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千葉奈穂子 父の家 My Father’s Houseギャラリートーク 第3回

 展示「千葉奈穂子 父の家 My Father’s House」に合わせて開催したギャラリートークの記録です。
 千葉奈穂子が制作の経緯、写真を始めたきっかけ、過去作品や展示中の新作などについて、お客様からの質問も交え、3回にわたってお話ししました。


<ギャラリートーク第3回>
2022年5月14日

【目次】

・父の家のこと
・エッセイ集『父の家 2022』 より「冬の家」と祖父母の服のエピソード
・「父の家」より冬の作品と、過去と現在の風景
・制作の裏側(暗室作業と撮影)
・「時の層 Layers of Time」を制作した青森のこと
・今後の制作と、もう一つのお話

聞き手: 佐藤拓実(Cyg art gallery キュレーター )

*ギャラリートークの様子は、Cyg art galleryのYoutubeでご覧いただけます(第1回前半を除く)。

(佐藤)みなさまお集まりいただきありがとうございます。Cyg art galleryの、写真家・千葉奈穂子さんの個展「父の家 My Father’s House」の3回目のトークを始めます。
 私はCyg art galleryのキュレーター、佐藤と申します。よろしくお願いいたします。こちら千葉奈穂子さんです。よろしくお願いします。

(千葉)よろしくお願いします。

(佐藤)(マイク)入ってますね。

(千葉)はい。入ってます。

(佐藤)ということでですね、今日いらした方は、もしかしたら以前来ていただいた方もいたりとか、Cygに初めて来たよという方もいらっしゃるかなと思うので、一応前のトークと重なる部分もあるんですけど、展示の概要というか、テーマになっている「父の家」というのがどういう場所なのか、からお話を始めていければと思います。
 ここから千葉さんにご説明していただこうかと。

(千葉)千葉奈穂子と申します、今日はよろしくお願いします。展覧会に来てくださって、本当に感謝の気持ちでいっぱいです。私がいつも撮影をしている岩手県で、展示の機会をいただいたことにも、本当に感謝しています。ありがとうございます。

父の家のこと

 「父の家」は、私が20数年撮影している父方の古い実家で、岩手県の花巻市東和町の山麓にあります。1978年に私の祖母がなくなってからは、家は空き家になっています。
 
 祖父母の代までは代々山麓で農業をしていましたが、父が町で働くようになり、そこで私も生まれて、父の家は誰も住まなくなりました。でも、私は小さい頃から、父さんと私たち家族はよく父の家に通って、畑や山の手入れを続けてきました。

1998年に、初めて私が写真を撮るようになったとき、最初の被写体は、父の家とこの集落でした。この場所に来ると、何十年、百年、二百年のような時間や、もっと前かもしれませんが、この土地の長い時間を感じながら撮影をしています。

 今は集落の人も減っているので、風景もどんどん変わっています。その中で、過去の時間と現在の時間を感じながら撮影をしています。それと同時に、これから先の未来のこともイメージしながら続けようと思っています。

エッセイ集 『父の家 2022』 より「冬の家」と祖父母の服のエピソード

(佐藤)はい。ありがとうございます。花巻の東和町にある「父の家」のお話を伺ったのですけれども、いつも千葉さんのスタイルとして、写真撮影しつつ、エッセイも書かれているということで、今回たくさん会場の中にもエッセイが貼り出されていまして、作品に関係あるエッセイも一緒に読んでいただくことで、より制作の理解が深まると思いますけども。
一つ読んでみますか、どれか。

(千葉)はい。エッセイの一部を。

(佐藤)今回展示しているエッセイは一冊の本にまとまって販売していますので、良かったらお帰りにお買い求めください。

エッセイ集 千葉奈穂子 『父の家 2022』

(佐藤)前回は、「母屋の柱」ですね。

(千葉)まだ読んでないです。

(佐藤)まだ読んでないか。

(千葉)今日は「冬の家」を。

(佐藤)では今日は「冬の家」というのを読んでいただこうかと思います。

(千葉)はい。「冬の家」という章はすこし長いので、短めにお話しします。

『私は、父の家に行く前に、東和町の土沢にやって来た。
雪は積もっていなくて、今年は雪が少なかったそうだ。
溜め池に雪がたまっていないので、
田んぼに十分な水を引くことができるかどうか、
農家さんたちは心配していると聞いた。

