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学校ではどうして好きでもない勉強をしなきゃならないんだろうか

僕は小さい頃からずっと勉強が好きだ。

小学校の頃は進研ゼミを毎月貯めずに楽しくできる超レアな子どもだった。

苦しい大学受験の勉強は、勉強が好きだからこそ最後までやり切ることができた。


こんなにも勉強が好きな理由は、勉強を通じて自分がパワーアップしているという実感を得られるから。

何かが身についているという感覚をわかりやすく享受できる勉強という手段は、僕の性格にすごく合っているんだと思う。


でも、こんな考え方をする人は少数派だということを知っている。

ほとんどの子どもたちは勉強なんてしたくないと思っているということはわかっている。


では、学校では好きでもない勉強をどうしてする必要があるのだろうか。

この難題について少し考えてみた。


まず、間違いなく「将来役立つから」などという漠然とした回答で片づけていい問題でないことはわかる。

僕らはこの言葉を先生たちから嫌というほど聞いてきた。

そして純粋な子どもたちはみな、そのことに疑問を持たない。

いつか役に立つんだと信じて学校の勉強に励む。


しかし、多くの人はおとなになってからこう気づいてしまう。

あの言葉は子どもたちに勉強を強いるのに便利なツールにすぎなかったということに。

小中高で獲得する知識の多くは実社会では役に立たないということに。

そして最終的に、勉強はいい高校、いい大学、いい会社へ入るためのものだったんだなと思うようになる。


しかし僕は、こうした考え方は勉強することの本質を捉えられていないと思う。

本当に真剣に勉強をしてきたのならば、こういう発想にはならない。

小中高で勉強をする理由は、決して知識をいっぱい蓄えるためや受験勉強を突破するためだけではない。

僕は、この時代を幸せに生き抜くための力を身につけ、自分自身の価値を高めるためだと思う。

まず僕は、高校までの勉強を通じて、実社会での問題解決の際に必要な力を養ったと思う。

そして、「学び方」を学び、絶えず自分自身をアップデートする方法を身体に染み込ませることができた。


要は、高校までの勉強を通じて頭の使い方を鍛えることができた

僕は、受験勉強で学んだ内容を忘れてしまおうとも、勉強してきたということには満足している。

頭を上手く使えるという、一生使える武器を手に入れたから。


学校ではどうしても勉強が目的化されがちだ。

でもこれは目的であると同時に、卒業後幸せに生きていくための手段でもあるんだ。

これを知っているだけで、勉強への向き合い方は大きく変わる。

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