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飛石


その夜も、私は泣きながら朝日を待っていた。午前五時前の京都駅にて、誰が通りかかるわけでもなく、ただどこから来るのかもわからない、ほんとうはわかっているのだが、それを明確にしたらなんだか負けてしまうような気がして、こうやってお茶を濁している。

おおよそ向上心というのは、ポジとネガに分けることが可能であると思われる、少なくとも私には、生まれついた劣等感が急かす、いつまでもなくならないもの、

腰の曲がり、もとからか汚れたわからない灰色のストール、白く濁ったビニール傘、油じみてうねった灰交じり髪、黒く皺のある皮膚、
清潔に白いワイシャツ、上品に透き通った白髪、大きくはないが重く見える腕時計、優しく曲がる猫背、よく手入れされた年配特有の艶がある右手はペンを走らせる、私は吐気がして辛抱ならなかった。

私は真に、自分勝手に、敗北を喫した。咎められるだけの余裕などは持ち合わせていなかった。
未だ、未完成である。それでいて今、罪悪感というものがのしかかっている、それを感じることも、
それは正しい甘さであるはずだった。間違いはこの精神の方であることも理解していた。しかし後悔はここに、奇麗なままでいて欲しかった。
エゴ、何を望まれていて、何を望んでいて、短絡的に、長期的に、興味、美しさ、気恥ずかしさ、もとから持っているものか、生まれたものか、どうして、それをどう受け取るか、与えるか、集中すること、許可制、乱暴さ、無知とは、知りすぎていないというだけで、ぎこちないものはきっとこれからいなくなっていく、この五感が正常に働く限り、今私の精神は指先と殆ど一体化し、また感覚神経は存在を如何にもわかりやすい形で享受しそれを脳髄へ伝えた。
雅量、優しさ、痛み、君は一瞬でも、これを、気持ち悪いと思ったか?

ところで君は、美しいものがどんなときも美しいと信じているか?
恒常的に、完璧に美しいものが、本当に美しいものと言えるだろうか?
ただただ彩度の高く、直視により観察可能な内臓でありました。

それは嗄れた声であった。私は苦痛を得た、罪悪、口から放たれた言葉が常に本心か?感情的な逃亡が、二度と戻ってこられないものだとしたら?
良くも悪くも、行動は変化を引き起こし、それは不可逆性を孕んでいる。
酷く憎くて愛おしいような心臓を私は掴んで離したくなかった。それでいて今すぐに突き放したかった。棘を伴い、涙は触覚を嫌悪と結び付け、精神と神経を研ぎ澄ました。
インクの滲む音さえ聞こえた。混乱した自らの価値、統一性と裏腹に、海の底、真夜中とはこんなにも優しい光を内包しているものだろうか。確かにこの状態でのみ観測し得る微かな閃光が在った。ひたすら静寂として、遠くにそれが見えていた。
而して熱汗は銀を黒く変色させた。私はまるで辛抱ならなかった。薬の効いて柔らかく痺れている手足は私をベッドの上に拘束した。今すぐどこへでも逃げ出したかった。

私は夜明けの近づくにつれ、また歩き出した。桜はまだ散りきっていなかった。鴨川を裸足で降り、喪に服した。私に何の価値があるか分からなくなっていた、それは常習的なもので、憧れと私に何の違いがあろう、信じていたものは?感情は?
四月上旬の淡水はまだ冷たかった。私の足の甲までうずめ、透明に濁らせた。

水を飲まなかったからか、喉に違和感があった。粉っぽくて、笑う度に口が痛くて、喋る気もなくなってしまった。私は口を閉じただ頷くだけで、あなたを満足せしめるのならば。原因はわからない。鎮痛剤の箔が擦れる音が私を衝動的にさせた。患部は羽先で触れるだけでも痛いのだ、愛情とはつまり患部のことだ、彼等はそこを執着的に攻撃しようとする。

夕方の公園に、最後まで残っていた。パンザマストが鳴りやんでも図々しく居座っていた少女も帰った。この精神があなたにとって害であった、またはそう思い込んでいた。それが意味として残るのなら、私はあなたの中で世界の一部として存在にかかわらず生きていけるのなら、

いつか小説で読んだ、カブの後ろに乗って、砂埃が舞った。滅茶苦茶な私の前で、真面目ぶる必要もなくなって、すぐ泣く私の前で、強がる必要なんてもうないのに、隠し扉から下った地下で、あなたに星のおまじないをあげよう、内側まで真っ赤になった苺をあなたは飲み込んで、生意気にも泣いてしまうのを見ていた。

情景だけならばいくらでも美しく誇張して、映画のように、夢のように、断片的につながって、脈絡がなくて、さっきまで池の周りで点滅していた蝶が、金属の軋む音がして、またかと思って、あまりにも自分本位なのでやめてしまうことにしました。

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