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おもはゆい

 再び家で仕事をする時間が増え、通勤時間が無くなった分、以前よりも柔軟に時間を使るようになったのは喜ばしいことだ(いくつかの弊害はあるものの)。

 世間では連日のようにコロナウイルスのワクチンの行方を巡って、ニュースキャスターが「これは深刻ですね」と原稿を読み上げる。いかにも由々しき事態が起きました、という顔つきだ。部屋から一歩も外に出ないことで、この世の中で起きている出来事がまるで映画の中のワンシーンの一コマではないか、といった錯覚に陥る。

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 小さい頃、私はいやに落ち着きのない子どもだった。

 デパートへ親に手を引かれて連れて行かれると、気がつけば私はその場から忽然と姿を消してしまっていた。手を尽くして探し回る親。その横で、私は下りのエレベーターを反対に駆け上って直進していく。周りの良識的な大人たちが何事か、と目を見張る。親は、やけに嬉しそうにエレベーターを逆走する我が子を見つけ、頭を抱える。

 今思うと本当に阿呆な子どもだった。今の私も、昔の自分と同じことをされたらきっと同じように頭を抱えただろう。

 私のそうした慌ただしくてどこか間抜けな性格とは裏腹に、クラスの中でも当時少し周囲とは違った空気を纏った女の子がいたことをふと思い出す。

 彼女はどこかミステリアスな雰囲気を持っていて、どこか他人を寄せ付けない緊張感を醸し出していた。今思えば、彼女は大人すぎたのかもしれない。

 周りよりもちょっぴり大人だったせいで、いかにも子どもらしく振る舞う同級生に対して、心の開き方がわからなかったのだ。

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 住野よるさんの『また、同じ夢を見ていた』を読んだ。

 もう今ではあまりにも有名な『君の膵臓をたべたい(略称:キミスイ)』を読んで以降、住野よるさんの作品を読むのは2回目である。当時『キミスイ』を読んだ時は、終わり方にえも言われぬ衝撃を受けたのを覚えている。

 今回の主人公の物語は、周りの子供たちを小馬鹿にしたような、自分を「かしこい」と思っている小柳奈の花という名前の女の子。

 彼女は「かしこい」だけにどこかクラスで浮いていて、それでも放課後には会いに行ける友だちがいるのでそんなことはものともしない、どこか一本筋の通った女の子。ことあるごとに「人生とは……」と語り始める姿がほんの少し憎らしい。

 内容的にはそれほど分量が多くないので、だいたい数時間あればサクッと読めてしまうくらいの文字数である。

 主人公が放課後いつも会うのを楽しみにしているのは、古びたアパートに住む「アバズレさん」、おばあちゃん、それから取り壊されそうになっている建物で出会った「南さん」、それから尻尾にちぎれた猫。

 その人たちのやり取りがどことなく暖かくて、微笑ましい気持ちになる。彼女は放課後出会う、自分とは歳の離れた人たちとの交流の中で、日常の中で抱える息苦しさや悩みなんかを吐露するのである。

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人っていうのは、いいことよりも悪いことの方がよく心に残りやすい。(p.140)

 本当のことを正直にこの場で告白すると、私はこの作品全体における語り口がどうにも最初違和感しか感じなかった。もちろん、大人びた小学生ということはあるのだろうけど。本を読んでいると、どうしても時々ある。その作品自体が評価されていても、どこか自分の感覚とズレてるなと思う時が。

 それはもしかしたらその本を理解するまでに自分の経験がまだ足りないことが理由なのかもしれないし、逆に経験しすぎてその内容を遥かに飛び越えてしまっていたということもあるかもしれないけど。あるいは単なる相性の問題もあるかもしれない。

 昔は違和感を感じたらすぐに本を閉じていた。でも最近では、本を読むとき最初しっくりこなくても、最終的にどこか自分の感性に引っ掛かる部分があればそれでいいのではないかと思っている。どこか文章の中でも、自分の中で「うん、うん。確かにそうだよね」と共感できるところがあれば。人には完璧な人なんて存在しないように、物語だって完璧と言えるものはきっと存在しないだろうから。

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 人生とはなんだろう。

 かき氷、和風の朝ごはん、昼やすみ、スイカ、ベッド、クジャク、ダイエット、アイスクリーム、プリン、コーヒーカップ、お弁当、リュック。本作品の中では、さまざまな名詞を人生に例えている。個人的には、結局「人生」は最後、自分の人生を終えた時にしかそれを形容する言葉が見つからないのではないかと思いながら。

 あえていうなら「終わりのない雨」みたいなものかも。日によっては嫌だなあともうけど、案外家の中にいて雨音を聞くと悪くないじゃないか、と思うような感覚。ニュアンスは伝わるだろうか。少しでも伝わればいいな。

 昔私のクラスメイトにいた、ちょっぴり大人っぽい雰囲気を備えた女の子だったら「人生」をなんて表現するだろう。

 そんなことを思いながら、最後読み終えてパタンと静かに本を閉じた。


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