私がでかけるとき、父が、
雪はまだあるだろう、山に近い場所だからな。
と言ったとおり、父の家の田も道も白く覆われていた。
ウサギとタヌキの足跡が、雪の上で交差している。
ウサギはクリの古木のある斜面でジャンプしている。
動物たちの足跡と並行して、私も雪の上に跡をつけて歩く。
父の家の母屋は、いつもの姿で建っていた。』

(エッセイ集 千葉奈穂子 『父の家 2022』より)

(千葉)父の家には、母屋があります。家の周囲には木小屋や鶏小屋などもあって、本当に古い農家の形が、崩れながらも残っています。
 「冬の家」という章を書いたのは、寒い時期になると、動物たちがどんなふうに暮らしているかがだんだん見えてくるので、このエッセイを書きたかったのです。

《祖父母の服 2005年》39.5×60.0cm、黒谷和紙にサイアノタイプ、2022年
《Clothes of My Grandparents,2005》39.5×60.0cm, Cyanotype on Kurotani Paper, 2022 ©Naoko Chiba

 こちらの作品、《祖父母の服 2005年》のように、母屋の中には四十年、祖父母の服が長押に掛かっていて、ほんの少しガラス戸を開けるとこの二つの服が見えます。それを見るとき、あぁ父さんの家に来た、おじいさんとおばあさんがここにいるんだと、強く感じる瞬間があります。

 実は父の家の母屋は、梁が一本一本落ちてきています。でもいつも不思議に思っていたのですが、家が壊れてきても、下から何本かの木が生えてきて、木が梁を押し上げてくれるのです。補強の柱のほかに、木に母屋を支えてもらっていると思っています。その木もだんだん大きくなって、また梁が落ちていく。そういう家の中で、かつて人が作ったものと自然の力が動いているというのを見ていました。

 その梁に、おじいさんとおばあさんの服が掛かっているので、私はどうしてもあの服を、取りに行きたかったんです。でもそれはとても危険なことで。中に入ってはいけないって、父から言われているのですが、私はときどき秘密にして、いろいろ確かめながら、すこし中に入ってみたりします。

 ある時、知り合いの方にその服の話をしたら、取ってきてくださったのです。私は本当に嬉しい気持ちと、すごく申し訳ない気持ちでいっぱいでした。
今、この服は手元にあります。もしそのままだったら、梁がおちた時に一緒に、土にかえっていくんだなぁって。そういうことを何年も考えて暮らしています。

「父の家」より冬の作品と、過去と現在の風景

(佐藤)ありがとうございます。そうですね、父の家の話から始まって、千葉さんの後ろにあるのが、祖父母のお洋服で、いまそのお話を伺ったんですけれども。今まで3回トークをやってきて、この辺の作品の話をできなかったので、冬の作品とか、こっちの青いサイアノタイプ・プリントの話を伺っていこうかなと思います。
今、冬についてのエッセイをお読みいただきましたが、その一番端からいきましょうか。そちらの作品についてのお話から聞ければと思うんですけれども。

(千葉)はい。真ん中の写真は、「たらぽ山」を写した《冬のたらぽ山 2021年12月》という作品です。「たらぽ山」というのは、私の父がそのように呼んでいる山です。タラノメがたくさん採れる山のことです。

《冬のたらぽ山 2021年12月》36.5×54.5cm、ゼラチン・シルバー・プリント、2022年
《Mt. Tarapo in Winter, December 2021》36.5×54.5cm, Gelatin silver print, 2022 ©Naoko Chiba

 (千葉)たらぽはとても生命力が強くて、切っても切ってもすぐ伸びて、かなり大きな山になったのです。冬になると、この作品のように、たらぽ山の形が見えてきます。この1、2年で撮った写真が、ゼラチン・シルバー・プリントの作品です。
「たらぽ山」という風景も、私は何年間も撮ってきました。これは、2006年に撮った《たらぽ山 2006年》という作品で、すこし角度が違いますが、同じ場所です。

《たらぽ山 2006年》和紙にサイアノタイプ・プリント
《Tarapo Mountain, 2006》Cyanotype on washi paper ©Naoko Chiba


(佐藤)あの奥に写っているのが「たらぽ山」ですね。

(千葉)手前です。

(佐藤)手前?手前ですか?

