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街風 episode.4 〜亜麻色髪と夕暮れと〜

 「おーい!ワタルー!一緒に帰ろうぜー。」

 よし、今日はこの辺で切り上げて帰るか。

 「分かったー!ちょっと待っててー。」

 今日もクラスメイトのカオリさんは放課後の教室で読書をしている。亜麻色の長い髪が、教室に差し込む日差しに照らされてゆらゆらと煌めいている。僕は、思わず見惚れてしまいそうになったが、はっと我に帰ってカオリさんに声を掛けた。

 「カオリさんももう帰る?」

 まだカオリさんが帰らないことを僕は知っている。それでも少しでもカオリさんと話したくて、いつも色々な話題を出せるように考えている。

 「ううん。私はもう少しだけいる。電気と戸締りは私に任せてくれれば大丈夫。友達を待たせてはダメよ。」

 カオリさんは、他の同級生と違ってとても大人びているというよりも言葉遣いがとても綺麗だ。いつも読書をしているおかげなのか話し方も理路整然としており、かといって冷たい印象を与えるわけでもない。不思議な魅力に溢れている。

 「いつもありがとう。またね!」

 僕はカオリさんに別れの挨拶をした。

 「ワタルくん、また明日。さようなら。」

 カオリさんも丁寧に挨拶を返してくれた。このクラスに同じ名字の人が僕を含めて3人もいてくれたおかげで、僕はクラスメイトから下の名前で呼ばれている、もちろんカオリさんからも。

 「お待たせー!帰ろう!」

 「ワタルがこの時間に残ってくれていてよかったよ。今日はせっかくの部活オフだったのに日直なんてツイテなかったー。」

 トモヤはそう言って歩きながら大きく伸びをした。僕とトモヤは小学校からの付き合いで、中学と高校も一緒に上がって同じバスケット部として切磋琢磨している。

 「なーなー。ワタルはあの子の事が好きなんだろー?さっさと告白しちゃいなよ。」

 「あの子って誰の事?」

 「今日も教室に残っていた子。」

 「え?...カオリさん?」

 僕は驚いてキョトンとした。いつからバレたんだろうか。誰にも言っていないはずだったのに。僕の中で色々と考えてみたけれど、どうもバレた原因が分からない。

 「ワタルはすぐに表情に出るから、誰が好きになったかパッと分かっちゃうんだよ。」

 僕はトモヤの発言に更に驚いてしまった。トモヤはテレパシーでも使えるのだろうか。いや、違うか。僕の兄のケンジが、毎週土曜日にバイトから帰るとニヤニヤが止まらない現象がここ最近ずっと続いている。僕は、そんな兄の姿を見ていて、さすがにもうちょっと隠せないものなのかと思っていたが、ひょっとすると僕も兄と同じようになっていたのだろう。

 「あの子ってどんな子?」

 トモヤはどんどん聞いてくる。

 「”あの子”じゃなくて”カオリ”さんね。カオリさんは美術部に入っているんだけど、部活が無い日は放課後に教室で本を読んでから帰っているんだよ。誰かの悪口とかを言っているのも聞いた事ないし、勉強もできるし運動神経もいいし才色兼備なんだ。クラスの男子からも女子からも好かれているんだけれど、本人は前にグイグイ出るタイプではないから、女子のリーダー的な役割はユミで、サポート役がカオリさんって感じなんだ。それでね、」

 「わかったわかった!もういい!とりあえず、ワタルがカオリさんが好きな事はよく分かったから!」

 トモヤはそう言って自分から話題を切り上げた。僕はまだまだ語り尽くしていなかったので消化不良だったけれど、トモヤに合わせて別の話題で盛り上がった。自転車で校門を出ると緩やかな下り坂が続く。この坂をずっと下っていくと僕らの家の近くに着く。下り坂の終着地点にあるT字路に突き当たると、僕は左の道へ、トモヤは右の道へ、”じゃあね”と言ってからトモヤと別れた。カオリさんってどんな本を読んでいるんだろうか。そんな事を思いながら僕は我が家についた。

