A4用紙に書かれていたこと

 彼女の身体は銃身で、放った後は良く歌う。
"よく熱せられた銃が好き。あなたの次に好き"
 それ言うの待ってって。ちょっと言うのまだ早いって。まだだって。
"アギトをぐっと、奥歯をぐっと、食いしばって"
 俺と教授は彼女が穿つ様子をモニター越しに眺める。
"そのまま千まで数えて引き金。銃痕・イン・ザ・頭蓋"
『また頭蓋かい?』
 教授が俺に言う。
「そうなんだよ」
『カレイニナはよくはずしてしまうね』
「彼女は熱を持ちすぎている。少しだけ。あとちょっとだけ、冷やさなきゃいけないかもしれないな」
 俺は冷静さを装いつつ、がっかりする。
 なあ、頭蓋じゃ意味がないんだ。銃が頭蓋を狙ってどうするんだよ。自分のやっていることがわかってるのか。今まで何をやって来たんだ。どんなに言い聞かしても、カレイニナは分からないみたいだった。彼女の理解力は洗濯物を取り込むときに窓から落っことしたようだった。それを責めちゃいないさ。
 でも俺はため息を吐いてしまう。
 そうだよ、かもしれないって時はいつでも必然なんだ。
 俺たちの明滅した間が小さくなって、やがてコーヒーを飲む。
 俺が仕事中にコーヒーを飲むとき、この仕事がせめてフレックスであってほしいと思ってる。そうすりゃ朝忙しい時間にきちんとトイレ行ったり、カリカリに焼いたトーストを用意したり、レコードをかけたり、もっと楽しく過ごせるかもしれないのに。またコーヒーを飲んだりしながらさ。
「またカレイニナを抱いてくるよ」
 教授はこつこつ額を叩いてる。
『僕が思うに君は』
「なんだい?」
『弾まで抱いてないんじゃないか?』
「弾なんて」
 弾なんて、無くても構わないだろ? 大事なのは引き金を引くことさ。撃ったかもしれない、っていう意味が大切なんだ。
 モニター越しでカレイニナが歌う。
 じゅ、じゅ。
 じゅうぶんに、ねっ、ねっ? せらせら。
 カレイニナが機能不全的に穿ち出す。残念なことに意味は今も無さそうだ。照準をつけられず、一人では狙いも定められない。どうしようもない。それを、悪いとは思っていないさ。俺はレバーを倒して冷却ガスを噴霧する。
 ガスが噴霧されるかたわら、俺はA4用紙に書かれたリストを見てため息を着く。
【撃ち抜くことリスト】
【れんか】(チェック済み)
【ふうせん】
【キャンディ】
【目の黒いアザラシ】
 上司に電話をかけようとするが、彼はまだnoonから続く会議に参加しているから無理。段取りが悪かった。もっと早く聞いておけばよかった。このリストの意味はなんですか? って。
『時々僕らが何の仕事しているか分からなくなるときないかい?』
 教授がため息を吐いた。
「分かるよ。もし、この仕事辞めて、また面接するとき何て言えばいいか分からないんだ」
『僕は誰と話していたかとか、そういうcontextとかがもうだめだね』
「意味のあることにめぐりあいたいもんだ」
 俺は席を立って、部屋を出る。上着は置いていく。
『あるんだろうけど、君に会う頃には大概が無意味なことにくっついて、意味を失ってるよ』
 トーストの焼き加減みたいに、と教授は笑って僕を見送った。
 俺は仕事に向かう前に、とつぜん、異世界にいるであろう精霊について考えたくなった。
 服を脱ぎながら考える。
 もし仮に嫌なやつと合うときに、精霊がそいつの頭をぽかぽか殴っていたら、とても和むんじゃないかって。別に嫌なやつじゃなくてもいいんだ。書類でもいいし、虹でもいい。俺の代わりにとにかくぽかぽかやってくれたら、いいなって思った。
 たとえば、都内のコスパの悪い家賃のアパートに帰って、疲れて横になって布団に入って靴下脱ぐときに「布団の中で靴下脱いでもいいかい、陛下?」って聞くと、何も言わずに微笑んで電気を消してくれる精霊がいたらどんなにいいだろうって。
 カレイニナの部屋の前に付いた。汗ばんだ手を太ももに擦り付ける。
 まったく、俺は何を考えているんだ。
 俺はこんなに、痙攣した思考をしていたか? 分からない。誰かが近くで観測してたら、俺の変化が分かったかもしれない。朝顔の観察日記をつけるみたいに。
 カレイニナの部屋をノックする。
 コンコンコン、の三回目で彼女が発砲した。
"愛を込めて7mm込めて"
 カレイニナは両腕を広げて俺を抱き締める。銃口が俺に押し当てられ、脚の間にトリガーが滑り込んだ。
"私の銃床が重傷なの"
 カレイニナは耳元でそっと撃鉄を鳴らす。
 その間、俺は今朝のトーストについて考えてる。雨が降っていて、ちん、の音が聴こえなかった。そうだった。そんなどうでもいいことを思い出した。
"引き金利用して?"
 硝煙の匂いが妖艶で、熱を帯びて膨張してる。
「今度レコードを買って?」って、雨が強い日に誰かが言っていたことを思い出した。でも家にレコードプレイヤーは無い。それは、なんでだっけ。
 俺はカレイニナを抱く。
 なんだ、墓場みたくすっかり凍えているじゃないか。これじゃ、逆だな。
 俺はカレイニナの肩に顎を乗せ微笑む。
 大概のことは反対方向に収斂していくんだ。
 すっかり冬の燭台みたいに冷えてしまった銃身を暖めて、また撃てるようにする。
"次は?"
 震える声で囁く。
「ふうせんだよ。もう一度やってみよう」

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