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オープンな場をつくるのはオープンな自分。色んな人にとって居心地のいい場所をつくる話。

話を聞いた拠点オーナー

上村 沙紀子さん
フリーランス編集者・文筆家。1983年福岡県生まれ。
セクシュアリティはジェンダークィア(ノンバイナリー)。ポリアモリー当事者として、メディアでポリアモリーに関する発信も行い、2018年に書籍『わたし、恋人が2人います。~ポリアモリーという生き方~』を出版。
どんなマイノリティでも自分のことを安心・安全に発信できる、人をエンパワーできる場づくりをしたいという気持ちで、大阪や様々な地域でLGBTQ+フレンドリーなシェアハウスを運営している。

ーシェアハウスの運営を始めたきっかけを教えてください。

私は会社を辞めて2年ちょっと経つんですが、会社員時代からシェアハウスを運営していました。シェアハウスに出入りするようになったのが2013年頃で、そこからいろんなシェアハウスに行くようになりました。2015年に東京の茗荷谷でシェアハウスの運営に初めて関わり、今まで8年間で7件のシェアハウス運営や立ち上げに関わっています。

最初のシェアハウス立ち上げのきっかけは、友達から「茗荷谷にシェアハウスをするのに良い物件を見つけたから、スポンサーになってよ」という感じで声をかけられたことがきっかけです。その友達に管理人として住んでもらって、私がお金回りなど契約を担当する形で始めました。契約やお金回りを管理する私の他に、実際にシェアハウスに住んで中の運営をしてもらう管理人がいるというチームスタイルで、他のシェアハウスの運営もしてきました。

いま自分が住んでいるシェアハウスは東京の浅草橋にあって、そこの運営もお手伝いしつつ、他のシェアハウスも見ているような感じです。
「シェアハウスをやろう」と言われると、「じゃあやろうか」という感じで気軽に応えていて、友人たちを応援したくてやっているのが大きいですね。

ーシェアハウスの運営を続けている理由や、シェアハウスの面白さは何ですか。

シェアハウスの、ふらっと来てふらっと出ていけるような、「入ってきやすさ」と「出ていきやすさ」がすごく気に入っています。

いわゆる「住み開き系」のようなシェアハウスはいろんな人が出入りするので、いろんな人がやってきて通り過ぎていくという、変化のあるシェアハウスが私は好きです。

家にいながら、いろんな人と交流ができますよね。一般的に家に出入りするのは家族などの決まった人だと思うんですけど、住み開き系のシェアハウスに住んでいると、日々いろんなイベントをやったり飲み会があったりして、家から一歩も出なくても1日で20人と話すことができちゃいます。とにかく人が好きで、人と話したり関わることが好きなので、自分が出ていかなくても、交流が外からやってくるところがすごく楽しいし、お得だなと思います。

自分でイベントを開催して人を呼ぶと、どうしても自分の知り合いに限られちゃうんですが、例えばいま私が住んでいる浅草橋のシェアハウスだと、ボードゲームが好きな住人がボードゲームのイベントをよく開いていて、色んな人がたくさん来ています。私の全く知らない世界から「初めまして」がやってくることにワクワクしますし、日々面白い経験ができていると感じます。

ーシェアハウスをつくる上で、大切にしていることはありますか。

私自身がシェアハウスの運営に関わる場合も、自分が住む場合も、大事にしていることはマイノリティフレンドリーな居場所にしたいということです。私自身がLGBTQ当事者で、様々なマイノリティ性を持っている、ということもありますので。

やはり自分が住むシェアハウスでも、マイノリティフレンドリーな場じゃないと住んでいて辛くなってしまうので、多様性を持っている人がいる場所を作っていくということは意識していますね。

「めぞんQ」というシェアハウスの名前も、「Q」はいわゆるLGBTQのQから来ていて、クィアフレンドリーの居心地のいい場所にしたいという思いでやっています。
社会の中で生きづらさを感じてしまう人や、今のいわゆる伝統的な家族の形をつくれない立場にいる人、例えば結婚できない同性カップルの人たちが、家族的なコミュニティを作ってどうやって生き延びていけるかというのは、ずっと自分ごととして考えています。

ただ、必ずしも当事者だけのための場所だとも思ってないので、当事者に対してフレンドリーな姿勢で否定的ではない人であれば、誰でも来ていただきたいと考えています。
LGBTQに限らず、たとえば家族との関係が悪くて実家で暮らせない人から相談を受けることもすごく多いです。やはり自分自身も含めてそういう人たちのために、居場所が必要だなとずっと感じているので、こういった場づくりは一生続けていかなければいけない、と思っています。

ー上村さん自身のキャリアや、人生の転換期についても教えてください。

フリーランスになる前は、メーカーの大企業に13年半いました。
当時は「より安定したほうへ」という意識がすごく強かったですし、自分のことをカミングアウトできていない時期が長かったです。

最初は普通に大学を出て、普通に会社に入って、普通に結婚して、普通に子供を産まなきゃ…と私も思っていました。マジョリティに合わせていこうという気持ちが強かったです。
結婚した時期もあったし、周りに合わせようと頑張ってはいたんですけど…特にコロナ渦に、自分を見つめ直す時間があり、やっぱり一生これを続けていくのはしんどいな、と思いました。

徐々にLGBTQのコミュニティなどに関わるようになって、会社員の途中からカミングアウトしたり、シェアハウスを運営したり、ちょっとずつ自分が考えてきたことをオープンにしていきました。そこから副業でコラムを連載して本を出したり、メディアの取材を受けるようにもなっていきました。

