さゆ

日本のどこかに住んでいる女性

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缶チューハイと桜と涙

last チアキくんが辞めてすぐ、新しく高校生の女の子がふたり店に入った。夕方の勤務時間帯が被ることも多く、人に教えるという行為を初めて経験してわたしは、これまでとは違う魅力ややりがいをバイトに見出すようになった。 その日も、夜勤のイチカワさんと顔を合わすことにはなったものの、ペアになった高校生の子と忙しい時間を過ごし、頭の中は充実していた。退勤したあと、いつもの道を家に向かって歩いていると、向こうからチアキくんが歩いてきていることに気が付いた。 サッと血の気が引き、引き

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      12 教室に入ってきたわたしの様子を見て、友達はなにかを察してくれたらしく、休み時間を返上して話を聞いてくれた。 「その先輩、さゆちゃんとチアキくんとのことを知って牽制してる感じがする。」 「牽制?」 「うん。女の勘なのか、なにかきっかけがあってお花見の時のことを知っちゃったのかはわからないけど。店長に相談するって形で関係を広めて、わたしの彼氏に近づくなよって言ってる感じ」 今朝のイチカワさんの笑顔や、チアキくんとの話を思い出す。そう言われると、もうイチカワさんの挙動のす

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        11 翌日の早朝勤務。店に入ってぎょっとした。その日は、間の悪いことにイチカワさんと交代だった。 昨晩店長に聞いたことは、知らんぷりしようと思った。ユニフォームを着てカウンターに向かうと、フライドフーズの什器点検をしているイチカワさんが「おはよー」と笑った。 わたしはびっくりした。イチカワさんとチアキくんは、笑い方がそっくりだったのだ。 一緒にいるとこうなるんだ、と思った瞬間、頭の隅っこで怖気に近いものを感じた。こんなに分かりやすいサインを見逃していた自分に対しての怖気だ

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          10 チアキくんと入れ替わることもない夕方勤務と早朝勤務が、スケジュール帳を虚しく埋めていた。チアキくんに関しては、店長が「給料もらいにきたよ」とか「シフトの相談されたよ」とか話題に出すので、その存在をかろうじて確認できていた。お花見の夜から、10日近く経っていた。 「なかったことになりそう」という友達の予想は現実味を帯びて、けれど、やっぱりあの告白はあまりにめちゃくちゃだったんだとか、吐くまで酔っていたわたしに幻滅したんだとか、そんなことを一度考え始めてしまうと、自分か

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          9 翌日、初めての二日酔いに見舞われて、いつまでも布団から起きだせないでいた。水も飲まずに何も食べずに、お酒だけ摂るとこうなることを身をもって知った。親と妹に呆れられながら、なんとか部屋を抜け出せたのはお昼近くになってからだった。 顔を洗っているときに、昨晩の出来事が思い出された。 勢いで好きと言ってしまった。そのうえ目の前で、盛大に吐いてしまった。ガンガンと痛む頭を抱えて、何もかも後悔した。できることなら、最初からやり直したい。あまりにもひどい。終わってる。 そして続け

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          8 後からすぐ、たくさんのお酒が入った袋を提げてモリくんが到着した。 「さゆちゃん、どれ飲む?」 わたしはそれまで、缶のお酒を飲んだことがなかった。迷っていると、これなら飲みやすいかな、とチアキくんがピックアップして渡してくれた。 桃の味の缶チューハイだった。 ありがとう、と言うと、「いーえ」と笑ってチアキくんは緑色の瓶の栓を開けた。モリくんもビールの缶を取り、乾杯した。 居酒屋の中でも外でも、話す内容なんてたいして変わることもないが、夜の空気をじかに感じながらお酒を飲む