 「お、タマ!よく来たなあ。」

 玄関の前でちょこんと座っているネコに僕は話しかけた。タマと呼ばれているこの猫は、高校に行くまでの通学路の途中にあるお寺の看板猫だ。でも、実は半野良のような生活をしていて、お寺の住職が里親募集していたタマを引き取ったもののタマは自由気ままに生活している。そこからマイペースなこの猫にみんな心を奪われて、いつしかお寺の看板猫として有名になっていたそうだ。そんなタマは僕に気づくとこちらを振り返り”ニャア”と鳴いて僕の脛に体を擦りつけてきた。僕が玄関を開けると、するりと僕よりも先に家に入っていった。しかし、タマは玄関までしか入ってこない。絶対に家にまでは上がってこないのが、タマの中での自分ルールなのだろうか。

 「ただいまー。タマが来たよー。」

 靴を脱いで台所に用意しているタマのご飯を取りに行く。僕の家は、両親と兄の4人家族でこの一軒家に住んでいる。

 「おかえりなさい。」

 母親は夕食の支度をしていた。

 「ほら、タマ。ご飯お食べ。」

 タマはご飯を差し出されるとガツガツと食べ始めた。こんなに食べているのに体型はいつもスリムなままだ。まるで僕の母親と同じだな。僕や兄と同じくらい食べるのに全然太らないのは不思議だ。

 「まあ、いい食べっぷりね。」

 母親も玄関にやってきて、2人でしゃがむようにしてタマの食事姿を眺めていた。タマはそんな事も御構い無しにガツガツと食べ続け、とうとう完食すると、口周りについたご飯をペロリと舌で取って食べた。お腹いっぱいになったタマはゆっくりと伸びをすると、くるりと体の向きを変えて出口を見るようにちょこんと座り直した。これがタマの帰りたいサインだ。僕はタマのご所望の通りに玄関を開けた。

 「バイバイ、タマ。」

 僕がタマにそう言うと、タマはこちらを見向きもしなかったがしっぽを2〜3回振ってからゆっくりと歩き出して我が家を後にした。

 「さ、私たちも夕食にしましょ。」

 母親は、タマが綺麗に最後まで舐め尽くしたお皿を下げながらそう言った。

 翌朝。僕は珍しく朝早く起きたので、いつもより早めに家を出る事にした。毎日遅刻ギリギリの僕は、登校中の生徒がまばらな通学路を自転車で走りながら、この時間に登校するのもありだなと思った。学校に着くと、クラスごとに区分けられている駐輪場に向かった。いつも着く時間になると自転車置き場はぎゅうぎゅう詰めだが、今日は休日の部活動の時のようにまだ自転車が全然停まっていない。しかし、女子生徒が使っているであろう赤色の自転車が一台だけ停まっていて、僕のクラスにもこんな時間に来る人がいるんだなあと感心してしまった。

 自分の教室に辿りつき、僕は扉をガラガラと開けながら挨拶をした。

 「みんなおはよー。」

 いつも遅刻ギリギリで登校する僕が教室に着く頃には、他のクラスのみんなはすでに教室に揃っている。だから、僕はいつもみんなに対してとりあえず挨拶をする癖がついてしまっている。

 「ワタルくん、おはよう。」

 その声を聞いて、僕は一瞬で目が覚めた。なんと、そこにはカオリさんが居たのだ。あの自転車はカオリさんのだったのか。いつもギリギリに着くから、誰がどんな自転車に乗っているか分からないからなあ。

 「今日は珍しいね。ワタルくんがこんなに朝早く登校するなんて。なにか用事があったの?」

 朝からカオリさんの優しい声を聞いた僕の心が穏やかになってくるのが分かる。カオリさんがラジオパーソナリティーだったら、毎朝頑張って早起きして聴き逃さないようにするだろう。そんなくだらないことを妄想しつつ、僕はカオリさんと話せる喜びを必死に隠しつつ平静を装って答えた。

 「ううん。用事は特に無いんだけれど、今日はたまたま早く起きちゃったからそのまま学校に来ちゃった。カオリさんはいつもこの時間に来ているの?」

 「毎日ではないけれど、この時間に来ることが多いかな。私は美術部に入っているんだけれど、この時間が一番作品作りに集中できるんだよね。」

 「へえ、朝早くに来て作品作りってアーティストみたいでかっこいいね!素敵だと思う!いつか作品見せてよ。」

 「ふふ、ありがとう。でもね、今日はインスピレーションが湧かなかったから早めに切り上げて教室で読書をしようと思ったのに、本を家に忘れちゃって暇してたんだよね。」

 「カオリさんでも忘れ物するんだね。なんだか意外だなあ。いつもどんな本を読んでいるの?」

 僕は、普段なら絶対に”カオリさん”なんて下の名前で呼ぶ勇気が無いのに、今日は朝の誰もいない教室に2人きりということもあって、自然とカオリさんとの会話が弾んでいく。

