「とげ」

 このままでは私は死んでしまう。何しろとげが刺さっているのだから。
 向こうの部屋では、あいつが今か今かと、目を緑色に光らせて、私が死ぬのを待っている。
 そう思う度、死んでたまるかと悔しさでいっぱいになる。
 足音が聞こえた。微かにだが、はっきり聞こえた。トンネルに反響して、私を叩く。奴はその音にビビり、さらに奥の方まで引っ込んで行ってしまった。もっと音は近くなる。やがて、その音は近くで止まり、じっと見つめ始めた。雲の中の何かを聞きとるように、耳をそばだてて、静かにしている。
 やめてくれ、と私は思う。何しろこいつの匂いと言ったら酷いものだったし、正直、傷口に染みて痛いのだ。私が身をよじってやり過ごそうとすると、こいつも一緒になって、私の後についてくる。
 とげはますます深く食い込んでいった。心臓や脳みそなんぞは、もうあらかたやられてしまったが、それでも私の目は残っている。とげなんかとは無縁に、地平線の隙間をのぞき、それでいて、らんらんと輝いている。
「痛いだろう?」
 と奴は私に言った。私が、痛い、と返事をすると、さも満足気に奴は鼻を鳴らす。
「もちろんだ。そのために、とげを用意したんだからな」
 そう言って、私の側で寝息を立てていたこいつに、落ちていたとげを突き刺し、そこから溢れ出る液体で絵を描き始めた。こいつは相変わらず、いびきをかいている。時折、そのとがった鼻をピクピクと動かす。
 奴の描いている絵には、およそ個性がなかったと言える。私には絵の才能が無いから、詳しい事は良く分からないが、奴の描いた絵は、真っ白な街に降り注ぐ、真っ白な雨だけだった。
 奴は舌打ちするとその絵を私に被せ、私は文字通り、死んだ。

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