(千葉)はい。手前の小さい山です。

(佐藤)あ、手前に山があって、また奥に山が。

(千葉)そうですね。

(佐藤)あぁ、はい。

(千葉)山が連なっているんです。

(佐藤)なるほど。なるほど。

(千葉)こんなに小さいのですけれども山と呼んでいて。裏山もそうですし、盛り上がっている場所は山と呼んでいます。
 こちらの《たらぽ山 2006年》という作品を見ると、たらぽがこんなに大きく山を覆う様子が写っています。

(佐藤)なるほど。こんな小さい山だったんですね。
訊いておいて良かったです(笑)。わかりました。なるほど。

(千葉)ありがとうございます。

(佐藤)このたらぽ山があって、これもそうですけど、手前にお家の畑がある、という感じですか。

(千葉) はい。田んぼになります。

(佐藤) 田んぼですか。

(千葉) はい。

(佐藤) ありがとうございます。

(千葉) 同じ角度で何回も撮っている場所です。
 佐藤さんの後ろは、《雪畑 2021年12月》という作品です。ギャラリーの入口側には《夏畑 2021年6月》という作品があって、夏はもう「夏畑」というより「草畑」のようになっています。

(佐藤)(ギャラリーに)入って来て3番目の作品ですかね。

(千葉)はい。

(佐藤)はい。皆さんはぜひ後ほどご覧ください。

《夏畑 2021年6月》36.5×54.5cm、ゼラチン・シルバー・プリント、2022年
《The Fields in Summer, June 2021》36.5×54.5cm, Gelatin silver print, 2022 ©Naoko Chiba


(千葉)はい。同じ場所です。どんなに草が生えても、雪の季節になると、また同じような風景が現れます。

 集落を歩いて裏山や田畑を見ると、自然は本当にすごい力を持っていると感じます。
 裏山から伸びてくる木々の枝や、急成長する藪によって、人が作った家や小屋はどんどん壊されていきます。ほんの1~2年の間、畑や田んぼの手入れをしないでいると、田畑は茂みや草むらに変わって、自然の元の姿に戻ろうとします。そういう風景も、この場所では現われます。

《雪畑 2021年12月》36.5×54.5cm、ゼラチン・シルバー・プリント、2022年
《The Fields in Winter, December 2021》36.5×54.5cm, Gelatin silver print, 2022 ©Naoko Chiba

(佐藤)こちらに写っているのは、どういう小屋なんですか。

(千葉)左が鶏小屋です。

(佐藤)鶏小屋って、あの(ギャラリーの壁の)手前にある。

(千葉)はい。真ん中が木小屋で、山で集めた焚き木やいろいろな道具などを置いておく場所です。右にすこし写っているのは、母屋の柱と屋根です。
母屋を正面から写した写真がないのは、たくさん撮っているのですが、今はまだお見せできないからです。壊れていく姿をプリントして像を定着することは、どうしても、今はむずかしいのですが、必ずプリントをします。

(佐藤)なるほど。ありがとうございます。


《クリの木と雪 2021年12月》54.5×36.5cm、ゼラチン・シルバー・プリント、2022年
《A Chestnut Tree in Winter, December 2021》54.5×36.5cm, Gelatin silver print, 2022 ©Naoko Chiba


(佐藤)この作品《クリの木と雪》という作品ですけども、真ん中のがクリの木ですか。

(千葉)そうですね、このクリの木は、成長が早いので何回も切りました。毎年かなり大きいクリがとれるので、ここで採っています。後ろの右側は、梅の木です。その奥に見えるのは、たらぽ山です。少し見えます。
家の周りには、食べ物が実る木々が植えられていて、何十年も手入れもせずにそのままなのですが、毎年実をつけてくれるので収穫をしています。私は父の家に通って、ここで山からの恵みをいただくとき、心から感謝の気持ちと喜びが湧いてきます。
(佐藤)左側の木も何か生えるのでしょうか。実とか。

(千葉)これはキャラボクって言っていました。

(佐藤)キャラボク。

(千葉)実るけど、食べ物はないです。
 この《クリの木と雪 2021年12月》という作品に関するエッセイを、エッセイ集の一番最後に載せました。

(佐藤)これの最後に。ありがとうございます。
こちらの作品の話もしましょうか。サイアノタイプの。

(千葉)そうですね。今回ゼラチン・シルバー・プリントとサイアノタイプ・プリントの、2種類の作品を展示しています。この青いサイアノタイプのプリントは、1998年から2006年にかけて撮った写真の中から、今回新しくプリントしたものです。

