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#1. クリィムソーダの記憶(A面)

【短編小説】
このお話は、全部で9話ある中の二つ目の物語です。

◆前回の物語

アイスクリン

「地球の裏側って、どんな感じなのかな?」

*

 鈴木と私は、講義が終わると二人並んで教室を出た。外に出ると、暑さのせいで少し歩いただけでも汗がじっとりと流れ落ちてくる。気がつけばBGM と化した蝉の鳴き声が聞こえてくる。

 もはや常連となりつつある喫茶店の入り口を開くと、おしゃれな蝶ネクタイをつけた女性が早速出迎えてくれた。「いらっしゃいませ」と可愛らしい表情で私たちに向かって微笑む。そのまま彼女はそつない様子で、一番端にあるテーブル席に私たちを誘導する。テーブルの上には、家の形をしたキャンドルライトが置かれている。

 鈴木と私はメニューを見ずに、先程出迎えてくれた女性に対していつもの飲み物を注文する。5分ほどして注文の品が運ばれてくる。

「地球の裏側って、どんな感じなのかな?」

 しばらくしてから、なんとなく私は鈴木に質問をした。鈴木は少し考える素振りを見せて、眼鏡の真ん中の部分を親指と人差し指でくいと上にあげる。本人はクールさを装っているつもりだろうが、全くもっていまいち。

「ん、それはきっとこのクリィムソーダみたいなもんではなかろうか」

「は、どういうこと?」

「つまりさ、翡翠色のソーダ水とアイスクリンという奇跡的で絶妙なバランスで成り立っているということさ。とどのつまり」

 鈴木は、いかにも大真面目という表情で顔を近づけてくる。古典的な丸めがね、切り揃えられた真っ直ぐな前髪、少しよれた黄色のポロシャツ。まるでのび太くんである。あ、鼻の穴から少しだけ鼻毛が伸びているのを発見してしまった。これでは百年の恋も冷めてしまうだろう。

「全くもって、支離滅裂すぎて理解できない。鈴木にまともな答えを求めても無駄だね」

 私は鈴木を一瞥した。鈴木は私の言葉を聞いても一切へこたれる様子はなく、目を輝かせてクリームソーダに刺さっているストローからソーダの部分だけをずずずと吸い上げる。

「もう一つストロー刺さっているみたいだけど、どうかな?」

 私は鈴木の言葉を聞いて、思わず顔の前に右腕を曲げて「ひっ」と小さく声を漏らした。

「なにそれ、意味わかんない」私は理解できないという様子がうまく伝わるように左右に首をゆらゆら振った。

———昔から鈴木は飄々としているやつだった。

 同じ映画サークルに所属していたことが、出会ったきっかけ。最初鈴木を見た時、ダサいジャージと寝癖の跳ねた髪型を見て、しばらく映画サークルで顔を合わせても私からは積極的に話しかけることはしなかった。私は、自分にだらしない人間が大嫌いだ。

 ところがある時、たまたま同じ映画(リュックベンソン監督の『LEON』)が好きだったという理由でなんとなく打ち解けて、大学の授業の合間に時々暇つぶしがてら、ダラダラと一緒に時間を過ごすようになった。

 冴えない鈴木は、友達以上恋人未満というやつで、残念ながら私としては恋愛対象外だったけれど、不思議と一緒にいて安心するやつだった。恋人としてはいまいちだけど、結婚相手としては最適な人物かもしれない。そんなことを勝手に思っていた時期も、ある。

 それと鈴木はどこか人を拍子抜けさせるような、そんな程よい緩さを持った男子だった。例えばサークル内でメンバー内における議論が白熱してきたときにあわや喧嘩かとなるとすかさずヒョイ、と間に入ってうまくことを収めてしまう。吹っ掛けた側はどこか狐につままれたような顔になる。なんとも不思議な光景だった。

 それと、もうひとつ特筆すべき点がある。私の機嫌が悪いようであれば、いち早くそれを察して、他愛もない言葉でさりげなくその場の空気を滑らかにしてしまう。これは彼の才能といっても良いかもしれない。その部分だけ、私は彼のことを尊敬していた。

「やっぱ、マチルダのあの子供ながらにして妖艶な感じ堪らんよなあ」

 いかにも夢見がちな様子で鈴木は軽く上を見上げる。

「なに言ってんの、あの映画はジャン・レノに決まってるじゃないロリコン。ハードボイルドな割にちょっと抜けている感じがいいんじゃない」

「なんだかんだ言って水原もミーハーだよな……」

「余計なお世話。あんたがつけてるメガネ、どこかジャン・レノ意識しているみたいだけど、残念ながら感覚ずれてるわよ。全然似合ってない」

「ノンノン、ノンノン」

 鈴木が人差し指を立てて、左右に振る。

「俺がつけているメガネはジャン・レノではなくで、ジョン・レノンを意識しているんだよ。ちょっと惜しいね。水原はイマジンが足りないね、イマジンが」

 何がイマジンだ、カタカナではなく想像力というべきだろ、そこは。私は半ば呆れた様子で言葉を返す。

「あんた、ほんっとに阿呆」

「え?」

「あんたは本物の阿呆」

「2回言わなくてもいいじゃないか。俺たちなんだかんだ言って似たもの同士なんだから、もう少し優しくしてよん」

 鈴木がいい歳をして拗ねる素振りを見せる。

「それと鈴木。いっつも気になってたんだけど、あんたどうしていつもアイスクリーム最後まで食べずに置いとくのよ。もうだんだん溶けてきてるじゃない」

「水原は男のロマンがわかってないねえ」と言って、はぁーと鈴木はため息をついた。

「どういうこと」

「この少し解けてまろやかになったアイスリンを食べるのがまた乙なんじゃないか。見てよ、この可愛らしい姿を。あ、ちなみにこの間ね、アイスクリンの上にのりたまふりかけかけて食べてみたんだけどこれがまた———」

「もったいないから私がもらったるわ!」

 私はバニラアイスの半分をスプーンで掬って口に入れた。

「おーぅ、人の楽しみを奪うなんてなんていけずなやつなんだ!」

 その瞬間、鈴木の顔がいかにも大根役者のように大袈裟な感じで悲しい表情を作る。私はその顔を見て、思わず胸の中でニヒヒと笑った。

 ……とまあこんな感じで私たちは、毒にも薬にもならない話を、いつまでもダラダラとするのだった。

<#2へ続く>

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