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缶チューハイと桜と涙

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大学生の時、わたしは猛烈に恋をした。

当時、実家で悠々と生活をしていた大学二年生だったわたしは、最寄駅近くのコンビニでアルバイトをしていた。小遣い稼ぎではあるが、親身になってくれるオーナー・店長夫婦とバイト仲間に囲まれて、それなりに有意義なアルバイトライフを送っていたと思う。

その中で出逢ったのが、同じ大学二年生のチアキくんだった。

主に夕方からの勤務に入っていたわたしとは違い、チアキくんはいつも夜勤か早朝勤務であった為、初めは勤務交代の時に挨拶を交わす程度だった。
地味なわたしと比べて、チアキくんは茶色の髪にパーマをかけてピアスを付けてお洒落な服を着て、明らかに大学生活を謳歌している男の子。卑屈っ気があるわたしは、心のどこかで「違う世界の人だな」と思いつつも、バイト仲間として接していた。

秋の初め頃、「大学生が増えてきたことだし、一度みんなでご飯食べに行きましょ」と言い出したのは、店長だった。
おそらく当時四十歳くらいだった店長は、なんでも開けっぴろげに話してくれるユーモアのある人で、学生バイトからしてみればお母さんのようで友達のような存在だった。誘いを断る人はおらず、後日店長を含めた五人で食事へ行くこととなった。

「ご飯たのしみだね」
夕勤と夜勤の入れ替わりで、チアキくんから声をかけてきた。
「さゆちゃんは酒飲めるの?」
「まだあまり飲んだことないです」
「じゃ〜、ご飯の時すこし飲もうよ。せっかくだから」
そんな会話をした。

開催場所は、コンビニからも近い普通の居酒屋だった。
メンバーは、男の子がチアキくん、モリくん。女の子は、アヤちゃん、わたし。そして店長。
お酒が飲めない店長とは対照的に、男の子たちはよくお酒を飲んだ。わたしはアヤちゃんと、甘いお酒を少しづつ飲んだ。お座敷に座り、脂っこい食べ物と一緒に飲むお酒は美味しかった。

オーナーの前職は転勤が多く日本全国を渡り歩いたという店長の思い出や、モリくんが通っている工業大学の授業の内容、アヤちゃんのキャンパスが陸の孤島にあるなんて話を聞くのはとても新鮮で、楽しい時間を過ごした。

ある時、トイレに立ったあとのチアキくんが、わたしの横に座った。

「お酒どう?」
「美味しいです」
「よかったね~」
慣れない飲酒で、頭は若干ぽわぽわとしていた。チアキくんは隣で、タバコ吸っていい?と言った。どうぞ、と返した。ライターで火をつけて、スーと吸って、フーと吐いて、指先でトンと灰を落とす。家族に喫煙者がいないわたしは、そんな一連の動作を初めて間近で見た。

「さゆちゃんは、あんまり喋んないんだね」
「喋るのがへたくそなんで、聞いてる方が好きなんです」
チアキくんは、ふふっと笑っていた。
指の間にタバコを挟んだまま、ビールのジョッキを持ち上げて飲む。たまに、少しだけこちらを見て、静かに笑う。すべての所作に、余裕があって、こなれていて、わたしはきっと、彼の動きにずっと見とれていた。





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