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第8章『「言葉が殺される国」で起きている残酷な真実』書評へのコメント

楊逸・劉燕子『「言葉が殺される国」で起きている残酷な真実』(ビジネス社)に対する吉成学人さんの書評へのコメントです。

中国と日本とは、実はそっくり

 『「言葉が殺される国」で起きている残酷な真実』には、中国本土で文革時に生まれ育った2人の著者である楊逸さん劉燕子さんによる生の経験に基づいて、文学という観点から、中国共産党による大陸支配の残酷さが対談で記述されております。安冨先生は、その書評を、「読書人WEB」で発表されています。

この本で指摘されている、劉暁波をはじめとする中国共産党への抵抗者に対する日本社会の冷淡な態度は、日本が「自由」で「民主的」な養豚場であることに起因すると私は考える。言ってみれば、中国は荒縄で首を締めて言葉を殺しに来るが、日本は真綿で首を絞めて言葉を空転させる。莫言が村上春樹を抑えてノーベル文学賞を受賞した理由を、楊逸は「背中にのしかかった圧力が全然違う」と鋭く指摘するが、これはこの事情を反映しているのではないか。
「共産主義の残酷物語」を世界のさまざまの文学を論じることで描く、というアプローチを二人が採用したことで、その意図を超えて、現代社会が普遍的にもつ陰湿な構造的暴力を論じることに繫がっている点が、この本の価値を高めている。中国と日本とは、実はそっくりなのである。(読書人WEB)

 日本のリベラルの人たちも基本的に立場主義者であることに変わりないことについては、安冨先生のブログにて、

いわゆる右翼や保守主義者や利権主義者や原発推進論者や温暖化懐疑論者や差別屋や左翼やリベラルや自由主義者や環境主義者や反原発論者も、大層は立場主義者である。彼らの違いは、

どういう立場をとるか

だけである。

安倍政権に国民が期待すること 2018/03/16 in マイケル・ジャクソンの思想

と、述べられています。中国であれ日本であれ、こうした残酷な状況があるということの説明をしようとするならば、人類、ひいては生物種において、同種個体間で起こる種内競争と協力の存在、それを理論的に説明する「ゲーム理論」、そしてジョン・メイナード=スミス「進化的に安定な戦略(ESS)」に行きつくのではないか、と思えます。

進化ゲーム理論,ミームおよび立場主義

ジョン・メイナード=スミス
進化生物学者 1920 - 2004 サセックス大学名誉教授 第17回(2001) 京都賞受賞
進化的に安定な戦略(ESS)の概念提唱による生物科学への貢献

進化的に安定な戦略(ESS)概念の提唱によって、生物の社会活動や性のあり方など進化生物学の根本的な問題に統一的理解を確立する上に決定的な寄与をし、生物科学の発展に多大な貢献をするとともに、経済学、政治学などの分野にも大きな影響を与えている。

 ここで、経済学で用いられている「ゲーム理論」と、進化生物学で用いられている「進化ゲーム理論」の違いについては、下記の論文に記述があります。

 経済学などの社会科学で用いられるゲーム理論と,進化ゲーム理論には大きな違いがある.社会科学で用いられるゲーム理論では,戦略どうしの対決の結果の利得行列は,何らかの効用や満足度で表される.そして,戦略は,各個人の合理的意思決定によって選択されるとして,それ以後の分析が進められる.一方,進化ゲーム理論では,戦略の善し悪しを決めているのは,そのような個体の適応度であり,戦略は,遺伝的に決められたものである.
長谷川眞理子.進化ゲーム理論と動物行動.認知科学,6 巻 2 号,p. 170 (1999).

 経済学におけるゲーム理論が、各個体の戦略を「各個人の合理的意思決定によって選択される」としている点は、安冨先生の考えとは決して相容れないはずですね。よって、安冨先生がこれまで言われている「立場」というものは、経済学における「ゲーム理論」の方ではなく、「進化ゲーム理論」の方における、いわば各個体の「戦略」に近いものなのではないでしょうか(戦略が遺伝的に決められているという点は、必ずしも完全には当てはまらない可能性があるのですが、遺伝の寄与は一定程度はあるはずです・・・)。進化ゲーム理論において、各個体が戦略を持っていて(「タカ派」、「ハト派」のような)、競争したり、協力したりするというそうした戦略が、自然淘汰を通じて遺伝していくことで進化的に安定な戦略になる、ということがESS理論で説明されるわけですが、これは、日本人の大層が持っているという「立場」的に取られる行動パターンが、各立場主義者個人の立場をさらに強化していく、ということに、対比されるでしょう。
 興味深いのは、進化ゲーム理論における戦略は、各個体のもつ遺伝子によって決まったパターンであって、経済学において各個人が合理的に選択するとされた戦略とは異なることだと思います。つまり、立場に立った立場主義者の行動パターンは、あたかも遺伝的にあらかじめプログラムされて決まっている行動であるかのようであって、各個人が何らかの自由意志を働かせて合理的に選択しているように見える類の行動ではなく、いわば自動人形(オートマトン)による決定論的なものだ、ということです。立場に立てば自動的・機械的に行動が決定される、ということですね。
 遺伝子ではないですが、遺伝子であるかのように個体間を自然淘汰的に伝播し、個体の行動を決めている情報のようなものと私が理解しているものに、「ミーム」が知られています。

《gene(遺伝子)と(ギリシャ)mimeme(模倣)を組み合わせた造語》模倣によって人から人へと伝達し、増殖していく文化情報。文化の遺伝子。英国の生物学者R=ドーキンスの用語。

スーザン・ブラックモアのミーム学:ウィルスのように脳から脳へと自己複製するアイデア。彼女は大胆な新理論を展開します:人類は新しい種類のミーム(テーム)を産みました。テームはテクノロジーによって広がっていきます ― そして、自分で生きていく方法を発明します

 さて、安冨先生は、コラム『日本は満洲国のように崩壊しつつある』で、こう述べています。

「自分でないものになるために、やりたくないことをして『立場』を手に入れても、決して幸せにはなれません。やりたいことをやって、欲しいものだけを手に入れるようにしていると、周りから『あいつは変わり者だ』と嫌われるかもしれません。しかし他人が作ったイメージを信じて立場にしがみついていたら、魂を誰かに譲り渡すことになります」
第9回 安冨歩「歴史に学ぶ」『日本は満洲国のように崩壊しつつある』 | 連載コラム | 情報・知識&オピニオン imidas - イミダス2016/05/19

 こうした立場主義者の行動パターンは立場によって決まっている自動機械的なものであり、立場をあえて離れて無縁者になることで、フィードバックを通じた学習回路を作動させ、立場に囚われない行動をとることができるようになるというのが、安冨先生のお考えであると思われます。

 進化ゲーム理論的に言うならば、立場主義者の戦略は固定的なタカ派的戦略であるのに対して、無縁者の戦略は、立場によるしがらみを離れていることから、固定的ではなく、柔軟性に富むことが可能である一方で、立場主義者の持つような利権などを持ってはいないため、ハト派的戦略で柔軟に競争や協力をする、と言えそうです。
 そして、メイナード=スミス理論で示されている「進化的に安定な戦略(ESS)」にあるように、理論上、タカ派的戦略をとる立場主義者の層は、環境に劇的な変化がないならば、絶えず一定の割合で安定して存在してしまうことともなりますね・・・。
 ハト派的戦略をとる(私を含む)無縁者にとっては、安冨先生の思想を一種のミームとして取り入れ、適応範囲を広げていく戦略をとることが、権力側のタカ派的立場主義者たちに対抗するうえで、とても重要だと思えます。

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