Cyg art gallery企画展 千葉奈穂子 「父の家 My Father’s House」展示風景
(会期:2022年4月27日-5月15日) 撮影:千葉奈穂子


(千葉) 2つの種類のプリントを展示したのは、同じ場所を見ている中で、私自身が、過去の時間と現在の時間を、揺れ動きながら記憶したり、今の時間を見つめていたりするからです。集落の様子も年々変化していくので、様々な時間を表したかったのです。今回、20年も前の写真も、もう一度プリントしました。


《畑で働く父 1998年》39.5×60.0cm、黒谷和紙にサイアノタイプ、2022
《My Father Working in the Fields,1998》39.5×60.0cm, Cyanotype on washi paper, 2022 ©Naoko Chiba


《畑の長靴 2006年10月》60.0×41.0cm、黒谷和紙にサイアノタイプ、2022
《Boots for the Field, October 2006》60.0×41.0cm, Cyanotype on washi paper, 2022 ©Naoko Chiba



(千葉)今回、この1、2年に撮影した写真を多く展示しています。この場所が、みんなに忘れられるような場所ではなくて、今こういう風景になっていることをもっとよく見て、プリントに定着したかったのです。


Cyg art gallery企画展 千葉奈穂子 「父の家 My Father’s House」展示風景
(会期:2022年4月27日-5月15日) 撮影:千葉奈穂子


(佐藤)ありがとうございます。今お話いただいたように、サイアノタイプのほうが比較的、以前撮影したものをこのように今回プリントして、それとほかのゼラチン・シルバー・プリントですね、白黒のプリントのほうが、比較的最近のプリントで、こういう現在との比較を見せたいと。ありがとうございます。

制作の裏側 (暗室作業と撮影)

(佐藤)では今回は2種類のプリントで構成された展示で、少し前の風景と現在の風景との対比みたいな構成になっているわけですけれども、なかなか写真をやられている方じゃないと、どうやって作っているんだろう?とか、あのプリントの青い色や黒い色の違いがでるのも不思議だなと感じたりすると思うんですけども、そういう制作の裏側を今日はお見せできればと思って、少し写真をご用意していただいたんですよね。お願いします。

(千葉)はい。これは暗くて見えにくいのですが、暗室作業の様子です。フィルムで撮影して、現像して、プリントするところまで一人で行います。


暗室作業の様子(引伸機)


(千葉)暗室は、セーフライトの光以外は、本当に真っ暗です。プリント作りは、ネガフィルムに光を通して像を得て、印画紙に定着していくという作業です。
撮ったときの想いや時間のほかに、もう一つの時間、プリントするときの想いや時間がまた重ねられていく、そういう作業だと思って大事にしています。

(佐藤)ネガに光を通すことによって、その下にある印画紙に、(現像の)化学変化で像がうつる、ということですね。

(千葉)はい。そうです。

(佐藤)ご自宅にあるんですか。

(千葉)はい、そうです。

(佐藤)ちゃんと設備があるんですね。

(千葉)はい。

(佐藤)これはどういう道具を使うんですか。光を投影する道具とか。

(千葉)はい。すこし見えにくいのですが、引伸機という機材です。
 いろいろな暗室道具は、実は譲っていただいたものもあって、大事に使っています。本当に大事な道具です。


サイアノタイプ・プリント作品《畑の長靴 2006年10月》水洗の様子 ©Naoko Chiba

(千葉)これはサイアノタイプ・プリントを水洗しているところです。

(佐藤)あの作品ですか?

