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缶チューハイと桜と涙

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春休みに入ってからは、週に一度早朝勤務に入れてもらうこととなった。夜勤と交代するこの時間帯の勤務で、わたしの目論見通り、以前よりもチアキくんと接する機会は増えた。

夜勤終わりの近いチアキくんは、いつも以上にぼけっとしていて可愛かった。
同じく夜勤だったシュウジさんがバックルームに下がったあとも、チアキくんはすぐに退勤しようとはせず、レジ周りの整理をするわたしのそばでぼーっとしていた。

「帰らないんですか?」
「ん?うん、帰るよ」
そう言いながらも、またカウンターに寄っかかって、たまに来るお客さんの対応を手伝ってくれたり、ぽつぽつ喋ったりした。
そうして、少しすると、気が済んだかのように「ばいばーい」と帰っていった。

わたしは、うぬぼれていたと思う。
こんな訳のわからない行動ひとつひとつにも、意味を持たせたくてしょうがなくなる。

この頃になると、大学の友達にもチアキくんの話を少しだけするようになっていた。これまで浮ついた話を全くしてこなかったわたしに、友達は真剣に向き合ってくれた。
生活も、思考も、心も、わたしの中心はだんだんとチアキくんになっていった。

ある日、日勤として働いていると、夕方勤務を控えたイチカワさんが店に入ってきた。挨拶をすると、続いてチアキくんが入ってきたので、瞬時に頭の中がザワザワと音を立てた。
目が合うと、チアキくんは「イチカワさんとはそこで会ったんだ。俺はシフト見に来た」と笑っていた。
その後も、勤務開始までチアキくん、店長とバックルームで会話をしているイチカワさんの話し声に、わたしは嫉妬をつのらせた。

わたしもチアキくんと話したい。
たまたま道端で出会って並んで歩きたい。

わたしの退勤までバックルームにいるかな、と考えてみたけど、そんな薄甘い期待を消し去るように、チアキくんは帰っていった。
近づいたり離れていったり、意思を持たない波のようで、わたしはいつも彼に翻弄されていた。



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