 「私が読んでいる本は、すべて10年前に亡くなったおじいちゃんの書斎から借りた本なの。私、おばあちゃんっ子だし通学路の途中におばあちゃんの家があるから、週2〜3回くらいのペースで本を借りつつおばあちゃんと夕食を食べるのが楽しみで。」

 僕は、話すたびに小さく揺れる亜麻色の綺麗な髪に見惚れつつ、カオリさんの話に相槌を打ちながら聞いている。

 「ねえ。ワタルくん。今日はみんなが来るまで私の話し相手になってくれない?何もやることが無くて退屈だし、ワタルくんとこうやって色々と話したことがないからさ、嫌じゃなければこのまま続けていいかな?」

 「もちろん!僕もカオリさんともっと話をしたいと思ってたんだ。クラス一緒になったのに、席も遠いし全然接点無かったもんね。」

 僕は心の中でガッツポーズを決めた。そして、カオリさんと色々な話をした。お互いの部活の話、家族の話、カオリさんの大好きなおばあちゃんの話、僕の兄が最近ニヤニヤしている話、僕たちの教科担任の先生のモノマネ、途中で会話が途切れることもなくあっという間に30分近くが経っていた。

 「おはよー!今日もカオリが一番乗りかー!あれ?ワタルもいるじゃん!どうしたの?珍しいね、雪でも降るんじゃない?」

 相変わらずユミは朝から元気だ。僕とトモヤとユミは小学校からの腐れ縁で、昔からユミは誰よりも元気で活発だった。カオリとユミは今年クラスが一緒になってから、たった数日でめちゃくちゃ仲良しになった。ユミは”カオリとはタイプが全く違うから逆にすごい話しやすい”と言っていたし、さっきカオリさんもユミと全く同じことを言っていた。

 徐々にクラスのみんなが登校してきて、みんなは僕がすでに登校していることに驚いていた。カオリさんも僕もそれぞれの友達と話をし始めて楽しんでいると、朝のチャイムが鳴った。

 「朝礼はじめるぞー。席に着けー。」

 教室に来たのは、担任のケイタ先生ではなくて学年主任の先生だった。ケイタ先生は体調不良で休みらしい。ケイタ先生はバスケ部の顧問でもあったので、昼休みに今日の部活は急遽オフにするとの連絡が回ってきた。

 放課後、僕は教室に残って今日の授業で出された課題をやっていた。トモヤから一緒に帰ろうと誘われたが、”今日は課題を終わらせたい”と伝えて謝った。いつも通りカオリさんはまだ帰らずにいた。実は、課題はすでに昼休みの時点で終えていた。そう、僕はカオリさんと一緒に帰りたくて誘うタイミングを見計らっていた。

 「カオリさん、良かったら一緒に帰らない?」

 僕は勇気を振り絞ってカオリさんに声を掛けた。カオリさんがこの時間はまだ帰らないことを僕は知っている。しかし、今日の朝の出来事もあって僕はカオリさんともっと距離を縮めたかった。

 「誘ってくれてありがとう。喜んで。身支度をするからちょっと待ってもらっていいかしら?」

 カオリさんがOKしてくれると思っていなかった僕は、予想外の返答に気持ちが高ぶってきた。僕も帰り支度を急いだ。

 「お待たせしました。帰りましょ。」

 僕とカオリさんは朝の話の続きを再開してまた盛り上がった。駐輪場に着くと、カオリさんは僕に提案をした。

 「ねえ、ワタルくんさえ良ければ自転車を押して歩いて帰らない?今日もおばあちゃんの家に行くつもりなんだけど、まだこの時間だと早く着いちゃいそうで。」

 僕に伺いをたてるように首を少し傾けながらカオリさんは言った。

 「もちろん!今日は、僕が無理言ってカオリさんに切り上げてもらっちゃったし、たくさんカオリさんと話したいから嬉しい!」

 「ふふ、ありがとう。」

 「カオリさんと話したいっていうのは変な意味じゃなくて、そのー、ええっとー...」

 「大丈夫よ。私もワタルくんとたくさん色々な話をしたいもの。じゃあ、ゆっくりと行きましょう。」

 そう言って、僕とカオリさんは自転車を押して歩き始めた。僕は緊張で心臓が今にも張り裂けそうだった。2人の歩調は驚くほどピッタリで、その事を2人で同じタイミングで言おうとしたものだから、また2人で笑った。

