#5

「いきなり、どうしたんですか」
なぜか私は敬語になってしまっていました。潜在的な警戒心の表れかもしれませんでした。
「あ、久しぶり」
「そんな話し方だったっけ、それで、何の用なんですか」
「U子ちゃんとか、その周りの人とか、怖いなと思って」
「怖い?なんですか?しかもなんで私に?」
「面倒ごとを避けたいんだ」
「別に、ほっとけばいいじゃないですか」
「ほっといたら、いけなかった。この前なんて、もうお関わりあいになるのはやめておこうと思ってそっと連絡を絶った子に家の前まで押しかけられて、K太くん居ますか〜??ってピンポンピンポンやられて、俺は部屋中の電気消して布団の中で息潜めてブルブル震えてたんだよ、あんなに情けないことはない、借金取りに来られたみたいだった。あの甘ったるい声の気迫、褒めて差し上げたかった」
そんなことがあったのかと思いましたが、特に昔からの知り合いである、ということくらいしか名前のつく関係性のない私に、いちいちすぐにそういうことを言ったりもしないのでしょう。
「あなたって、人を見下してるところがあるよね」
「何、いきなり」
「そして、特別扱いされることを少しは当たり前だと思ってる」
「どうしてそういう話になるの、そんなことない、怒らないでよ、僕は平和主義者なんだ」
「そして、それによって人を悲しませている。あなたが愛され慣れていない人を好むのは、需要と供給のバランスが取れるからです」
少し言いすぎてしまったと思いました。これは八つ当たりで、そしてかつ自虐の要素を含んでいるという自覚がありました。

「怖いんでしょ、近づかれて抱かれた理想と違うのが。誰も彼も、見えない部分を自分の理想で固めた虚像に恋してるんだ。あなたのことを好きな人なんて、いない」
「君が言うなら、そうなのかもしれないね、僕の幼馴染なんだし、よく分かっているのかも。そういうキッパリとした物言い、素敵だと思っていたんだけど」
た、というのは過去形を表す助動詞なので、そういうことなのでしょう。
「とにかく、U子にはもう関わらないでください。今日散々愚痴を聞きましたし、多少はスッキリしてるんじゃないかと思います」
「あ、そうなのか、ありがたい、僕は寝ようと思う。ここ一週間ぐらいろくに眠りにつけなくてウォッカを喉の奥に流し込んで意識を失うようにしてたんだ、あんなにまずい飲み物はない」
彼は、寡黙で何を考えているか定かでないように見えますが、少し気を許すと、ひどく饒舌になる節がありました。
「そう、じゃあもう、切るよ」
「うい」
ドゥルン、というどちらの声よりも大きな音を立てて、スマホは何の音も発さなくなりました。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?