独白

柔らかい木琴の旋律 毒は吐かない

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柔らかい木琴の旋律 毒は吐かない

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  • 感覚或夢

    眠る直前の、想像力豊かな瞬間

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あなたが忘れても、わたしが忘れても

これは自らへのオマージュだが、この懐古的かつ憂鬱的な感情というものだった。 何処を向いても、何を見かけても、なんだか懐かしく感じられるというような、午前七時のまだ涼しい風と木漏れ日だった。 その頃の私はあまりにも臆病で、幸福的感情を持て余して、いつか無くなるのが怖い、と、また、精神的孤独が失われたことの寂しさ。 眠れなかった私は飛び起きて逃亡を企てた。ドアを静かに閉め、エレベーターのボタンを押す。私は泣いていた。 まだ日が昇る前だった。駅の方向に照明するのをやめたタワーが見え

    • 1/10

      こんなに人から謝られたことは今まで無かったかもしれない、と思いながら声帯発音を聞いていた その回数が増える度に、ひょっとするとそんなにも酷いことを私はされたのではないかと勘違いしてしまいそうだった 意識は時々途切れては悪夢を再生した 少しずつ朝になっていった 「生まれ持ったものからはどうやっても逃げきれないのでしょうね」と私は話し、涙がもう片方の瞼の上を伝った 浅い呼吸を繰り返しながら、もたもた身支度を整えた じっとりと冷たく押さえつけられた精神をやっとのことで身体に乗せて外

      • 231225

        部屋の戸を開けた。 視線を右側にうつすと、君は寝床についているようだった。 「戻りました」 壁、実際には天井まで伸びる本棚の方を向いていた君は寝返りを打って、私の目を見た。 「そうか」 そしてまた寝返りを打った。 私は、部屋の中に違和感を覚え、また、もし勘違いであるならばこれは失礼に当たると感じ、もう一度部屋の中を見渡して、そして口を開いた。 「あれ、もう一人は?」 「帰ったよ。始発が動いたから」 「…そうでしたか」 そうなると話は変わってくる。ここには私と君しかいないことに

        • memo 231030

          挑発をやって反論を待って本性を待ってチェックメイト差すように口を開けて「浅ましいね君も」と喋る 抜け出せなくなる 二度と暴かれる 私の駄目なところ 知ってる 知ってるって

        あなたが忘れても、わたしが忘れても

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        • 連作
          5本
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          29本

        記事

          故、夏

          例えばその個体は私に、首を絞めてくれ、と言う 生命活動の終了に近づく行為だ、と思う 構造を多少勉強していたので、私は気道を塞がないように耳の下に指を当てていく 徐々に力を強めていく それは多少悦に入ったような表情を行う 冷静な気分になっていく 一体何が彼女の幸せに繋がったんだろうか もし私がここに体重をかけることを辞めなかったら 「見たことないような怖い顔してる」「多分冷静に思考しているだけで別に止められないわけじゃないですよ」と言って手を離す 脳に血液が回っていくようだ 感

          百万遍

          それは洗濯物を干す為に、ベランダへの窓を開ける。随分人間的な所作だなあ、と薄ら思考する。カーテンが室内に向かって靡いて、その肉体本体の布を纏ったその存在が私の視界内で明滅する。確かにそれはそこに存在しているように見える。私の感覚神経はそれの存在を明らかなものであると知覚している。その目が私の姿を見たならば、その耳が私の声を聞いたならば、あなたにとっても私は世界に対して独立して存在しているように感じられているのだろうか、と考える。どうにか海馬の片隅を支配しようと企んで、いくら狡

          爪癖

          二十二時過ぎに喫茶店のシャッターを閉めた.重苦しい気分が立ち込め始めた.涙が止まらなくなることや,動悸や冷や汗が止まらないこと,世界が崩壊していく感覚,窓の外やタオルケットですら敵に感じてしまうような息苦しさを,常の三割感じているのだが, 今の私はとにかく一人になってみたいと思っていた.寂しい,ということからは私が私しかいない限り逃れられなかった.私と全く同じように生きている人,同じ考えを持っている人,或いは与える方か与えられる方か,ということを考えれば全く等しい人と居ても満

          年末年越大晦日

          年末年越大晦日

          #5

          「いきなり、どうしたんですか」 なぜか私は敬語になってしまっていました。潜在的な警戒心の表れかもしれませんでした。 「あ、久しぶり」 「そんな話し方だったっけ、それで、何の用なんですか」 「U子ちゃんとか、その周りの人とか、怖いなと思って」 「怖い?なんですか?しかもなんで私に?」 「面倒ごとを避けたいんだ」 「別に、ほっとけばいいじゃないですか」 「ほっといたら、いけなかった。この前なんて、もうお関わりあいになるのはやめておこうと思ってそっと連絡を絶った子に家の前まで押しか

