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缶チューハイと桜と涙

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ご飯以降も、チアキくんとは、相変わらず勤務の入れ替わりや、たまにお客さんとして店に来た時に言葉を交わすだけだった。けれど、わたしはその一瞬の会話を、心待ちにするようになっていた。
店の外から、カウンターの内側にいる彼の姿が目に入ると心がポンとしたし、夜勤に来た彼が品出し中のわたしに後ろから「おつかれ~」と声をかけてくれると、顔が熱くなった。

わたしはチアキくんに惹かれていた。

だんだんと寒くなってきたある日、夕方の勤務を終えたわたしがバックルームで帰り支度をしていると、食品の廃棄チェックを終えたチアキくんが入ってきた。
「おつかれさま」と、
優しく笑って言うチアキくんに、夜勤がんばってください、と返す。すると、チアキくんが、あ、と声をあげた。
「今度、バイトメンバーだけでまた飲みにいかない?他の大学生も誘って」
「いいですね」
「連絡先教えとく」
デニムパンツのポケットから取り出された黒い携帯電話を通じて、わたしはチアキくんの連絡先を手にした。

帰り道、
手の中で光る、名前と電話番号とメールアドレスを、何度も何度も見返した。

飲み会には、アヤちゃんは来られず、モリくんと、前回来ていなかったシュウジさん、イチカワさんが参加した。シュウジさんは頭の良い有名大学の学生、イチカワさんはわたしよりも背が小さくて目の大きな可愛らしい人で、二人とも、一つ上の就活生だった。

「さゆちゃんとゆっくり話したかったんだ」と、向かいに座るイチカワさんは言った。イチカワさんも、チアキくんと同じで夜勤が多く、これまでまともに喋ったことがなかった。女の子の先輩がそう言ってくれたのは、素直に嬉しい。そんなイチカワさんは、見た目に似合わず、強いタバコを吸っていた。

料理の熱と、タバコの匂いと、みんなの話し声がこもった居酒屋の空気を、わたしは好きだなと、思うようになっていた。そして、周りの話を聞いてばかりのわたしに、チアキくんはさりげなく、会話を投げてくれた。

「さゆちゃんは、音楽なに聴いてる?」「RADWIMPSとか、チャットモンチーとか」「バンド系好きなのか。俺、実はバンドでドラム叩いてるんだよ」

チアキくんがドラムを叩くところを、見てみたいと思った。メールアドレスに、好きなドラマーの名前を入れてるんだよ、とも教えてくれた。

チアキくんのことをもっと知りたくて、そばにいきたくてしょうがなかった。向かいの席で、チアキくんの隣に座るイチカワさんを、羨ましいと思った。またこの間みたいに、隣に来てくれないかなとずっと考えていた。

向かいから見るチアキくんは、なんだかちょっと遠かった。



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