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ブラジル旅行記5 "理想都市"ブラジリア

ブラジルの首都は、ブラジリアです。

ブラジリアは1960年に作られた、とても新しい都市です。

それまでの首都はリオデジャネイロでした。当時、ブラジルの南部や海岸沿いばかりが栄えていたのですが、国の機関はもっとブラジルの真ん中あたりに置こう、という提案があり、もともとは大自然しか無かったところに都市計画が発足しました。

そして、建築のコンペティションが開催され、選ばれたのは、ル・コルビジュジエの弟子である、ブラジル人都市設計家ルシオ・コスタさんによる、飛行機の形をモチーフにした都市計画です。

コルビジュジエが描いた理想の都市は、歴史が濃すぎるヨーロッパではなかなか実現できなかったけれど、ブラジリアの場合は大自然の中にゼロから作ったことで、理想を追求することができました。近代都市としては非常に珍しく、街全体が世界遺産に登録されています。

飛行機のコックピットにあたるエリアに、政府機関の重要な建物や、とても美しく近代的な大聖堂があります。それらの建築は、ブラジルを代表する建築家、オスカー・ニーマイヤーによって設計されました。彼もル・コルビジュジエからの影響を受けており、ニューヨークの国連本部建築計画では仕事を共にしています。直線的で無機質な建築ではなく、曲線的で有機的な建築を目指していました。

オスカー・ニーマイヤーさん設計のブラジリア大聖堂

飛行機の胴体にあたる部分は商業施設、文化施設が集まっており、翼にあたる部分は碁盤の目状の住宅街が広がっています。2つの翼は「asa norte(アザノーチ=ノースウィング)」「asa sul(アザスール=サウスウィング)」という名前で、一つ一つの区画には番号が振り分けられ、その中の建物一つ一つはアルファベットで「ブロックC」のようにして識別されています。とても機械的な住所の付け方なので、一度仕組みを理解すれば、地図を見ることなく簡単に移動することができます。
日本だと京都のようだなと思いましたが、それよりももっとシステマチックで未来都市感があります。



私たちは、リオデジャネイロから飛行機で移動してブラジリアに向かいました。
到着してすぐに、サンパウロともリオとも違う、乾いていて秩序ある空気が感じられて、「ブラジルにこんなところがあるんだ」と少し驚きました。

私たちは、パートナーの親友も住んでいるノースウィングエリアのAirBnBに2週間ほど滞在しました。
到着した翌朝、早速彼の親友がAirBnBまで来てくれて、近所の小さなカフェでコーヒーとポンジケージョを一緒にいただきました。その方はすぐ近くにある大きな公園が大好きだそうで、そこを案内してくれることになりました。

ブラジルの自然というとジャングルでトロピカルな印象があり、リオデジャネイロはまさにそのイメージにぴったりだったのですが、この公園の自然はどちらかというとサバンナのような不思議な印象でした。

公園の様子。小さな茶色いポコポコは、アリやはちの巣です。空も毎日特別でした。

小さな猿の群れがいたり不思議な鳥がお散歩をしていたり、住宅街の中にある公園とは思えないような自然が広がっていつつ、地元の人たちが日光浴をしながらおしゃべりや読書をしていたり、ちょっとしたエクササイズをしていたり、とても和やかな雰囲気もあり、平和そのものでした。

少し分かりづらいですが、真ん中に尻尾が垂れているのが小さなお猿さんです。

私たちが行った季節、5月は秋になったばかりのとても穏やかな気候だったのですが、乾季には湿度が20%以下になる日が続き、一定の湿度を下回ると学校や仕事がお休みになり、家からできるだけ出ないようにするそうです。

空気も自然も街の様子も、また、そこに住んでいる人の雰囲気もリオやサンパウロの人たちとは違い、ブラジリアに来てからブラジルのイメージが少し変わりました。
リオのワイルドな洗練とは異なり、ブラジリアには教養があり落ち着いた洗練がある印象です。パートナーいわく、あらゆるサービスがブラジリアだけではスムーズに機能しているとのことです。気候が過酷な季節を除けば、とても暮らしやすそうです。

私たちは、ブラジリアでは特に観光らしいことは一切しなかったのですが、本当に平和な日々を過ごしました。毎日同じようなことをしていたので、私たちはそれを「ブラジリア・ルーティーン」と名付けました。
次回は、そのブラジリア・ルーティーンについてお話ししたいと思います。


岡村さくら