マガジンのカバー画像

Separation After Darkness

35
短編、掌編を載せます。 幻想小説だったり(恥ずかしい)日常の一場面を切り取ったり、そうではなかったり。 私が見ている景色、感じた情景をみなさんにも共有したくて。
運営しているクリエイター

#純文学

冬の鷹

Somebody,火を
 まず僕が見たのではない。冬の鷹は僕の夢の中にいた。
 今朝、8時に起きるところを12時に起きたせいで僕の一日は狂った。冬の鷹が夢の中にいたから。きれいな夢に見とれてしまったから。だからこんなに寝坊したんだ。そして僕の有史以来、過去から今まで続く腐った日々を、今朝の寝坊のせいにすることにした。
 12時は昼なんだ。朝じゃない。だからみかんだけ食べた。朝ごはんは無し。
 そう

もっとみる

A4用紙に書かれていたこと

 彼女の身体は銃身で、放った後は良く歌う。
"よく熱せられた銃が好き。あなたの次に好き"
 それ言うの待ってって。ちょっと言うのまだ早いって。まだだって。
"アギトをぐっと、奥歯をぐっと、食いしばって"
 俺と教授は彼女が穿つ様子をモニター越しに眺める。
"そのまま千まで数えて引き金。銃痕・イン・ザ・頭蓋"
『また頭蓋かい?』
 教授が俺に言う。
「そうなんだよ」
『カレイニナはよくはずしてしまう

もっとみる

危ないことは分かってる

 風が強くて、温度も低い。
 昨日までは暖かかったのに。今日は危険だ。
 これから人と会う。そして彼は危険。

「久しぶり」
「久しぶり」
 彼は笑顔で言った。
「あそこで飲もうか」

 そうしよう。

 地下の居酒屋は人があんまりいなかった。僕たちと、店員がいくらかと、まばらな他人。束の間。
 僕は黒いビールを頼む。彼は青いカクテル。

「お前の方から会おうっていうなんてな」
「ああ」

 乾杯

もっとみる

「列車が下る」

 線のような坂道を列車は下っていた。この時期において天候は移ろいやすく、先程まであれほど外は広かったのにも関わらず、すっかり灰色に沈んでいる。ミラー氏は冷たく吹き付ける風を何とかしようとして、窓を閉めた。すると冷たい風は無くなった。
 列車の内装はあまり良いものではない。かつて人々を照らしていたであろう、天井に張り付いている照明は、鈍い光を放っており、ミラー氏の座っているソファは皮が磨り減って傷つ

もっとみる

「とげ」

 このままでは私は死んでしまう。何しろとげが刺さっているのだから。
 向こうの部屋では、あいつが今か今かと、目を緑色に光らせて、私が死ぬのを待っている。
 そう思う度、死んでたまるかと悔しさでいっぱいになる。
 足音が聞こえた。微かにだが、はっきり聞こえた。トンネルに反響して、私を叩く。奴はその音にビビり、さらに奥の方まで引っ込んで行ってしまった。もっと音は近くなる。やがて、その音は近くで止まり、

もっとみる

サン・セバスティアン

 サン・セバスティアンはとりとめもなく涙を流す。目の前には彼の愛馬が横たわっていた。愛馬が寿命を迎えたのだ。彼は泣く。でも愛馬の死それ自体に泣いているわけではない。これでは旅を続けることができない、と感じて泣いているのだった。
 彼はこの旅をずっと楽しみにしていた。なぜならそれはとても名誉なことだったからだ。名誉は人の心を蝕んでいく。彼はそのことを知らなかったのだ。まだ子供だったから。
 泣く泣く

もっとみる