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#73 ファッションについての愛を語る

大学芋から人への変遷

 大学時代、東京へ出たての頃、何もかもが輝いて見えた。田舎町でずっと育ってきた私はあまり服装に気を遣うということもしてこなかったので、道ゆく人たちを眺めては「あへぇ」と情けない声が出てしまった。大学へ入学すると、同級生たちの服装はみな垢抜けていて、私は彼らの横を猫背で歩かなければならなかった。眩しくて、直視ができなかった。

 異様な劣等感。高校の時ももちろん服を買うことはあったけれど、地元でそれなりに名の通った服屋で揃えるだけでよかった。そうするだけで、それなりに休日友人と遊ぶ時も体裁を整えることができた。でも、それは所詮「田舎では」という前置きがつく。「井の中」で無理に飛ばなくても、みんな同じ場所でゲコゲコ鳴いていたから、私はファッションに関して特別気にも留める必要が無かったのだ。

 やがて大学でも友人ができて、中には私のようにいかにも遠方からやってきましたというような、芋っぽい服装の人たち(大変失礼)と一緒に、待ち合わせをして原宿へと行った。いたるところに最新のファッションを身につけて闊歩する人たち。すれ違うたびに、まるで丸裸にされたかのような気持ちになる。とりあえずはファッション誌を買って、「今の流行はここから!」という謳い文句に誘われて、いろんなお店に行った。

 WEGOだとか、BEAMSだとか、United Arrowsだとか。今振り返ってみると、そこに私の意思はさして介在していなかったような気もするけれど、いわゆるセレクトショップみたいな雑多なお店で、自分ってなんなんだろうということを模索していた。早く芋臭さを抜け出したくて、バイトのお金のほとんどを服に費やしていた時もあったっけ。

 服にお金を費やしたおかげで懐は常に寂しい状態で、時にはサークルの飲み会もお金がないという理由で断ったこともあった。でも、その代わり、先輩後輩からはおしゃれだよね、という免罪符もいっときもらったことがあり(でも、それも田舎の蛙がちょっと背伸びしましたくらいの感じだったが)、次第に私は街の中を背筋をピンと伸ばして歩くことができるようになった。ようやく、人として息を吸うことができた気がした。

 今では、はっきりとわかる。自分の好きな衣服を身につけるということは、ある種この世界で自分という人間を認めてもらうための武器になっているということを。それは自己に対して、私ってどんな人間なんだろうという不確かな存在を確固たるものとして固めてくれる機能を持っていたのだ。気に入った服を着て、髪型をセットして、前足を踏み出す瞬間だけ私は万能感に包まれる。

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 昔ほどではなくなったが、社会人になった今でも、服を買いにいくことがある。当時に比べると、頻度は断然減ってしまったし、ファッション誌の特集に載っているような服をそのまま買いに行くこともしなくなった。記事に載せられている服と似たようなものを、古着屋なりセレクトショップなりで安く買えた時の喜び。社会人になって使えるお金も増えたけれど、いつの頃からか「節約」という言葉が思い浮かぶようになった。

 それでも、時折はいつもより背伸びして高価な服を買いに出かける。なんだろうね、たとえば前から目をつけていた服があったとして、それをすぐに買うこともできるのだけど、もうすこしだけ、もうすこしだけ、って自分に言い聞かせて、ある時自分へのご褒美として服を購入する。

 それによって、買った服は光り輝き、ものすごく尊いものに思えてくる。人はたぶん慣れる生き物で、大して労せずして手に入れたものには愛着が湧かない。我慢に我慢を重ねて手に入れたものはそれだけ愛しいもののように思えるし、それを着ることによって不思議と自信がゆらゆらとそこから湧いてくる。

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ファッションへの情熱

 改めてファッションへの熱い想いをたぎらせるきっかけになったのが、タケチヒロミさんの記事(すっっっかりご紹介が遅くなってしまいごめんなさい!)ヒロミさんは、絵画の中に描かれたファッションを紹介していて、その解説がまた驚くほど引き込まれてしまうんですよね。取り上げられている作品はスコットランド国立美術館に収納されているもの。海のように深い青に出迎えられ、心が波立つ。

 青い布に包まれたマリア様、対照的に赤いドレスに身を包んだふくよかな女性、瀟洒な服装とは無縁のくたびれた衣装に身を包んだ老婆、襞襟を身につけた男性(なぜか近未来的な宇宙人に見えるのは私だけ?)、スラリと体に合わせた服装を優美に身につける女性たち。

 時代に応じて、彼らの暮らしぶりに応じて、服装が変化していく。彼らの息遣いに耳を澄ませると、確かに服こそが、彼らの威厳をそのまま表しているように見えるから不思議だった。個人的には、ウィリアム・マーカム夫人が推しですね。

 黒のドレスと赤のペチコートは一瞬で目を惹きつけられます。佇まいから、彼女が只者でない様子が伺える。荒野の中に一人立ち、優美とも言える表情を揺蕩わせている。その色合いが、なぜかドラキュラを連想してしまって不穏な空気を漂わせていて、ミステリアス。いつの時でも、こういう女性が男性の注目を集めるんだろうな。 

 改めて、素敵な愛を語っていただき、ありがとうございました!

