1/10



こんなに人から謝られたことは今まで無かったかもしれない、と思いながら声帯発音を聞いていた その回数が増える度に、ひょっとするとそんなにも酷いことを私はされたのではないかと勘違いしてしまいそうだった 意識は時々途切れては悪夢を再生した 少しずつ朝になっていった 「生まれ持ったものからはどうやっても逃げきれないのでしょうね」と私は話し、涙がもう片方の瞼の上を伝った 浅い呼吸を繰り返しながら、もたもた身支度を整えた じっとりと冷たく押さえつけられた精神をやっとのことで身体に乗せて外に出る 小雨が降っていたが、傘は持っていなかった
どんよりとした気持ちを抱えながら歩き始めた 新しい路地を見つける度に少しは救われたような気分になって、道すがらの階段を見つける度に上っては下りを繰り返した あらゆる角度から大の字を拝んでいるうちに気づけば数時間が過ぎていた
一度座るべくバスに乗り込む 運賃の小銭を集めようと鞄の中を弄ると、そこで初めて財布が無いことに気がついた 軽くなり始めていた気分はそれを皮切りにして急激に引きずり戻され、こんなにも上手くいかないものかという気持ちが私を覆い尽くした 淡い雪洞の商店街を抜けて柳が並ぶ浅川を抜けて、断層神棚の屋台を上る頃には日が沈み始めていた 東山の麓で山道を訪ねると、その通行人は「もう暗くなるけど大丈夫か」と心配の声を発した 「既に暗いのかもしれないし、大丈夫でもないかもしれないですね」とは言えずにはにかんだ 落ち葉を踏み締めて進む 時々後方を振り返ると、街の灯りが深く沈んでいた 歩けば歩くほど陰を落とす木々と霧に包まれて、あの光から遠ざかっていく そうだ、こういう感じだ、と納得してひとり首肯する 両足は肉刺を覚悟するような痛みを発し続けている 持ち歩いていた予備のバッテリーも少しずつ消耗され、青い残量表示ランプがまたひとつ消えた
岩肌がゴツゴツと浮き出たところを抜けてしまうと、急にアスファルトが現れ、それと同時に視界が開けた 一歩前へ出る度に下方に夜景が広がっていった 体力も精神的余裕もなくなっていた私の視界は、寧ろ鮮明に世界の輪郭を描き始めた 無理をして息を深く、もう一度深く吸った 大通は渋滞で赤道を成して遠くまで伸びている ここから光が見えなくなるまで、ずっと待っていようか とふと思う 風は強くない 背後に居たパトカーが走り去り山を降りていった その音が聞こえなくなるまで、暫く立ち尽くしていた

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?