 気づくと恋愛の話をしていた。小学校の初恋の人に失恋した話やカオリさんのおばあちゃんとおじいちゃんの話、僕もカオリさんのおばあちゃんとおじいちゃんの話を聞いて“僕もカオリさんみたいな人とそう結ばれたら幸せだろうなあ”なんて勝手に妄想していた。

 「カオリさんは好きな人いるの?」

 「ワタルくんは?」

 まさかのカウンター。ここまで僕の質問に答えてから、カオリさんが僕に質問をしてきたのに、ここに来て質問に答えずにそのまま質問してくるとは。

 「ええーっと。いるというか何というか...」

 僕がしどろもどろになっていると、携帯から着信音が鳴り出した。僕は、カオリさんに"ちょっと待ってて。"と言って立ち止まると携帯を取り出した。画面には兄からの着信通知が表示されている。僕は通話ボタンを押した。

 「もしもし、ワタル?」

 「どうしたの?」

 「バイト先のノリさんから連絡があって、"試作品のサンドウィッチを作りすぎたから良かったら持って帰って食べてくれないか?"って言われたんだけど、今日はゼミが長引きそうだったから"じゃあ、弟のワタルにそっち行かせます!"って言っちゃったんだ。」

 「えーそんなー!今日は...」

 「どうした?なんか予定があったのか?部活終わりでいいから、な!」

 「ちょっと兄ちゃ...」

 「あー、休憩終わっちゃうから、じゃあ、そんな感じでよろしくー!」

 ...兄はそういうと一方的に通話を終了した。

 「大丈夫?」

 カオリさんが声を掛けてくれた。

 「うん、兄貴からだったんだけど、兄貴のバイト先でサンドウィッチたくさん作っちゃったから俺の代わりに持って帰ってくれ、って言われちゃった。」

 「サンドウィッチ?美味しそうね。ねえ、私も一緒に行ってもいいかしら?」

 「え?こっちはカフェの店主の人も優しいから大丈夫だと思うけど、おばあちゃん家に行く予定は大丈夫?」

 「うん!おばあちゃん家に行く予定って言っても私が勝手に予定を組んでいるだけで、いつもおばあちゃんに連絡はしていないの。お母さんにはご飯いらない連絡するんだけどね。」

 「優しいおばあちゃんだね。」

 「そうなの。小さい頃からいきなり遊びに行っていたから、"連絡いらないから気軽に遊びにいらっしゃい。"って言葉に甘えちゃってて。」

 「そうなんだね。じゃあ、今日は兄貴のバイト先に一緒に行こう。店主のノリさんが作る料理は全部美味しいんだけど、その中でもサンドウィッチは格段に美味しいんだ。」

 僕らはまた自転車には乗らずに歩きながら会話を続けた。カオリさんのおばあちゃんは下り坂を下りきった駅の近くに住んでいるらしい。カオリさんの家はさらにもう少し離れているらしく、僕の家はちょうどその中間くらいだ。カオリさんの家はちょうど学区の境目くらいの位置で、カオリさんは僕の隣の中学校に通っていた。

 「カオリさんとクラス一緒になって半年経つけど、ここまで仲良くなれるって分かっていたら、もっと早く話し掛けていたのになあ。すごい後悔しちゃってる。」

 「私もよ。きちんともっと早くあの時のお礼を言えば良かったわ。」

 「あ、着いたよ!あそこが兄貴のバイト先!あっごめんカオリさん今なんか言った?」

 「ううん、なんでもないわ。うわあ!とてもお洒落で落ち着いた雰囲気のカフェね!なんだかパンを焼いたいい香りがするわね。」

 「よし、入ろっか!」

 僕たちは自転車を入口のすぐ脇に停めて、“CLOSED”と書かれたプレートが掛かっている扉を開いた。

 「お邪魔しまーす。」

 僕は店内の奥まで届く声で挨拶をした。

 「おう!ワタルくん!...と初めましてのお客さんだね。こんばんは。"ノリ"って言います。」

 ノリさんはキッチンから出てきて僕たちに挨拶をしてくれた。

 「こんばんはー!」

 後ろから扉が開いた音と共に元気な女性の挨拶が聞こえた。僕とカオリさんは一緒のタイミングで振り返った。

 「あれー?今日は定休日じゃないんですか?こんな素敵なカップルが来ているなんて。ひょっとして貸切ですか?」

 女性は僕たちを見てノリさんに問いかけた。その女性は、とても綺麗な顔立ちで笑顔が素敵な方で、ぐいぐい話しかけられても嫌な感じは1つもしない温かく優しい雰囲気を持っている。