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服によってかけられる魔法

 瞬く間に私も改めてファッションについてもっと知りたいという気持ちになり、ちょうど良い展覧会がないか探したところ、ありました。東京都現代美術館で開催中の、『クリスチャン・ディオール、 夢のクチュリエ』展。ちょうど2023年5月28日までやっているみたいです。

↓その時、チケット取るのが大変だったよーという話。

※ちなみに、展覧会の人気がものすごいことになっているのは、「新美の巨人たち」という番組で紹介された影響らしいです。

 入ってみて改めて感じたのは、ファッションの持つ力。もともとクリスチャン・ディオールはノルマンディー地方のグランヴィルで生まれ、父モーリスと母マドレーヌは巨大な家族経営企業「ディオール フレール」の経営により財をなしたそうです。ところがその後会社が破綻してしまった後、最初クリスチャンはアートギャラリーのディレクターをしていました。

 今や名のしれたミロやピカソやダリなどシュールレアリズム(*1)の作品に触れ、次第にクリスチャンは自身の中に眠る才能を開花させていきます。やがて彼はオートクチュール(*2)のメゾンを開き、彼の手がけるファッション服は瞬く間にパリの人たちの心を鷲掴みにしていきました。今でも、クリスチャン・ディオールは女性たちの心を掴んで離さない。少し前に見た「ミセス・ハリス、パリへ行く(*3)」という映画でも、女性のクリスチャン・ディオールに対する熱狂的な情熱が描かれていました。

 コロールライン(ゆったりとしたスカート)や8ライン(細身のスカート)は当時のファッションの最先端をいき、「ニュールック」と総称され、世界の人たちからの注目を集めることになります。イベント会場では、その時代の変遷を辿ることができ、心が湧き立つのを止めることができませんでした。マネキンに服が被せられているのですが、無機質に佇む人形たちからも気品が漂っています。

 シュールレアリスムという言葉で表現されている通り、まさにクリスチャン・ディオールが生み出すファッションの世界は、現実と夢が混ざったかのように華やかでした。しばらく息を止めて見つめると、森の香りだったり星の瞬き、川のせせらぎがまぶたの裏に刻まれる。

 そして展覧会におけるさる説明書きの中で、「すべての服やドレスには感情が宿る」という一文があって、それが私の中に強く印象として残りました。自分のアイデンティティーを示すもの。かつてクリスチャンが絵に魅せられ、服を作り上げたように、服自体にも物語があるんですよね。

 服は、芸術と歴史と文化を内包し、それを現実においてデザイナーと巧みな技を持った職人工たちが体現していく。クリスチャン・ディオールの生家には、日本につよく影響を受けたデザインがここかしこに見られたそうで、彼が作り出した服の数々にもその片鱗を見て取ることができました。

 クリスチャン・ディオールのファッションに対する、圧倒的な愛。情熱と言い換えてもいいかもしれません。私はしばらく熱に浮かされたようになりました。じわじわと、体の中に刻まれている。自分自身を愛するために。たぶんしばらく、自分に似合う服を求めて私は彷徨い歩くことになりそうです。

 服は、私を形作る。そして、威厳と確かな気品をもたらす。それから自分自身に対する沸る愛も、助長させるのかもしれません。


故にわたしは真摯に愛を語る

皆さんが考える、愛についてのエピソードを募集中。「#愛について語ること 」というタグならびに下記記事のURLを載せていただくと、そのうち私の記事の中で紹介させていただきます。ご応募お待ちしています!


おまけ(注釈)

*1:シュールレアリスム(超現実主義)
第一次世界大戦後,ダダイスムに協力していたフランスの詩人ブルトンの「シュールレアリスム宣言」刊行によって始まった新芸術運動。

出典元:コトバンク

*2:オートクチュール
オートクチュールはパリのクチュール組合加盟店で、顧客から注文によって作られるオーダーメイドの服飾で一点しかない物や高級服を作る店のこと。

出典元:VOFUE JAPAN

*3:『ミセス・ハリス、パリへ行く』(2022)
1950年代、第2次世界大戦後のロンドン。夫を戦争で亡くした家政婦ミセス・ハリスは、勤め先でディオールのドレスに出会う。その美しさに魅せられた彼女は、フランスへドレスを買いに行くことを決意。けれど、実際にお店へ行ってみるといろいろドタバタ劇が。ディオールに魅せられたハリスさんのめぐるめく感情に思わず引き込まれました。



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