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缶チューハイと桜と涙

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年度も終わりに差し掛かり、1年生の頃からめいっぱい授業を詰め込んで単位が足りていたわたしは、学年が上がったら少し余裕のある授業の組み立てをして早朝勤務もいれてもらおうかな、と考えていた。
下心はあった。夜勤上がりのチアキくんに会えると思ったし、早朝勤務がもしかすれば被ることもあるかもしれないと。

オーナーと店長に相談すると、快諾してくれた。
目の前のことだけはとりあえず真面目に取り組む、主体性のしの字もなかった自分の、ほんの少しの行動力に、自分でも感心していた。
大学と、家のすきまで、チアキくんの存在はどんどん大きくなっていった。

チアキくんの聴いている音楽はとりあえず聴いてみたし、好きなドラマーが演奏する姿をYouTubeで探して何度も観た。チアキくんがスキニーデニムを履いていたらわたしも買ったし、チアキくんと同じような黒のPコートを着ている大学の友達を、彼女のあずかり知らぬところで嫉妬したりした。

めちゃくちゃだった。
恋愛経験などゼロに等しいわたしは、素直に距離を縮める方法なんてわからず、じめじめと動き回ることしかできなかった。
彼のすべてを取りこぼしたくなくて必死だった。

ある日の夜は、チアキくんとイチカワさんが夜勤だった。
「就活うまくいかないんだよね」
「もう面接とか始まってんの?」
「早いところは4月には内定出すからねー」
レジ締め作業をするイチカワさんと、タバコの補充をするチアキくん。
夕方勤務の最後の作業をしながら、わたしはふたりの会話に耳を傾けた。
当時は今よりも就職活動のスタートが早く、また数年前に起きた金融危機が尾を引いている中で就活生は苦境に立たされていた。

「君は良い大学行ってるから、来年の就活もそんなに問題ないだろうね。あたしが就職失敗してフリーターになったら、養ってよ」
そんなことを、そんな大胆なことを、イチカワさんは平気な顔で言った。チアキくんも、へらへらしながら「いいっすよ」とか言った。

わたしは、モヤモヤとイライラとを抱えて退勤した。
抑えていないと、イチカワさんを、チアキくんと親しく話せるすべての人を敵認定してしまいそうで、自分がこわかった。


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