(千葉)はい。そうです。長靴が写っている作品、《畑の長靴 2006年10月》の像が、水の中で印画紙の表面に浮かび上がって、水洗をしているところです。
 楮の和紙にプリントしているので、私の場合は3時間ほど水洗しています。奥にあるプリントは2時間ほど経ったもので、手前のプリントは3時間経ったものです。

(佐藤)水洗していくと、どうなるんですか。像ははっきりしてくるんですか。

(千葉)そうですね。はっきりしてきます。
 私はいつも不思議な気持ちになるのですが、露光をしたあと、印画紙には潜像(見えない像)というものができて、それが現像液や、サイアノタイプの場合は水の中に入れると、ゆっくり像が浮かんでくるのです。
 何年プリントをしても、白い印画紙に像が浮かんでくる場面を見る時、私は毎回感動しています。

 これまでたくさんの失敗もして、像がうまく出ない時もありましたが、そのようなときは何か原因があるので探ってきました。印画紙に像が浮かぶ瞬間を見ることは、私には写真の魅力の一つのように感じています。

(佐藤)不思議さが写真の魅力なんですね。

(千葉)これは、そちらに展示しています《鶏小屋 2021年3月》の写真をプリントしている過程です。引伸機を使って、フィルムのネガを、大全紙サイズの印画紙に引き伸ばして露光しているという作業中の写真です。


ゼラチン・シルバー・プリント作品《鶏小屋 2021年3月》の制作の様子 ©Naoko Chiba

(千葉)わずかな光を当てて像が浮かぶのは、本当に不思議に感じますし、何度プリントしても面白いです。そして一番よく思うことは、撮ったあとに、出来上がった写真を見て、写真から何か教わることがあるといつも感じます。自分では気づいていなかったことに気づかされたり、こういう見方が写ると感じさせられることもたくさんあります。

(佐藤)この光はどのくらいの時間当てているんですか。

(千葉)そうですね、この大全紙のバライタ紙にプリントをするときは、全体的に75秒くらい露光しています。部分的に焼き込みをするときは、場所によっては90秒とか、2分以上露光する場所もあります。時間はかかりますが、一つ一つ、露光の場所を確かめながらプリントします。

(佐藤)光を長く当ててると、像は白くなる?どういうふうになるんですか?

(千葉)黒くなります。弱いライトを使っているので、露光時間が長くなります。その間にたくさんの焼き込みなどができるので。

(佐藤)焼き込みというのは、どういうことですか。

(千葉)はい。焼き込みは、白黒の濃淡、トーンを出すために、部分的に長く露光することです。「焼き込む」という言い方をします。露光時間を長くしてもう少し黒を出す、そういうことを暗室の中でします。

(佐藤)プリントするときの調整を経て作品ができるのですね。

(千葉)そうですね。なかなか暗い場面なので、映像を撮るのはむずかしそうですね。

(佐藤)そうですよね、こういうものは全部暗室でやる作業ですよね。

(千葉)はい。そうです。

(佐藤)ありがとうございます。これは何ですか?


ゼラチン・シルバー・プリント作品《鶏小屋 2021年3月》の水洗とアーカイバル処理の様子
©Naoko Chiba


(千葉)はい。これは、現像液などを通して定着した水洗中のプリントです。

(佐藤)これはこのゼラチン・シルバー・プリントの水洗の様子ですね。

(千葉)はい。

(佐藤)サイアノタイプのほうは水洗にすごい時間がかかるようでしたけど、これはどのくらいなんですか。

(千葉)RCペーパーという印画紙ですと10分くらいで良いのですが、私はバライタ紙という印画紙にプリントしているので、長めに30分ほど水洗します。

(佐藤)ありがとうございます。いま2種類の、サイアノタイプと、ゼラチン・シルバー・プリントのお話を聞いたんですけど、これらの色は、撮影をするときは一緒なんですよね。

(千葉)はい。そうです。

(佐藤)この色の違いというのは、どこででてくるのですか。

(千葉)そうですね、印画紙が違います。サイアノタイプの印画紙を私は手作りしています。薬品を混ぜて感光液を作り、和紙に塗布して乾燥させて印画紙を作ります。それから露光してプリントします。そういう過程です。

(佐藤)その印画紙を作る過程の薬品の違いと言うことですね?

(千葉)そうですね、色の違いは薬品や印画紙の違いです。

(佐藤)なるほど。これが印画紙の和紙ですか?


印画紙用に使っている和紙と印画紙作りの様子


(千葉)はい。これは印画紙を作るときに使っている手漉き和紙です。私は2種類使っています。黒谷和紙と岩手の成島和紙という、楮の紙を使ってプリントします。

(佐藤)今回の作品は黒谷和紙ですね?

(千葉)そうですね。

(佐藤)やっぱりサイアノタイプって必ずしも印画紙は和紙ではないと思うんですけど、和紙にプリントしたときの良さや違いはあったりしますか?