 「お客さんじゃないよ。こっちの男の子はケンジの弟のワタルくん。で、こっちの女の子が...」

 「カオリって言います。美味しいサンドウィッチがあるって聞いて、ワタルくんに無理言って連れてきてもらっちゃいました。押し掛けてしまって申し訳ありません。」

 カオリさんは初対面の相手にも緊張する事なく礼儀正しい挨拶をした。

 「そんな堅っ苦しい挨拶は無し!みんなで食べた方が美味しいから、今ここでみんなで食べないかい?マナミちゃんもどう?」

 マナミさんというその女性は、とても考え込んで"お店の人に相談します!"と言って電話をかけにお店の外へ出て行った。

 「ワタル、今の人が"土曜日の女神"様だよ。ケンジの初めてのお客さんだ。」

 「ええ!あの人が!」

 「せっかく平日だけど会わせてやろうと思ったのに、ワタルくんにおつかい頼むなんてなあ。ケンジはツイテないな。」

 僕は、毎週土曜日のバイト終わりの兄の今にもとろけそうな顔を思い出して、"ふふっ"と思い出し笑いしてしまった。

 「何の話をしているの?」

 「ああ、ごめんね。さっきの女性は"土曜日の女神"なんだ。兄貴の初めて作ったパンケーキを食べてくれた最初のお客さん。」

 「そうだったのね!たしかに"女神"がピッタリな方だったわね。とっても綺麗。」

 僕たちがマナミさんのいないところで"土曜日の女神"について話をしていると、マナミさんが店内へ戻ってきた。

 「ノリさーん!大丈夫だったー!」

 「おう、許してもらえたんだね!」

 「はい!事情を説明したら、"分かりました。道が混雑しているなら配達に時間がかかっても仕方ありませんね。2時間くらいは覚悟して待ってますね。"って言ってくれました!」

 "あいつらしいなあ..."ノリさんは誰にも聞こえないな小さな声でそう呟いた。

 「よし!じゃあ、ワタルくん達もマナミちゃんも一緒のテーブルに座って待ってて!コーヒー淹れてサンドウィッチ持ってくる!」

 ノリさんはそう言ってキッチンへ入っていった。僕達は4人席のテーブルに座った。

 「ねえねえ。2人はどんな関係なの?」

 僕とカオリさんが隣り合って座った向かいに"土曜日の女神"が屈託の無い笑顔でこちらを見ながら質問してきた。

 「まだ付き合っていない、ただのクラスメイトです。最近やっと仲良くなれて...」

 マナミさんはチラッとカオリさんの方を見た後に僕を見てニヤニヤしながら、こう言った。

 「ふーん。"まだ"付き合っていないんだあ。じゃあ、いつになったらその時が来るのか教えてほしいなあ。カオリちゃんもそう思わない?」

 マナミさんはいたずらっぽく笑いながらそう言ってきた。この女神のいたずらは恐ろしい。さすが兄のケンジを虜にしているだけはある。

 僕は隣のカオリさんを見ると、カオリさんは顔を赤らめて少し俯いていた。そして、僕はその姿を見て、自分でも驚きながら勝手に言葉が体のうちから出てきた。

 「カオリさん。僕は、カオリさんが好きでした!もしカオリさんが宜しければ、僕と付き合っていただけないでしょうか。」

 「こんな私で良いのであれば、これからどうぞ宜しくお願いします!」

「「おめでとーう!!!」」

 サンドウィッチを持ってテーブルへ来たノブさんと、ニヤニヤ顔から一気に目一杯の眩しい笑顔になったマナミさんがハモった。僕とカオリさんは照れ臭そうにお互いを見合って、頬を赤くしていた。