会社員の時は数万人の従業員がいる大きな会社だったので、きっと社内にも他に当事者がいるはずなんですけど、普通に仕事をしていても出会えないんですよね。そういった当事者に出会うためには、もう私がまずオープンにするしかない、と考えたんです。
会社の中でも同じような価値観の人との繋がりがあったら、会社に対してももっと帰属意識を持てるんじゃないか、と思いました。

実際に、外資系など欧米の会社では、当事者のグループやダイバーシティの推進室があったりと、そういう取り組みが当時増えていました。自分の会社にそういった当事者グループがないのは遅れているんじゃないかな?という問題意識もありました。自分で社内のLGBTQ当事者会を立ち上げて、会社を退職するまでリーダーをやっていました。

社内で当事者が安心して話し合えるコミュニティがあることはもちろんですが、会社の人事部とコラボレーションして、管理職向けのLGBTQに対する教育研修のコンテンツなども一緒に作りました。当事者がみんな社内でカミングアウトするべき、とはもちろん全く思わないんですけど、カミングアウトするつもりのない当事者も、何かふとした瞬間に傷ついたりすることが少なくなるように、何か残せないかな…と思って取り組んでいました。

ー自分と向き合って、自身を解放していくような過程の中で、それを自分だけで完結するのではなく、他の方のことも含めて活動されていたんですね…

やはり一人ぼっちでは生きていけないし、生きていきたくないと昔から思っていました。困ったり悩んだり、生きづらさを感じるけれど、それは絶対に私だけじゃないとも思っていました。

自分と同じタイプの生きづらさであろうと、違うタイプの生きづらさであろうと、何かしらどこか居心地の悪さや、マイノリティ性って大なり小なりみんな持っていると思っています。「この生き方しかできない」「この生活しかできない」となると、しんどさを感じる人が結構いるんじゃないかなと…。

そういうときに、オルタナティブな居場所や生き方を提案できたり、いろんな暮らし方や生き方を提供できる。もちろん自分のためにやっていることではあるんですが、誰かが私の生き方や暮らし方を見て、「あんな生き方もあるんだ」と気づくきっかけとなればこんなに嬉しいことはないなと。「この生き方じゃなきゃいけない」ということはないんだよと、あらゆる意味で伝えていきたい。色んな人にとって、「この生き方じゃなきゃ自分は駄目なんだ」という考えが緩くなったらいいなと思いながら、色々なことをやっています。

もちろん私と同じような生き方をする必要はないんですけど、人と違うことをやってる私を見て、それとはまた違う何かを思い付く人がいたら面白いな…と思います。

ー社会人になる前、学生時代や幼少期は、自分自身の心の変化や周囲の反応はどうだったんでしょうか。

小さい頃からLGBTQとは関係なく、変わった子供ではあったみたいなんですけど、母から「人と同じにしなさい」とか「人と違うことをしないの」という怒られ方はしていなかったです。「あなたは変わってるかもしれないけど、そのままでいいんだよ」と、どこか受け止めてもらっていた感じはします。

母があって今の私があるという感覚はすごくあって。私が小学校4〜5年生の時に、ジェンダーや性に関する本を母が買い与えてくれました。
その本を読んでいなかったら、自分が当事者だと気づくのがもっと遅かったかもしれないし、中学生くらいのときに当事者であることをふんわりと気づいたんですけど、たぶんその時に自分自身を受け入れられなかったかもしれないな…と思います。母のおかげで、LGBTQという世界を早めに知ることができたのは良かったと思います。

小さい頃から”自分は何か人と違う”という感覚が強かったので、情報を得たり学んで考えることで、「どうして自分だけ違うのか」ということを一生懸命探していました。
大学院では哲学を専攻していました。自分が人と違っていることで悩んでいる中で、自分って何なんだろう、どう生きていくのがいいんだろうと、自分のことを考えるときに「哲学」という寄る辺や支えになるものが必要だったんだなと思います。

いろんな意味で勉強して知識をつけないと、人生をサバイバルしていけないという感覚が、今でもすごく強いです。

ー自分との向き合い方がすごく素敵だなと思ったんですが…自分と向き合うコツみたいなものがあれば教えてください。

まずは自分と同じような人がいないか、同じような事例がないかなど、情報を集めることは大事だと思います。
自分と同じような人を探して、コミュニティを探しに行って、一人で抱えて悩まないようにする。SNSで匿名でもいいから何かしらの発信をして、仲間探しをした方がいいかなと思います。

私の経験上、どんなタイプの悩みを抱えていたとしても、完全に世界に私だけしかわからない悩みはほとんどないと思っています。世界って本当に広くて、自分の情報の探索能力を高めていくと、必ず同じような悩みを持っている人に出会えます。

そのために自分のことをある程度オープンにしていくことが必要になる部分があるので、それはとても勇気のいることではあるんですけども。自分のことを整理して、発信する勇気を持って、情報を探す能力を高めていくと、必ず同じような人やコミュニティに繋がると思います。

自分の中に気持ちを閉じ込めないというのが、最初の一歩になるんじゃないのかなという気はします。悩みだけではなく、趣味であっても、誰かと繋がった方が人生は豊かになると思っています。悲しい時でも楽しい時でも、自分の中に気持ちを閉じ込めずに何かしらの形で発信してみたり、人に伝えたりすることが、自分と向き合う第一歩になるかなと思います!


この記事を最後まで読んでいただいた読者の皆さん、いつもありがとうございます!

上村さんが運営するシェアハウス「めぞんQ」はcircle連携拠点です。(大阪府堺市)
ぜひ一度訪れてみてください✨

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