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          7 3月も半ばを過ぎて、コートが要らない日も徐々に増えてきたある日、わたしがシフト確認のためにコンビニへ出向くと、モリくんが日勤に入っていた。バックルームでオーナーと少しだけ話したあと、飲み物とお菓子を手にして、レジに立つモリくんに渡した。 「今週の土曜、夜あいてる?アヤちゃんと四人で、中央公園で花見しないかって、チアキが言ってたよ」 品物を袋詰めしながらモリくんが言った。わたしは、二つ返事で誘いに応じた。たとえ先約があっても、遅れてでも行くという気持ちだった。 さらに

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          6 春休みに入ってからは、週に一度早朝勤務に入れてもらうこととなった。夜勤と交代するこの時間帯の勤務で、わたしの目論見通り、以前よりもチアキくんと接する機会は増えた。 夜勤終わりの近いチアキくんは、いつも以上にぼけっとしていて可愛かった。 同じく夜勤だったシュウジさんがバックルームに下がったあとも、チアキくんはすぐに退勤しようとはせず、レジ周りの整理をするわたしのそばでぼーっとしていた。 「帰らないんですか?」 「ん?うん、帰るよ」 そう言いながらも、またカウンターに寄

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          5 新大学三年生同士でまたご飯に行こうか、となったのは、春休み目前の寒い頃のことだった。 チアキくん、モリくん、アヤちゃんとわたしで、もはや馴染みとなってきたコンビニ近くの居酒屋で、今年度のお疲れ様会をした。 話題は、どうしたって夏・秋には本格化する就活のことが中心となった。ここで、チアキくんは大学中退と専門学校進学をモリくんとアヤちゃんにも話した。 「まじか。すげーな」「親には何も言われないの?」と、 口々に当然の質問を投げかけるふたりに、チアキくんは少しも嫌な顔を見

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          4 バイトをしていると、苦しさが忙しなく訪れる。わたしは、チアキくんと会話している相手がパートの女性であろうとアルバイトの高校生であろうと、ばかみたいに平等に嫉妬した。 そして、そんな気持ちを瞬きひとつの間くらいの速さで吹っ飛ばすのもまた、チアキくんの挙動だった。 ある日、バックルームで休憩を取りながら店長と何気ない会話をしていると、シフトを確認するためにチアキくんがやってきた。 おしゃべり好きなチアキくんは、そのまま椅子に座りタバコに火をつける。 わたしの心は誰にも知ら

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          3 年度も終わりに差し掛かり、1年生の頃からめいっぱい授業を詰め込んで単位が足りていたわたしは、学年が上がったら少し余裕のある授業の組み立てをして早朝勤務もいれてもらおうかな、と考えていた。 下心はあった。夜勤上がりのチアキくんに会えると思ったし、早朝勤務がもしかすれば被ることもあるかもしれないと。 オーナーと店長に相談すると、快諾してくれた。 目の前のことだけはとりあえず真面目に取り組む、主体性のしの字もなかった自分の、ほんの少しの行動力に、自分でも感心していた。 大学

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          2 ご飯以降も、チアキくんとは、相変わらず勤務の入れ替わりや、たまにお客さんとして店に来た時に言葉を交わすだけだった。けれど、わたしはその一瞬の会話を、心待ちにするようになっていた。 店の外から、カウンターの内側にいる彼の姿が目に入ると心がポンとしたし、夜勤に来た彼が品出し中のわたしに後ろから「おつかれ~」と声をかけてくれると、顔が熱くなった。 わたしはチアキくんに惹かれていた。 だんだんと寒くなってきたある日、夕方の勤務を終えたわたしがバックルームで帰り支度をしている

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          1 大学生の時、わたしは猛烈に恋をした。 当時、実家で悠々と生活をしていた大学二年生だったわたしは、最寄駅近くのコンビニでアルバイトをしていた。小遣い稼ぎではあるが、親身になってくれるオーナー・店長夫婦とバイト仲間に囲まれて、それなりに有意義なアルバイトライフを送っていたと思う。 その中で出逢ったのが、同じ大学二年生のチアキくんだった。 主に夕方からの勤務に入っていたわたしとは違い、チアキくんはいつも夜勤か早朝勤務であった為、初めは勤務交代の時に挨拶を交わす程度だった

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