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缶チューハイと桜と涙

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教室に入ってきたわたしの様子を見て、友達はなにかを察してくれたらしく、休み時間を返上して話を聞いてくれた。
「その先輩、さゆちゃんとチアキくんとのことを知って牽制してる感じがする。」
「牽制?」
「うん。女の勘なのか、なにかきっかけがあってお花見の時のことを知っちゃったのかはわからないけど。店長に相談するって形で関係を広めて、わたしの彼氏に近づくなよって言ってる感じ」

今朝のイチカワさんの笑顔や、チアキくんとの話を思い出す。そう言われると、もうイチカワさんの挙動のすべてがそういう意図で行われていたように思えてしまう。
「気づかずに好きになったわたしがいけなかったのかな」
わたしがぽろっとそんなことを呟くと、友達は、違う。と即答してくれた。
「一番いけないのはチアキくんでしょ。ああ、本当ならもっとぼろくそ言ってやりたいけど、さゆちゃんの好きな人だから我慢しとく」
友達のそんな言葉に、わたしはその日初めて笑った。

こんなことになっても、わたしはチアキくんを責めることができなかった。
善い人ぶっているわけではない。盲目になっているんだと言われればそうなのだろうと思う。
でも、タバコを吸う姿とか、モリくんの話を真剣に聞いているところとか、いつも優しい声、柔らかい笑顔、飲んでいるお酒、着ている服、聴いている曲、わたしが惹かれたチアキくんは確かにその時そこに在って、そこで感じた様々な色の感情をいくら否定しようと、わたしの中から少しもいなくなることはなかった。
ただただ好きだったのだ。

チアキくんはバイトを辞めた。
と、言うのはオーナーから聞いた。
専門学校への入学ももう済んでいると聞いてわたしは、きっとわたしなんかに応援されるまでもなく進む道を心に決めて、動いていたんだろうなと思った。
チアキくんがいないうえにイチカワさんがいるバイト先は、魅力は半減するわ言い知れぬ恐怖は感じるわで、もういっそ自分も辞めてしまおうかと思った。けれど、新しいバイトが入れば店の雰囲気も変わる。そういった変化に、わたしは身をまかせていた。

わたしは、チアキくんの人生に少しだけかすっただけの存在。忘れられない人にも、帰る場所にもなれない、最後までただのバイト仲間だった。


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