ビロードの掟 第6夜
【中編小説】
このお話は、全部で43話ある中の七番目の物語です。
◆前回の物語
第二章 夜の遊園地(3)
優里とは4年目の終わり、ちょうど卒業間近のタイミングで付き合い始めた。
出会った当初はそれほど彼女のことを意識していたわけではない。優里はどちらかというと地味なタイプで、あまり目立つ方ではない。だがあることがきっかけで芹沢さんと優里と凛太郎が知り合い、そのことがきっかけで優里と仲の良かった栗木、凛太郎が仲の良かった神木、池澤、小野寺の4人が合流し、気がつけば同じグループで行動するようになった。
休日もみんなで一緒に遊ぶようになり、次第にお互いの生き方や性格がわかるようになってくる。その過程の中で、優里が持つ密かな芯の強さに凛太郎は惹かれるようになった。凛太郎は割と表情が表に出やすいらしく、何かの折に凛太郎の優里に対する気持ちをみんなが悟ったらしい。
ある時みんなとの待ち合わせ場所に行ってみると、いたのは優里と凛太郎だけだった。もちろんみんなといれば面と向かって話すことはあったが、二人きりとなると気まずい。その時遊びに行ったのが千葉にある某テーマパーク。ネズミのキャラクターが快活に園内を歩き回り、多くの若い男女や家族づれが楽しそうに歩いている。
最初はどこかぎこちない雰囲気のままアトラクションを歩いて回った。その後周囲のお膳立てもあって、何回か二人で遊んだ。そして確か4回目のデートで凛太郎から彼女に告白し、その場で優里が受け入れ晴れてカップルとなった。
凛太郎と彼女とは結局社会人4年目のちょうど始まりを迎えたあたりまで付き合った。あるときふとした喧嘩がきっかけとなりそこから少しずつお互いの異なる価値観を許容することができなくなった。交際期間およそ3年間でピリオドである。世間一般のカップル期間からするとたぶん長い方なのだろうか。
その半年後、今の彼女である奈津美とは友人の紹介で付き合うことになる。優里と別れたことによって負った傷心を引きずったまま。
*
「……はい、突然の優里の登場によりちょっと話が途切れてしまいましたが、私から改めて皆様に報告させていただきます」
優里はどこかばつの悪そうな顔をして、空いていた栗木の隣に腰を下ろす。彼女は周囲の空気に敏感だったので、池澤の言葉を遮ってしまったことによりちょっとした罪悪感を感じているのかもしれない。
「私この度、付き合っている彼女と籍を入れることにしました!」
その瞬間、場がざわりと揺れた。心なしか周囲のグループも池澤の言葉に耳をそばだてている雰囲気がある。
「おお、俺らのグループの中できっての色男もついに年貢の納め時か」
と小野寺がちょっかいを入れたことにより、周りの人たちも一気にやんややんやと池澤を囃し立てる。「いつから付き合ってたの?」「きっかけは何?」と次々と質問攻めにする。「……いや、元々はサークルの同期なんだよね」と池澤が発言したことにより、「じゃあ俺たちが知っているやつか!」とますます座が沸きたった。結婚式は彼女の希望で、来年の4月に行う予定とのことだった。
凛太郎は比較的優里に近い場所に座っていたが、結局そのまま彼女に話しかけるタイミングを逸してしまった。場は盛り上がり、二次会に行く流れとなる。
栗木は子供の面倒があると言って、一足先に帰った。誰かが、「せっかくだからさ、単に違う居酒屋に行くんじゃなくてちょっと一風変わった二次会にしない?」と言い出した。おそらく芹沢さんだろう。「お、いいねえ。ちょっと思い出作り、やっちゃう?」と小野寺がその提案に乗っかる。
いい歳をした大人6人が、「どうしようか……」と顔を突き合わせて真剣に次の場所を考える。みんないい感じに酔っ払っていたのでなかなか良い案を出すのに苦労しているようだった。凛太郎も何か案を捻り出そうとしたが、居酒屋以外に思いつく場所がなかった。夏の暑さも思考停止をもたらしている要因だった。
「あ、はい。私皆さんと行きたい場所があります」
少し遠慮がちな様子で優里が手を挙げた。その仕草を見て、凛太郎は優里のこの雰囲気も好きだったということを思い出す。風に乗って仄かに爽やかな石鹸の匂いが漂ってくる。優里はその仕草とは裏腹に、ハッキリとした様子で言葉を発する。
「遊園地行きませんか、遊園地」
<第7夜へ続く>
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