缶チューハイと桜と涙

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翌日の早朝勤務。店に入ってぎょっとした。その日は、間の悪いことにイチカワさんと交代だった。
昨晩店長に聞いたことは、知らんぷりしようと思った。ユニフォームを着てカウンターに向かうと、フライドフーズの什器点検をしているイチカワさんが「おはよー」と笑った。

わたしはびっくりした。イチカワさんとチアキくんは、笑い方がそっくりだったのだ。
一緒にいるとこうなるんだ、と思った瞬間、頭の隅っこで怖気に近いものを感じた。こんなに分かりやすいサインを見逃していた自分に対しての怖気だ。

なんとか気持ちを切り替えようと、イチカワさんと同じく夜勤だったシュウジさんの作業を手伝ったり、冷蔵庫やフライヤーの温度チェックに回っていると、カウンターの中でぼーっとしていたイチカワさんの方から声をかけてきた。

「さゆちゃんさー、聞いた?店長から」
頭が本当にヒヤッと音を立てた。
その不意打ちにわたしは、知らんぷりしようと思っていたわたしは、思わず「聞きました」と答えてしまった。
イチカワさんは、そっかー、と笑った。

「言ってなかったけど、あたしたち付き合ってるんだー。なんか、この狭いコミュニティの中で言いにくくてさ」
イチカワさんの背はわたしより低い。
だから話をしているときは、低いところから、わたしよりも大きな目をくっと開いて上目になる。
「ですよね、わかります」
なにが”わかります”だ。なにもわからん。
イチカワさんは、先月の自分の誕生日にはチアキくんからこんなプレゼントをもらっただとか、最近チアキくんと喧嘩が多いだとか、そんな話をしてから退勤していった。
わたしは、客足の少ない店の中で抜け殻になっていた。

9時近くになり、日勤の人とほぼ同時に店長も出勤していた。
昨晩のメールに返信をしていなかったことを思い出し、挨拶もそこそこに「店長、昨日、メールごめんなさい」と言うと、そんなことは気にもしていない様子で、日勤の主婦の人も巻き込んで早速ふたりの話題になった。
「もう、びっくりしたわよー!仲良いとは思ってたけどね」

店長の話によると、ふたりの関係を申し出たのは他でもないイチカワさんだったそうだ。
わたしにも話した通り、近頃喧嘩が多く、「店長に相談したくて」という前置きだったらしい。
「いつからお付き合いされてたの?」
主婦の人が「かわいらしい青春話ねぇ」という余裕の構えでそんなことを聞いた。
「もう半年になるんだって。いつの間に?って感じ。全然気づかなかったね。もうチアキくんも、イチカワさんの一人暮らしの部屋に入り浸りなんだって。夜勤もさ、女の子だけだと危ないからって男女ペアにしてたのに、こうなるとあの子たち、夜勤中にも何してたか知れないね」

ボコボコにトドメを刺されたわたしは、その足で大学へ行かなければならなかった為、泣く暇はなかった。
小田急線の線路脇に咲いている桜はもう満開を通り越し、少しずつ黄緑色が見え隠れしていた。
お花見の夜が、もう、見えなくなるほどに遠かった。



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