(千葉)そうですね。楮紙の繊維に、感光液がすごく深く浸み込むので、出てくる色も濃いのです。濃いめの色を出したくて使っています。水洗すると紙の繊維がすこしほつれて、楮の荒々しい感じが写真の表面にでてきます。
 黒谷和紙や成島和紙の使い方をいろいろ試して、プリントできるようになりました。

(佐藤)なるほど。ありがとうございます。これは撮影の様子ですね。

(千葉)はい、そうです。

(佐藤)これはどこで撮った写真ですか?

(千葉)父の家の前です。

(佐藤)あ、前で。

(千葉)昨年の6月に草がたくさん生えている中、草をこいで撮影をしたとき撮ったものです。カメラを持っていたので、この写真を選びました。

(佐藤)いつもこのカメラで撮影されているんですね?何台か持ってますか?

(千葉)はい、何台かカメラを持っています。このニコンのF2はよく使います。
 あとはブロニカ(ゼンザブロニカ)も使います。ブローニー判という、大きめのフィルムを使う、6×6(ロクロク)で撮れるカメラです。

(佐藤)ロクロクというのは。

(千葉)6cm×6cmのフィルムを使うカメラです。あと4×5(シノゴ)と言うカメラも、ピンホールで撮るときなどにも使います。

(佐藤)今日の展示の作品はどのカメラですか?

(千葉)ニコンF2です。

(佐藤)ありがとうございます。そのような撮影をし、印画紙作って、感光して、水洗して、プリントが出来ている、ということですね。

(千葉)はい。

「時の層 Layers of Time」を制作した青森のこと


(佐藤)トークも後半になってきましたが、千葉さんが写真の制作活動を続けてきて、今まではサイアノタイプが使われることもあったり、ピンホール・カメラで撮影したり、今回のようにプリントはサイアノタイプだったり、ゼラチン・シルバー・プリントだったりというわけなんですけれども。
 「父の家」というのは今回のテーマですね。ライフワーク的な作品で、写真撮影を始めた頃からの被写体なんですけども、そのほかのところではどういう制作をされているのか、というお話も聞ければと思ったんですが、どのお話からいきましょう?今日は作品集をお持ちいただいているんですけど。

(千葉)はい。そうです。

(佐藤)国際芸術センター青森での滞在制作のときの記録の本ですね。

(千葉)はい、そうです。2016年に青森に滞在して展示をしました。「普遍的な風景 -Ubiquitous Views-」という展覧会でした。
 その時私が取材をしたのは、青森の各地に残っている、漁師さんが着ていたサグリという服や、裂織のコタツ掛けなどでした。最初にサグリを作っている方々を探しました。でも漁師さんたちは、今はサグリを着ないそうです。サグリ自体を作っている方は今はいらっしゃらなかったのですが、裂織は続いていました。

《光とサグリ、深浦町》115.0×144.0cm、ラムダプリント、2016年
《Gleams in the Saguri work clothes, in Fukaura town》115.0×144.0cm, Lambda print, 2016 ©Naoko Chiba
《船小屋、旧三厩村鎧島付近》115.0×144.0cm、ラムダプリント、2016年
《A hut of the ship, by the former Minmaya village Yoroijima》115.0×144.0cm, Lambda print, 2016 ©Naoko Chiba

(千葉)昔はどうしても物が少なかったので、寒さをしのぐために、丈夫に作ったサグリに、ほつれた部分があれば布を当てたりして、直して代々着たそうです。青森でそういう裂織に出会ったとき、私は、父さんの家に残っているもののことや、祖父母の代や、もっと前の人たちが、同じような思いで物を作ったり暮らしたりしてきたのだろうと感じさせられました。


《サグリ、旧平舘村》144.0×115.0cm、ラムダプリント、2016年
《Saguri work clothes, in former Tairadate village》144.0×115.0cm, Lambda print, 2016 ©Naoko Chiba

(佐藤)それで、作品がこういう……。

(千葉)はい。

(佐藤)これは撮影の方法は普通のカメラですか。

(千葉)これはピンホール・カメラで撮りました。サグリが使われていた場所や、漁師さんたちがいた場所を撮りました。サグリを作ってきた場所などを聞いて、海沿いや閉村した地域を歩きました。
漁師さんたちはこんなふうに暮らしていたんだろうなぁと想像しながら撮影をしました。


《外ヶ浜町のホタテと漁師》144.0×115.0cm、ラムダプリント、2016年
《Scallops and a fisherman in Sotogahama town》144.0×115.0cm, Lambda print, 2016 ©Naoko Chiba

(佐藤)ホタテの貝と一緒に撮ったのですね。右側の、こちらは何ですか?