          #3

          僕はペットショップに内設されている水槽をじっと眺めている途中でした。僕の頭の中には常に記憶と想像とが渦巻いていて、そのとき思い出されたのは夏祭りのことでした。 ピンクの花柄の浴衣に、大きな綿飴を持った女性がいて、それはよく見ると、僕の知る人物でした。それは仲睦まじいもう一人の人間と足並み揃えて歩く姿であり、僕は、なあんだ、と思いました。彼女は僕へ手を振ってきました。僕はもう、だめでした。気持ち悪くて仕方ないのです。彼女はもう少し聡明な人間でした。何が彼女を変えてしまったのか、

          #1

          「私のことが嫌いですか?」 僕はこの手の質問にウンザリしていました。強いて言うならそういう質問をしてくる女の子は嫌いかもね、と喉を出かかったところで、 「それでも私はあなたのことが好きです」 というまたしても安易な好意をいまだ飽きもせずに向けてくる。やあ君はなかなか忍耐力があるね、と半分感心しながら、僕は人を嫌だ嫌だと言ってそのうちは、他人の好意と善意に甘えているので、なんだか申し訳ない気分になったのだ。  諸君、とにかく恋をしている女子というのはそれはもう、ビビッドピンク色

          飛石

          その夜も、私は泣きながら朝日を待っていた。午前五時前の京都駅にて、誰が通りかかるわけでもなく、ただどこから来るのかもわからない、ほんとうはわかっているのだが、それを明確にしたらなんだか負けてしまうような気がして、こうやってお茶を濁している。 おおよそ向上心というのは、ポジとネガに分けることが可能であると思われる、少なくとも私には、生まれついた劣等感が急かす、いつまでもなくならないもの、 腰の曲がり、もとからか汚れたわからない灰色のストール、白く濁ったビニール傘、油じみてう

          忘れていたスクリプト

          それは、「在る」のでなく、「いつか消えてしまうものだが、いまはまだ在る」というので、すべてのものにそれは投影され、その自覚とともにこの空間はなんとも甘美な香りに包まれ始めたのだ。 そもそも存在をしなかったそれは、何によって生まれたのか。もっとどこかに散らばっていて、全くの偶然と運命づけられた何かによって流動し、食べられて、恋ないしそれに似通った何かの産物として存在するそれは、確かにいま限りなく濃縮されていて、それはまた時間を経て少しずつ解け散らばってゆくのだが、これ以上に甘美

          忘れていたスクリプト

          純青

          鈍い青色を潜り抜けて、薄い糸に透かして 動脈が指先まで打つように 長い長いエスカレータがもやもや光っていて そういえばそんな夢を見たこともあったな 宣言しに来たの 動機がないと、死んでしまいそうだ 尊敬するひと、 笑うときの目尻の皺、目線は斜上、 負けてたと思ってた 追い抜かれてしまった もう会うことはないだろうな (きっと、大人になってしまうのかもしれないし) これが最後の反乱だった 暇があれば 否 半端は晒せないさ 成果が出たときに また 約束ができたので

          薄く光を閉じ込めた柔らかさ パウダリーな煌めき 零した乳白色のエナメル 大理石の甲羅 陶器の鍵盤 神聖で、指を掠めて触れられない

          薄く光を閉じ込めた柔らかさ パウダリーな煌めき 零した乳白色のエナメル 大理石の甲羅 陶器の鍵盤 神聖で、指を掠めて触れられない

          ホルマリン、またはシロップの中で眠る。 頭上では、蝋燭の焔で宝石が融けて、 輝きながら滴り落ちる。 水面でじゅわ、と音を立てて、 星屑として降り落ちる。 肺に残る僅かな空気を、ぽこり、吐き出して泡沫のお返事、 それは、水面までいくと消えてしまった。 彼女は、文字通り息絶えた。

          ホルマリン、またはシロップの中で眠る。 頭上では、蝋燭の焔で宝石が融けて、 輝きながら滴り落ちる。 水面でじゅわ、と音を立てて、 星屑として降り落ちる。 肺に残る僅かな空気を、ぽこり、吐き出して泡沫のお返事、 それは、水面までいくと消えてしまった。 彼女は、文字通り息絶えた。