缶チューハイと桜と涙

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チアキくんと入れ替わることもない夕方勤務と早朝勤務が、スケジュール帳を虚しく埋めていた。チアキくんに関しては、店長が「給料もらいにきたよ」とか「シフトの相談されたよ」とか話題に出すので、その存在をかろうじて確認できていた。お花見の夜から、10日近く経っていた。

「なかったことになりそう」という友達の予想は現実味を帯びて、けれど、やっぱりあの告白はあまりにめちゃくちゃだったんだとか、吐くまで酔っていたわたしに幻滅したんだとか、そんなことを一度考え始めてしまうと、自分から連絡をするなど到底無理だった。

レジカウンターの中で、朝6時半、まだすこし薄暗い外を眺めながら、夜8時、駅からの帰路につく人々を見つめながら、チアキくんがひょこっと店に入ってくる姿をいつも想像した。そして「この間はごめんね」と彼は言う。「好きって言ってもらえて嬉しかったよ」と言う。「ずっと考えてたけど、俺も好きだよ」と。

そんなこと起こりもしなかった。
チアキくんからの連絡がこない携帯電話をあまり開かなくなったし、他の人がタバコを吸う様なんて気にも留めないし、友達とご飯を食べに行ってお酒を飲んでも酔わない。
わたしは、恋の終わりを想って泣くようになった。

そんなある日の夜、店長からメールが届いた。

【イチカワさんとチアキくん、付き合ってるんだって。知ってた?】

シフト調整の相談だと思い軽い気持ちでそのメールを開いたわたしは、その返信ができないまま布団に入った。
心臓が軋んで、喉の奥がギュッと潰されているようだった。

馬鹿。
彼との間にはなにも生まれてもいなかったのに、ひとりで暴走して本当に馬鹿。間抜け。

自分に向かって知る限りの暴言をぶつけ、この数か月の自分の全てを否定し続けていたら、驚くくらい疲弊した。わたしは寝た。







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