは自分じゃなくても良いんじゃないかとさえ思ってしまう。
それでも、花矢が大人になっていく為に必要な痛みで、通過儀礼である事は変わらない。

花矢と弓弦、分かりやすいほどに、お互いを思いやっているのに、主従だから神様だからという枷によって、素直に気持ちを伝える事が出来ない。
どこか、ちぐはぐな関係の二人。
運命とすら感じていたのに、それは相手の生き方を縛っているのではないかという憂慮が蔓延る。
大切だから自分なんかが、相手を縛っちゃいけない。

お互いが大切なあまり、すれ違う不器用さ。
心配をかけたくない、負担を負わせたくないから素直に接する事が出来なくなる歯がゆさ。
恋慕する想いが、強すぎるが故に素直になれない優しさのすれ違いがもどかしくて、辛くて。

それでも、ようやく心が通じあえた矢先での暗転。
従者である弓弦を襲う悲劇。
神事を終えて、悪天候の中で下山していると地滑りが起きて、花矢を庇った弓弦は危篤状態となる。
深い絶望の淵で、哀しみの中に佇む花矢。
名誉も恥も捨て去り、守り人である弓弦が助かるならば、彼とこの先で引き離されて、灰色の人生のまま孤独に終わってしまっても良いと自罰的に願う。

その願いを聞き届けて、従者の命を救う為に、連携しあう現人神主従達。
汚名を背負う事になろうとも、何よりも大切な彼の事だけは救いたい。
相談を持ち掛けた輝矢、その隣の慧剣が提唱したまるで時間差トリックのような作戦。
理論上は可能であるそこに、弓弦を助ける為に「秋」の主従と「冬」の主従も巻き込んで。
大人達を欺く大作戦が幕開ける。

与えられた使命の為に、様々な犠牲を強いられてきた彼らは。
濁流のような感情の嵐を乗り越えて。
古い慣例や思い込みから生じる固定観念を打ち破る。
皆に支えられ、一筋の光明を見出した花矢は自らの役目を思い出す。

「愛する人を救う為とはいえ、その手段をとるのは果たして正しいのか?」
そんな迷いさえも、弓弦を大切に想う気持ちを貫きたい花矢とっては無力だ。

『彼が彼女を弱くした。愛してくれたから弱くなった。弱くなったから。いまこの時、彼の為に強くありたい。』
その想いだけが、花矢を突き動かす原動力となる。 

人である不完全さを愛して、想い合う主従や、助力と鼓舞を惜しまない現人神たちの温かな絆の輪が、世界に当たり前を齎していく。
到底、一人では成し遂げる事は出来なかっただろう。


秋の代行者である撫子は、「朝と夜を毎日下さるご恩を感謝している」と言ってくれた。
その言葉は、自分の行為に疑念や心労を抱いていた
花矢の荒んだ心をどれだけ柔らかく解してくれた事だろう?
同僚として両側面から諭そうとする輝矢。
傍で支える両親。
常に暁の射手と少女の花矢を奮起させる心強い人々。
そんな花矢を想う人々の一つ一つの降り注いだ声が、泥に塗れた彼女の精神を立ち直させた。

自分の行為はけして無駄じゃない。
誰かの役にちゃんと立っている。
自分の行いをもっと誇っても良い。
奮い立つ勇気を振り絞れるのは、数多の支えがあるからこそで。
冬は極寒の中、たとえ吹雪でも毎日、朝を齎さねばならないプレッシャーの中で。
宵の天蓋を落とす為に、毎夜、弓引く神事を行って、「今日も皆の佳き日となりますように」と、北の地で小さく願いながら、暁を見つめる花矢。
それは慰めでも、同情でもない。
孤独な淵に立たされている、あまねく人々に「お互い、どうにか頑張ろう」と純朴に囁く。


不器用ながらも、素直になって大切な人の為に行う役割を果たす事で迎える、美しくて眩い夜明け。
そして、別離を強いられた二人が再び相まみえる事を祝福するかのような輝かしい朝焼け。

自己犠牲や罪悪感で行き違う愛の形は紐解かれて。
誰かに祈られていると思うだけで、明日の夜明けに希望を見出だせる人々。
大切な人の幸福を純粋に祈れる力。
それはやがて、大いなる結晶として収着して、目の覚めるような奇跡を起こす。

「どんな日でも休めない人は居る。そうした人達のおかげで世の中は回っている」
諸行無常に日々が当たり前に過ぎていってしまって、日頃から意識するのは難しいが。
当たり前が齎す正常な世の中の移り変わりに、感謝する気持ちを忘れてはいけない。
ごく当たり前に訪れる朝夜に、底知れない尊さを感じていく。

愛する者を守る為に、繋がって結ばれた人神の絆。 
永久の別離の危機を乗り越え、やっと言えた言葉はちゃんと想い人に届いて、断絶を越えていく。
その想いは奇跡ではなく、もはや必然で。
汚名を背負ってでも、守り切った大切な絆を今度こそ、花矢は手放す事はないだろう。

断絶された糸を繋ぎ合わせて、世界に純愛を齎すのだ。







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