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【ショートショート】反権力パラドックス

「安倍政権は、アメリカという権威に対し、怯え、平和国家の首相としての立場を忘れ、戦争法案を強行採決という数の暴力により、戦争ができる国としての第一歩を歩みだしました。そして、今度は自民党総裁選挙で勝利したことをきっかけに、平和国家の象徴的な存在である憲法9条に手をつけようとしています。平和憲法に守られた平和国家に住む私たちの使命は、安倍政権のこの動きに対して、徹底的に抵抗することなのであります。今こそ安倍政権にNOを突き付けましょう。」

手に持っていたドラメガを切って足元に置いた僕は、足元に置いていた「安倍NO」というプラカードを持つ、そしてそれを見た健治がタンバリンにガムテープをして太鼓にしたものをリズムよく、鳴らし始める。健治以外のプラカードを持った9人は、太鼓に合わせてシュプレヒコールをする。

「安倍はやめろ!」「安倍はやめろ!」「国民な舐めんな!」「憲法守れ!」「憲法改悪絶対反対!」

前を通りすがる学生たちで僕たちのシュプレヒコールを立ち止まってみたり、一緒に参加するものたちはいない。彼らは気が付いていないのだ。時の権力がもつ恐ろしさを、そしてその権力が今自分たちの生活を脅かしていることを。のんきなものである。

「安倍はやめろ!」「安倍はやめろ!」「安倍はやめろ!」

今日も声が枯れるまでシュプレヒコールをした。そして、昼休みの時間が終わるので毎週金曜日、昼休み恒例の、「帝都大学、反安倍集会」は終わった。使用した、プラカードや看板の片付けを行っていると孝弘という後輩がそわそわしていた。僕はその様子に気が付き「どうした?孝弘」と聞く、「今日、毎週4限にある講義が予定変更して、3限になったんです。」僕は孝弘に問うた。「その講義ってなんだ?」彼は答える。「国際関係論です。必修なんですよ、国際政治学科は。」僕は舌打ちをした。「おい。お前。国際関係論を担当する、水川という男は、安倍政権が集団的自衛権の行使を容認した安保法制懇談会のメンバーだぞ。そんな、安倍のぽちの授業を受けるのか。」孝弘は、「いや、でも必修だし。」なよなよとしている。そのなよなよとした態度が僕の気に障った。僕はなよなよとする孝弘のシャツの胸倉をつかんで「おいてめえ。まさか、お前も安倍のぽちになりたいんじゃないだろうな。」極限まで顔を近づけて思いを伝える。そして、腹に一発、パンチをお見舞いした。まともに食らった孝弘は苦しんでいる。これは救済だ。行く道を間違えている彼に対して正しい道に導く救済行為なのだ。彼のようななよなよとした態度は権力の餌食となってしまうのである。

              〇

片付けも終わった僕らは部室へと戻る。部室のドアには「ストップ平和憲法改悪」というポスターが張られていて、ドアにはスプレーで「反権力」という文字が濃くペイントされている。僕が先頭で部室のドアあけると高山さんがいた。その瞬間「あ。」と思った。高山さんが丁度、敏子とキスをしていたのだ。敏子はキャミソール姿だった。僕は部室のドアを閉める。そして、静かな声で後ろにいたメンバーに「高山さん」と言うと、他のメンバーは納得したようで、その場に立って時が過ぎるのを静かに待った。

部室の中からは、甲高い喘ぎ声と高山さんの低いうなるような声が聞こえる。それは時間が増すにつれ大きくなっていった。

敏子はあのような声を出すのか。僕は大変興奮した。

高山さんはこの大学を拠点に反権力闘争をし続けて10年になる。社会主義革命運動や、労組や日本共産党などにもパイプがある重鎮だ。彼の籍はこの大学にはない。2年前に、デモの途中に警官ともみ合いになり、公務執行妨害で書類送検されたのである。彼は大学を除籍になった。しかし、僕らにとって彼は殉教者であり、未だ絶大な存在である。大学に入って馴染めずにいた僕に思想と運動のノウハウを教えてくれたのも高山さんだった。

高山さんは思想とともに、容姿も優れているため僕らとは違い、女性関係は華やかだ。そこも僕らが彼にあこがれる理由の一つだった。部室には高山さんのための布団とコンドームが常にセットしてあった。敏子は今年大学に入学し、僕らの仲間になった部員だった。彼女の祖父はかつて安田講堂事件にも関与した人物で、その祖父を尊敬してやまない彼女は筋金入りの反権力だった。そんな彼女も僕らと同様高山さんに憧れを持ち、高山さんも敏子を甚く気に入ったようで、大学内では幾度も高山さんと敏子が歩いている姿が見受けられた。

敏子がやがて何事もなかったかのように部室から出てきた。「こんにちは!今日もお勤めお疲れ様です。」律儀な挨拶は、先ほどまで部室で大声で喘ぐような者とは思えない。

そして、僕らは部室へと入る。部室には布団がしかれたままで、高山さんはその布団の横で立って煙草を吸っていた。高山さんの来ているポロシャツはボタンがすべて締まっておらず、その間からは毛むくじゃらな胸と腹が露わになっていた。全員が揃ってそんな高山さんに深く頭を下げる「お疲れ様です。」高山さんは何もそれには答えず、煙草を吸っていた。そして持っていた煙草を床に落とし、ぐりぐりと踏み付けた。「横田。煙草。」高山さんは空の煙草の箱を出し、デコピンでぴんぴんと叩き、煙草が空であることを示した。横田は「はい。わかりました。」と言って駆け足で部室を出ていった。

「どうだ調子は。」高山さんは僕に問いかけた。「今は、安倍の平和憲法改悪を止めようとなんとか頑張っています。」「そうか。頑張れ。ところで、山本、1万かしてくれねえか。」高山さんは僕に言った。「すみません。1万は無理ですかね。今月、かつかつで。高山さん、申し訳ないですけど、先月3万貸したじゃないですか。まだ返済してもらって頂いてませんし。」次の瞬間、僕は脳が揺れて気絶しそうになった。高山の右フックが僕の頬にクリーンヒットしたのだ。

「屁理屈こくんじゃねえぞ。いいからささっとだせ。」僕は「すみません。高山さん。返済はいつでもいいです。」と言いながら、財布から1万円札を振るえる手で取り出した。すると、高山の顔は笑顔に変わった。「サンキューな。お前と仲間になってよかったよ。」そしてそこに丁度、煙草を買って帰って横田が帰ってきた。横田から煙草を受け取ると、高山さんは何も言わず、部室から出ていった。破天荒な人である。

僕らはその後、今後の運動の日程の確認を行った後解散した。

            〇

「もしもし。おふくろ。今月、金足りないから追加で仕送りしてくんね。いいから。大学7年目とか別に今関係ねーだろ。お前が親父とやって俺作ったのに、手離すわけ?じゃあな。俺時間ないから切るわ。明日までに、振り込んどけよ。」

僕は個室ビデオの中へと入っていった。

終わり。

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