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水の世界と海の夢

あら、あんた
ビート使って上手いこと
浮かんで進んどるじ。

隣のレーンで
水中ウォーキングをしている
小麦肌のおばあちゃんが
私に話しかけてくれた。



私、能登から来とるげん。
能登の湾の海は穏やかでね。
そこでは泳げるがやけど
ここのプールは恐ろしくて。
ビート使っても進まんのや。



小麦肌のおばあちゃんは
少し切ない目でそう言った。



最近の運動メニューに
プールを追加してみた。

最後にプールに入ったのは
中学1年生…
ということは20年ぶりか。



私はもともと水泳が苦手だ。

小学校でも
プールは休みがちで
中学校では
1年生の1回目以降
入ることはなかった。

泳ぎが苦手な私を心配した母は
夏休みにスイミングスクールに
通わせてくれた。
けれどもいつまで経っても
ビート板を手放すことはできなかった。

周りの子たちは
どんどん先のクラスに行って
私だけ小さな子たちに混ざって練習。

小学校のプールの記録表も
私だけ空白だらけ。

プールの記憶…。
なんだか切ない記憶だ。



そんな私が
プールに行き始めたのは
8月に大型プール施設で
遊ぶ予定を入れたからだ。

ガチで泳ぐことはないけど
でもちょっとは
泳げたほうがいいよね。

っていうことでこの日も
初心者用レーンの主のように
ビート板を使って泳いでいたのだ。



そんな私に
小麦肌のおばあちゃんが
冒頭の言葉をかけてくれた。

小麦肌のおばあちゃんの目。
少し切なそうな目をしていた。

子どものときの私と
同じ目をしていたかもしれない。

それとも
能登の海を思い出していたのかな。



プールの中にいるときは
少し不思議な体験をする。

ぶくぶくぶく…。
ざぶざぶざぶ…。

いろんな水の音が交わっている。

水のちょっぴりひんやりした感覚。
身体が浮いてふわふわした感覚。

水の世界は非現実的で
五感に没頭できる時間だ。



楽しい。
大人になってやっと
水の世界を
味わえるようになった。



小麦肌のおばあちゃんも
きっと海の世界を知っている人。
きっと水の楽しさを知っている人。



小麦肌のおばあちゃん。

能登の海で泳ぐ夢が
どうかはやく叶うといいな。