《奥州街道にて》144.0×115.0cm、ラムダプリント、2016年
《In Oshu Kaido》144.0×115.0cm, Lambda print, 2016 ©Naoko Chiba

(千葉)これは奥州街道にあるお地蔵様です。海のほうを見ていらっしゃって。海にでかける漁師さんたちの安全を願っていると思って。とても大事にされているのが伝わってきました。それで撮りました。

(佐藤)これはぜひ中身をじっくり近くで見ていただきたいんですけど。
イメージが二重になっている作品が結構あるんですよね。これはどういうふうにやると二重になるんですか。

(千葉)これは、二重露光という手法で、二回シャッターを切っています。
 現在残っているサグリや、サグリが作られていた場所など、時間や場所の違いをつなぎ合わせたいと考えました。それで二重、三重の露光をしてプリントを作りました。

(佐藤)別々の場所で撮影して、同じフィルムに焼くことでこういう像ができる。それが時間的な隔たりや場所的な隔たりも内包している、ということですね。

(千葉)はい。

(佐藤)ありがとうございます。

(千葉)この作品のタイトルは「時の層」というのですが、時間の層がテーマになりました。
父の家の撮影やプリントをしながらいつも、時間というものをとても感じます。過去と、今と、これからと、という時間の中で、今の私たち、そして私は、何を大切にして何を残していくのかを自身に問いかけて制作しています。


「父の家 My Father's House」より 《石と語る》和紙にサイアノタイプ・プリント、2011年
From the series of ‘My Father's House’《The Stone Said》Cyanotype on washi paper, 2011 ©Naoko Chiba

今後の制作と、もう一つのお話

(佐藤)そのような青森での制作とか、フィンランドで滞在制作されたりとか、あとは東北だと、福島県南相馬市で制作されたりもしているんですけれども。そろそろもうトークもお開きのお時間かなと思いますので、今後の制作とか活動について何か考えていることや展望をお聞きできればと思うのですけれども、いかがですか。

(千葉)はい。父の家のある場所は、生きているかぎり撮ります。私は風景や物の中に、見えなくなっていくものがあるといつも感じていて、時代が変わっていく中で、見えなくなっていくもの、それはやっぱり撮りたいと思っています。

 それからもう一つ、先ほどご紹介していただいた、南相馬を撮っている「浜辺のまち」という作品制作も続けます。今コロナもあって、南相馬に行っていない年もあるのですがこれからも撮ります。父の家と似たような風景が広がっている場所なんです。震災前から続いてきたものをたくさん見て、そして、これからどうなっていくのか、ちゃんと見ていきたいと思っています。
 多くの方々に本当にお世話になって、今までこうして撮影を続けることができましたので、教えていただいた地域のことや、地域にとって本当に大事なことを伺って、文章や写真、本の形にしていきたいと思っています。

(佐藤)南相馬はいつごろから、何年くらいですか。

(千葉)始めて行ったのは、2012年の2月です。珍しく雪が積もっていました。その時から撮っています。

(佐藤)これ(『浜辺のまち』)は2017年に、一度その制作やエッセイをまとめたということですね。

(千葉)はい、そうです。

(佐藤)各地での写真の撮影をしていったりとか。
あと写真集出したりとか、というのも計画していたり、あるんですか?これからですか?

(千葉)はい、これからです。

(佐藤)これから計画されている。「父の家」ですか?

(千葉)はい、そうです。
 写真作品とエッセイをまとめた写真集「父の家 My Father’s House」を出版したいので、準備をしています。

(佐藤)あと、何かご来場のお客さまから、この場ですこし聞いてみたいことがあれば質問を受け付けますが、よろしいですか。もし聞きにくければ、このあとも在廊されるのでその時でも大丈夫です。

(千葉)今日はちょっと緊張して、言葉が少なくて。

(佐藤)大丈夫です。

(千葉) 申し訳ないです。父の家と同じような場所が、東北や日本各地の地域にたくさんあります。国が違ってもそれはありますので、そういう所を訪れて、見て、考えていきたいです。地域の方々に伺って文章を書いたり、写真を撮ったりしながらその背景にあるものを知りたいと思っています。
 あと一つだけ、お話をさせていただくと。

