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缶チューハイと桜と涙

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バイトをしていると、苦しさが忙しなく訪れる。わたしは、チアキくんと会話している相手がパートの女性であろうとアルバイトの高校生であろうと、ばかみたいに平等に嫉妬した。
そして、そんな気持ちを瞬きひとつの間くらいの速さで吹っ飛ばすのもまた、チアキくんの挙動だった。

ある日、バックルームで休憩を取りながら店長と何気ない会話をしていると、シフトを確認するためにチアキくんがやってきた。
おしゃべり好きなチアキくんは、そのまま椅子に座りタバコに火をつける。
わたしの心は誰にも知られないほどに小さく跳ね始めた。

「二人ともぼちぼち就活が始まるじゃないの」
店長の言葉に、チアキくんは笑った。
「俺、就職どうしようか迷ってんですよ」
店長とわたしは、同時に「え?」と言ってしまった。チアキくんは灰皿にタバコを押し付けて、新しいタバコをくわえた。
「やりたいことがあって。大学中退して、専門学校行こうかと思ってて」
「やりたいことってなによ?」
「ライブとかコンサートの照明の勉強したいんですよね」
ニコニコしながらそう話すチアキくんに、店長は結構、本気で呆れていたようだった。そんな店長の様子に、わたしも何も言えなかった。

夜勤のイチカワさん、シュウジさんと交代し、バックルームに下がって退勤作業をしていると、発注をしていた店長がぽそりと言った。
「あの子、本気で中退する気なのかね~」
「チアキくんですか」
店長は頷き、「せっかく良い大学行かせてもらってんのに、なにが不満なのかしら。ばかねぇ」とぶつぶつ呟いていた。

そんなことない。わたしたちはどれほど夢を持ったっていいはずです。

無論、そんなことは言えなかった。
わたしは帰途につきながら、携帯電話を取り出した。
先日の飲み会の集合場所と時間についてだけやりとりしたメール画面。そこから、新規作成画面を開いた。

大丈夫、メールなら言える。
そう唱えながら、自分にしつこく言い訳しながら、メッセージを打った。
【専門学校、良いと思います。わたしは応援します。】
たったこれだけを打ち込み、送信ボタンを押した後は目を瞑ってすぐに携帯電話をしまった。

家に着いて恐る恐る携帯電話を開くと、返事はなく、落胆を気にしないふりをしてお風呂に入った。携帯電話を握りしめながらドライヤーと歯磨きをし、気持ちを紛らそうと深夜のバラエティ番組を観ている間も音沙汰なし。そんなに変なことを書いてしまったかなと、センター問い合わせを押しては頭の奥がツーンとした。

諦めて布団に入り、携帯電話でインターネットを見るともなく見ていた時、唐突にメールを受信した。

【ありがとー。さゆちゃんならそう言ってくれると思った。】

たったそれだけのメッセージで、わたしはここ数か月で一番の安堵を感じて、本当にばかみたいにぼろぼろ泣いた。



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