 「よし!じゃあ今日は2人の記念日だ!あ、マナミちゃんが持ってきてくれた花はどこにある?」

 「いけない!私ったらサンドウィッチに夢中ですっかり忘れていたわ。はい、どうぞ!」

 マナミさんは、持っていた紙袋から色とりどりの花を包んだ綺麗な花束を取り出した。

 「ちょっと多めに持ってきちゃったから、これは2人の付き合った記念にカオリちゃんにプレゼント。」

 マナミさんは花束から一輪の花を抜き取って、紙袋に入っていたラッピング用のリボンを結んで、カオリさんに渡した。

 「うわあ、綺麗なオレンジ!私、お花が好きでコスモスも大好きです!」

 「コスモスって分かってくれて嬉しいなあ。コスモスの花言葉って知ってる?"乙女の純真"っていうらしいよ。カオリちゃんは花が好きなんだねー!」

 「はい!おばあちゃんが毎日おじいちゃんにお花をプレゼントしているんです、だからおばあちゃんの家に行くと"今日はどの花プレゼントしたの?って聞いてた内に、私もお花に詳しくなっていたんです!」

 カオリさんのおばあちゃんは、毎日おじいちゃんのお墓参りを欠かさない話をここへ来る時に聞いた。お墓に持っていく花を"プレゼント"と表現するカオリさんは素敵だと思った。

 「素敵なご夫婦ね。」

 マナミさんは優しく微笑んだ。

 「さあ、2人へのささやかなお祝いもしたし、冷めちゃう前にみんなでサンドウィッチを食べよう。」

 ノリさんはそう言って、サンドウィッチを取り分けてくれた。

 「「「「いただきます!」」」」

 僕達4人は早速サンドウィッチを頬張った。マナミさんは美味しいと連呼して勢いよく食べ進めているし、カオリさんもいい食べっぷりだ。

 「ノリさんのサンドウィッチ本当に美味しかった!今日は私を誘ってくれてありがとうございました!」

 マナミさんは自分の分を食べ終わると、ノリさんにそう伝えた。

 「ありがとうマナミちゃん。ちゃんと持ち帰りの分もあるからね!店主の分も確保したから、良かったら持って帰ってくれ。」

 ノリさんはそう言うと、食後のコーヒーを持ってきてくれた。

 僕達4人は食後のコーヒーを飲んで、まったりと雑談をしていた。ノリさんとマナミさんが、僕とカオリさんの色々な事を根掘り葉掘り聞いてきただけだった気もするけれど。

 「あ、もうこんな時間だわ。せっかく楽しんでいるところ申し訳ないんだけど、私はそろそろお店に戻るわ。カオリさんワタルくんおめでとう!ノリさんもありがとうございました!」

 マナミさんは僕達に挨拶をすると、花を持ってきた紙袋にお土産のサンドウィッチを入れてお店を出ようとした。

 「あの、お花ありがとうございました!」

 「どういたしまして。またね。」

カオリさんがマナミさんにお礼を伝えると、笑顔を添えてそう言ってくれた。"バイバイ"と手を振りながら扉を開けて、マナミさんは夕暮れの街へ溶け込んで消えていった。

 「僕達もそろそろ行こうか。」

 「ええ、行きましょう。」

 僕とカオリさんはノリさんに何度もお礼を言って、両手にサンドウィッチを持って店を後にした。"また、いつでも来ていいよ"とノリさんは僕達に言ってくれた。

 「ワタルくん、今日は本当に素敵な時間をありがとうございました。そして、ふつつか者ですがこれからは"彼女"として末永くよろしくお願いします。」

 カオリさんはそう言ってペコリと頭を下げた。

 「いやいや、こちらこそ今日は本当にありがとう。カオリさんと付き合えて僕は本当に幸せ者です。今後ともよろしくお願いします。」

 僕もカオリさんに頭をペコリと下げた。2人で一緒のタイミングで頭を上げると、目が合ってニヤリと笑いあった。

 僕達はまたしばらく自転車を押して歩いていき、2人の分かれ道までやってきた。

 「私はここで大丈夫よ。ありがとう。」

 「こちらこそありがとう。気をつけて帰ってね。また明日!」

 「今日は美味しいサンドウィッチ食べられたし素敵な出会いもあって楽しかったわ。あとね、消しゴムも貸してくれてありがとう!」

 「消しゴム?」

 「ううん。何でもないわ。じゃあね!」

 そう言って、カオリさんは自転車に乗って帰っていった。夕陽に反射した亜麻色の長い髪がサラサラと揺れる後ろ姿を僕はずっと目で追っていた。

 亜麻色の髪の乙女は夕暮れの街へと溶け込んでいった。

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