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缶チューハイと桜と涙

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チアキくんが辞めてすぐ、新しく高校生の女の子がふたり店に入った。夕方の勤務時間帯が被ることも多く、人に教えるという行為を初めて経験してわたしは、これまでとは違う魅力ややりがいをバイトに見出すようになった。

その日も、夜勤のイチカワさんと顔を合わすことにはなったものの、ペアになった高校生の子と忙しい時間を過ごし、頭の中は充実していた。退勤したあと、いつもの道を家に向かって歩いていると、向こうからチアキくんが歩いてきていることに気が付いた。
サッと血の気が引き、引き返すにはおかしな距離まですでに近付いていて、けれどチアキくんはこちらに気付いていないようだったので、わたしはそのまま早足で横を通り過ぎようとした。

「さゆちゃん!」
手首を掴まれて、わたしは、ああ、と思った。
振り返ると、チアキ君がイヤホンを外しながら「ひさしぶり」と、いつもの笑顔に少し申し訳なさを含ませながら言った。わたしも小さく「ひさしぶりです」と答えた。
「あのこと、もう聞いたよね。びっくりした?」
びっくりしました、と頷くと、チアキくんは、だよね、と言った。
「店辞めちゃったけど、これからもたまに飲みにいったりしようね。」
わたしは、薄く笑って頷いた。
チアキくんは、じゃあね、と手を振り、コンビニの前を通り過ぎて帰っていった。

後ろ姿も目で追わなかった。
謝られたらどうしようかと思った。
これで良かった。チアキくんは最後まで、わたしの好きなチアキくんだった。


それから、チアキくんと会うことはなかった。
半年くらいして、店長から、チアキくんとイチカワさんが別れたことを聞いた。
もうわたしには何の関係もないことだった。


3年生の生活も終盤に入り、試験やゼミの進級論文、就職説明会などでスケジュール帳と心が一杯になっていった。就職活動では学歴フィルターなるものがあることを知り、他大学の学生とのグループワークで自身のスキルや経験不足を痛感し、これまでにない部分を擦り減らしながらも、友達と励まし合って日々過ごしていた。

ある日、休息に、という思いで好きなバンドのライブDVDと缶チューハイを買って家で鑑賞していると、あ、と目につくものがあった。
パフォーマンスをするメンバーの、頭上や前方から射す光。
曲調やメンバーの動きに合わせて複雑に折り重なる鮮やかな波は、とても鮮烈で綺麗で、ライブの空気を創り上げる重要な要素に思えた。
これをやりたいんだ。チアキくんは。
すごいなあ。
イチカワさんと付き合っていると知ったときも泣けなかったわたしは、彼を想ってぼろぼろと泣いた。
缶チューハイでは、わたしはもう酔わない。
ようやくこの恋が終わった気がした。

また桜の季節が来る。




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