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勉強の時間 人類史まとめ22

『帝国』アントニオ・ネグリ/マイケル・ハート6


起業のモチベーション


もちろん起業する人たちには「どうせ起業するなら、儲けて金持ちになりたい」と考える人もいるでしょう。事業を大きくすれば、会社を高く売って莫大な金を手に入れ、一生贅沢な暮らしができるかもしれませんし、宇宙旅行とか子供の頃の夢も実現できます。

そういうモチベーションがあるからビジネスでがんばれるという人も少なくないでしょう。

もうひとつ、ビジネスにはリーマンショックとか新型コロナとか戦争とか、いろんな危機がありえますから、経営者はそういう危機を乗り越えるために、事業規模をある程度大きくしておきたいとか、資金の内部留保を増やしておきたいといったことを考えます。

そのためには利益を上げて会社を成長させる必要があるということになるでしょう。

あるいは事業を堅実に継続していくにも、同じことを続けているだけでは競争相手に負けてしまいますし、市場が収縮するかもしれません。会社を存続するためには、新しい分野に進出したり、既存の事業を補強したりするために資金がいります。経営はプラスマイナスゼロでは継続できないから利益が必要になるというわけです。

新規事業や事業拡大のために借金しようにも、利益が上がらなければ返済の見込みが立たちません。

会社が大きくなって株式を上場すれば、増資などによって資金調達できますから、借金する必要もなくなりますし、調達できる金額も大きくできます。ただし、それには株価が安定しているか、上がっている必要があります。株価が下がっていたら、増資の引受先が確保できません。

株価を維持するには、投資家に企業の業績や成長性を評価してもらう必要があります。つまり利益と成長が求められるわけです。


昭和の資本主義


日本の場合、昭和の時代にはこういう資本主義の基本があまり厳しく問われない、あるいは資本主義の原理があまりちゃんと機能しない産業社会でした。

財閥を中心に大手企業の株の持ち合いが行われ、企業経営も国の指導や規制と大手銀行の支配とサポート、大手企業を頂点とした系列の秩序で運営されていましたから、その支配に従順にしていれば企業は生きていけました。

いわゆる親方日の丸、護送船団方式です

しかし、1990年代からのグローバル化、新興国の台頭などで、製造業を中心とした日本の産業は厳しい競争にさらされるようになり、こうした護送船団方式ではやっていけなくなりました。輸出で儲けていた日本の大手メーカーは、円高で利益を削られ、やむをえず海外で販売する製品の部品調達や製造を海外でやるようになり、日本国内の生産は急激に収縮しました。

こういう製造業の没落は欧米でも起きたことですが、アメリカでは70年代から産業の主軸を情報と金融にシフトし、ITと金融を新しい産業として育成したので、高い成長を達成することができました。

この頃から、アメリカの産業は大きな変化を始めます。

それは産業・経済が金融ゲームの一部になったことです。そこからすべてが金融市場での価値基準で測られるようになりました。


健全な資本主義経済


元々資本主義経済は、企業の成長性、将来性を見込んで投資家が投資し、その成長に応じてリターンを得るという仕組みですから、企業の価値を金融市場での価値で計るのは当たり前のことです。

しかし、企業や実業家が事業を興して経営していくのは、ただ投資家にリターンを得させるためではありませんし、ただ事業拡大に必要な資金を調達するためというわけでもありません。

元々すべての産業は、世の中や人が必要とするものを提供するためにあるものですし、人や社会に支持されることで継続できるものです。

一方、事業を起こす人たちの側から見ると、事業のそもそものスタートには、実業家の技術や製品に対する夢とか思い入れがあったかもしれませんし、自分がいいと思ったものを世の中に提供して普及させることに喜びを感じていて、それが事業のモチベーションになっているかもしれません。

事業がうまくいっていれば、従業員も自分たちが関わっているものやサービスが、広く世の中の役になっていることにやりがいや誇りをもつことができます。

事業がうまくいけば、実業家は金持ちになれますし、従業員たちもそこそこいい給料をもらえます。会社が大きくなって事業の拠点が増え、従業員が何千人から何万人へと増えていけば、地域の雇用をキープし、地域経済に貢献するといった役割も生まれます。

会社が大きくなるということは、提供する製品やサービスが広く支持され、世の中で大きな役割を果たすということですから、市場に対する責任も大きくなります。企業が運営されていくということは、こうした色々な関係者や地域、社会の営みや利害と密接に関わるということです。

もちろん企業が事業を続けていくためには継続的な資金調達も重要ですから、金融市場の投資家が株を買い、持ち続けてくれるように、株価を維持し、できれば上げていく必要があります。事業がうまくいって成長を続けていれば、これも必然的にクリアできるでしょうから、特に問題ありません。

問題は事業が今まで通りに成長しなくなったときです。どんな産業にも、成長期があれば成熟期があり、衰退期もあります。


産業モデルの栄枯盛衰


たとえばテレビや冷蔵庫などの家電とか、パソコンなどの電子機器とか、車とか、その製品が発明され、爆発的に普及したときは、製品自体が新しく、世の中にとって大きな価値がありますから、すごい勢いで売れましたし、ものすごく儲かりました。製品をどんどん高機能・高性能にして、値段を高くしても売れるので、ますます儲かりました。

しかし、時間が経つとそうした製品はだんだん当たり前の存在になってきて、消費者にとって、世の中にとって、以前ほどの価値を持たなくなります。

もちろんそれなりの技術革新はありますし、それに応じた機能・性能アップもあるでしょう。

しかし、基本的な機能・性能はそれ以前にある程度のレベルで高止まりしていて、10年前とか20年前にくらべれば、すごい機能・性能の製品を安く買うことができます。

たとえば今のスマートフォンやタブレット端末は1980年代のスーパーコンピュータ並みの演算速度を達成していますし、以前は高級車しか搭載していなかった安全性能や乗り心地が今は普通の車で実現されています。

それ以上の価値を持たせた、超大型の薄型テレビとか、超高級車といった製品は富裕層向けで、それ以外の製品は、それぞれの収入に合せた、リーズナブルな機能・性能とデザインで提供されることになります。

つまり製品を魅力的にしてたくさん売ろうという努力自体が、製品をどんどん当たり前のものにしてしまうのです。

技術革新で魅力的な新製品を開発しても、数年あるいは1年で陳腐になり、値引きして安売りされることになります。最近は消費者もメーカー側の宣伝に惑わされなくなってきて、余計な高機能・高性能はいらないから、基本的な機能・性能の製品を安く買うようになっています。

そうした成熟産業は、新興国との価格競争に巻き込まれていきます。先進国の製品は開発や製造にコストがかかりますからどうしても不利です。1980年代までの日本も新興国として、低コストの製品を世界中で売り、経済大国にのし上がりました。

一方で、アメリカの三大自動車メーカーや、GE(ゼネラルエレクトリック)のような家電メーカーは、かつての競争力を失いました。



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