(佐藤)はい。

(千葉)父の家のある場所は、地名の中にアイヌ語が含まれている、ということを、父から教わりました。それを聞いたあと、家の屋根裏にまだのぼることができたとき、屋根裏にイナウがあるのを見つけたのです。イナウを彫るときに使うような短刀も置いてありました。錆びていたんですけども。で、そのとき。

(佐藤)イナウがわからない方のために説明すると、木をフサフサに飾りのようにして神社の御幣のように彫ってあるものですね。祭具というか、儀式のときに使う道具ですね。

(千葉)そうです。ありがとうございます。
 短刀もあったので、ここで作ったんだなぁと思ったのです。どこかから持ってきたのではなくて、ここで作って置いたのだと思いました。私は祖父母から聞いたわけではないのですが、そういう暮らしやここに残っているものを見て感じたんです。

 家の周りに生えている木々も、よく見ていると、クリやトチなどの古木があります。木々の年代はわからないのですが、東北では冷害が度々あったので、後から聞いた話ですが、救荒食物という、飢饉の時や食物がとれない時のために、クリやトチなどを保存していたそうです。そういう時のために植えたのかもしれないとか、いろんなことを想像しながら写真を撮っています。

(佐藤)ありがとうございます。父の家の訪れた場所の、周りのことを知りたいということをおっしゃっていましたけれども、制作の中で、レンズを覗いて制作することで、より場所を深く見つめ、知ることもあるでしょうし。今日は制作過程のお話をしたいということもあって、打ち合わせして準備したんですけれども、撮ったあとや現像する時にまた千葉さん自身がプリントを見返して、そこで教えられることや発見することが多分あって、また次の制作やエッセイの執筆へと続いていくんだなということが、すごくわかりました。
 はい。質問ありますか。

(お客様)たらぽ山について質問なんですけど。たらぽ山って、地域の人みんなで収穫している山なんですか。それとも家で持っていて、各家でたらぽ山があるものなんですか。

(千葉)このたらぽ山は、父の家の前の田んぼにあります。たらぽを見つけた人は採って食べていいと思います。ただ誰も採らないまま、生えてきているので、近くのお家の方も来て、採ったり食べたりしています。みんなで収穫している山です。
(お客様)ありがとうございます。

(佐藤)ありがとうございます。たらぽ山、いいですね。身近な植物を収穫して生活していくという所が、まだある集落ということですね。
なにかあと質問あれば。よろしいですか。トークおわったあとも千葉さん在廊されるので、その時にでもご質問あったら聞いていただければと思います。

 Cyg art galleryの千葉奈穂子さんの写真展「父の家 My Father’s House」の、第3回目のトークをこの辺で終了させていただきたいと思います。
 トークの中でご紹介したエッセイですとか、ポストカードとか、千葉さんのサイン入りポスターとか、さっき紹介した「浜辺のまち」の冊子とか、過去の図録の販売もしておりますので、ぜひご覧いただいて、ご興味ある方、ぜひお買い求めいただくと、また作品の理解、千葉さんの制作活動の理解もまた一層深まると思います。はい。今日はみなさんご来場いただきありがとうございました。千葉さんありがとうございました。

(千葉)ありがとうございます。

(お客様)拍手


☆ 千葉奈穂子展 関連グッズのご紹介

・千葉奈穂子 A5ポストカード(全3種)

・エッセイ集・父の家 - 二〇二二 -(展示エッセイを全文収録

・「千葉奈穂子 父の家 My Father's House」ポスター(限定100部・サイン入り

・「千葉奈穂子 父の家 My Father's House」特製封筒付きグッズセット(数量限定)

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ギャラリートーク 第3回

出演: 千葉奈穂子
聞き手: 佐藤拓実(Cyg art gallery キュレーター )


Cyg art gallery 企画展
「千葉奈穂子 父の家 My Father’s House」
Webサイト:https://cyg-morioka.com/archives/1552

会期: 2022年4月27日-5月15日
会場:Cyg art gallery
 
ギャラリートーク日時:
第1回 2022年4月29日
第2回 2022年5月5日
第3回 2022年5月14日
助成:公益財団法人 小笠原敏晶記念財団



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